見出し画像

「広島の風」 #16

<烏合の衆>
 かつてカレル四世は、飢える民のために城壁を建設し、その建設を担った民には見返りとして褒賞を与え、食事まで与えた。後世に「飢えの壁」と呼ばれるようになった慈愛の壁は遺構となったが、「広島の夢を語る会」によって構想され、そのメンバーであり、その後市長となった浜井信三が中心となって推進、制定された「広島平和記念都市法」に含まれる、この建設中の長い道路は、いままさに広島市民にいかばかりかの活気をもたらしていた。
 広島の三角州(デルタ)の中心を横切るかのように敷設工事が行われているこの大通りは、その幅から「百メーター道路」と名づけられ、この街の新しい顔として生まれようとしていた。
 緑化された旧中島町から平塚町辺りまでが一部開通したこの大通りのまわりではたくさんの男たちが泥とセメントにまみれて土木作業に勤しみ、何台ものトラックが頻繁に往来し、戦後広島の復興の姿が凝縮されたような光景である。大通りの半分が開通し、あとは旧中島町から西側と、平塚町から比治山へ抜ける区間を残すのみである。これが完成すれば、平和都市広島の新しい顔、メインストリートになるであろう。
 その中心を南北に突っ切る、「マッカーサー道路」とも呼ばれる鯉城通りを南下し、江戸時代には山陽道と呼ばれ、かつては参勤交代の大名が行列を成して通過した中国路(ちゅうごくじ)で、近代になってから国道二号線に指定された要路とそれが交差するところに広島市役所がある。原爆投下直後には救護所としても使用されたこの市庁舎の一室に、記者会見場が設けられていた。
 GHQ広島軍政部長のローレンス・クロワードを乗せたジープが市庁舎前に横付けされ、クロワード以下広島駐在のGHQ将校が市庁舎の中へ消えてゆく。すでに新聞報道などによって浜井市長の声明が発表されること、GHQ将校が市庁舎にやってくることを知る市民が野次馬となって、道路を挟んだ向かい側から興味深げに市庁舎を窺っている。
「あれが泣く子も黙るクロワード大佐閣下か。まるで赤鬼のような恐ろしい顔をしとるのう。広島を牛耳っとるのはヤクザでも、市長でも県知事でも、カープの監督でもない。あのクロワード大佐閣下じゃ」
「声が大きい。誰に聞かれとるかわからんから、余計なことは口にせんほうがええ」
 息を飲むように見つめる野次馬が、いかにGHQがこの街でも権勢を振るっているかを、その憎悪や皮肉を孕ませ、口々にしている。

 会見は市庁舎の無味乾燥な一室で行われようとしていた。
 壇上に掲げられた「廣島野球倶楽部結成に於ける浜井信三市長の声明」と書かれた吊り看板の前に浜井、山下ら市の職員数人が背筋を伸ばして浅く腰掛け、その傍にはGHQの将校たちが足を組んで座っている。
 内外の新聞社やラジオ局の記者、山下久義ら広島市の職員、クロワード大佐らGHQ関係者が顔を連ねる張り詰めた空気の中、ラジオ局が用意したマイクロフォンの前に立ち、まるで嵐のようなシャッター音とストロボ光の中、浜井がひとつ息をのんだあと、絞り出すようにゆっくりと、低い声を発する。
「あれから五年。いまだ傷が癒えない絶望の我が街に、一筋の光が差し込んできた。我が広島に、プロ野球チーム、広島カープが、ついに誕生することになったのである」
 少し間を置き、声を整えるため咳払いをする浜井をよそに、クロワード大佐の身体が少しでも動くと記者のシャッターを押す手が止まり、彼らの視線が一斉にそちらへ注がれる。浜井が会見を再開すると、記者たちのストロボもふたたび焚かれ、浜井の顔が青白く浮かぶ。
 壇上の山下ら市の職員と、これを見守る記者たちは息を飲むように、続く浜井の会見に耳を傾けている。
「古くから広島は、スポーツ、とりわけ野球の盛んな街であり、戦前より多くの野球人を輩出し、いたるところで野球少年の姿が見られる街であった。だが、あの夏、広島の野球は一度死んだ。あれから我々は、悲劇から立ち上がる努力をしてきた。もちろん、人間個人の力などは、たかが知れている。しかしこれが、二人、三人、五人、十人と増えたらどうであろう。きっと大きな力にも立ち向かえるはずだ。人間を鼓舞するものは、夢、そして希望である。これをもたらしてくれるものは、この街においては野球であろうと、私は信じている。昭和二十五年、ついにこのときがやってきた。夜明けを迎える野球界に、広島の風が吹くであろう」
 市の財政、食料事情が切迫しているだけでなく、市民の救済、住宅事情の改善も思うように進まず、ピカの後遺症に苦しむ人も大勢いて、カープの誕生を素直に喜べない現状がある上に、GHQ監視下で発言にも神経を尖らせる必要が彼らにはあった。その中で浜井は、今年、発表できないことになった平和宣言についての、ある種のカタルシスを果たすような心境で、用意した原稿を訥々と読み上げた。
 会見を終えた浜井は、原稿を強く握りしめたまま脱力するように着座した。

「今日、ラジオで流れていた市長の声明が、どこか変だった。あの人らしくないというか、言葉を選びながら、奥歯にものが詰まった調子だった」
「しかもせっかく広島にプロ野球チームができたというのに、俺にはまるで暗に誰かを非難しているように聞こえたな。広島にプロ野球チームができたという晴れがましい話なのに、なぜか腑に落ちないような、苦虫を噛み潰したような声明だった」
 浜井市長の声明は広島市民にとって釈然としないもので、腐心して推敲した原稿をどうにか読み上げた当人たちの真意は、市民には伝わらなかった。
 この声明が発表された翌日、浜井と山下はGHQの広島軍政部に呼び出され事情聴取を受けた。二人が逮捕されるには至らなかったものの、これは暗に今後の市長声明の一切を自粛せよという圧力をかける行為にほかならず、浜井ら市職員が身の危険を感じる日々は続いた。
 市職員の苦悩続く中、広島カープ関係者の苦悩も続いていた。ただでさえ資金調達と選手集めに苦労していたところへ、出資者であり役員だった中国瓦斯の奥村が亡くなるという悲劇が彼らを襲ったのである。原爆投下時には市内の中心部にいたものの、建物の影にいて大きな怪我もなく生き残った奥村であったが、昨晩、突然容体が悪化し、そのまま亡くなった。ピカによる後遺症と思われた。
 元々、中国瓦斯内において、カープへの出資については反対者が多かったという事情があり、社内では唯一といってもいい、出資に積極的だった奥村がピカに斃れたことで、この話は立ち消えとなり、出資者から中国瓦斯が離脱した。
「ピカは怖いのう。奥村さんは、このあいだまで元気じゃったのに、いとも簡単に死んでしもうた」
 市職員の中にも当然ながら被爆者は多く、明日は我が身であると、みなピカの恐怖に慄いていた。そのような状況下で「廣島カープ 募金」と書かれた木箱を抱えて市庁舎をうろつくカープ職員の久森に対し、良い反応をする職員が多くないのは致し方のないことであろう。
 被爆した職員も多い中、そうでない者であっても、公務に追われて心身とも差し迫る彼らに、スポーツへの寄付をする余裕などあろうはずがない。そこに愛郷心の有無は関係ない。GHQに睨まれている浜井に関わることはもちろん、彼が声明を寄せた広島カープに関わる行為は、とばっちりで自分までGHQに睨まれかねないと恐れる者が多かったことも、この理由にあげられる。
「わしらも広島市民としてカープを応援することはやぶさかではないんじゃが、みな生きてゆくのが精一杯ですけえ、寄付と言うてものう」
「戦後五年しか経っとらん、こがいな大変なときに、球遊びなどにうつつを抜かしとる場合じゃなかろうが」
 辛辣な反応の職員も多い中で、久森は肩身の狭い思いをしながら市庁舎を巡って訴えるが、
「わしも野球は好きじゃ。そがいなことは広島人としては当たり前よ。だが、いまは野球より飯、そして広島の復興が先じゃろうが」
「カープの出資者のひとりが亡くなったそうじゃないですか。あの方はワンマンで、会社は出資に反対じゃったそうだから、これが抜けて雲行きが変わるんじゃないですか」
 カープを思う久森らの心情を斟酌しつつも、彼らは公人たる市職員としてはもっともな言葉であしらう。
 野球は最高のスポーツである。この人類が生み出した唯一無二の財産がもたらす夢と希望は、街の平和と市民生活の安寧があってこそ享受できるものだ。
 アメリカ人が発明したベースボールは、かつてはギャングや酒のみといった荒くれ者たちの手にあった。やがて街の平和、市民生活の安寧がもたらされると、ベースボールは市民のものになった。いつしかそれが「メジャーリーグ」としてショービズ化され、ジョン・マグローやルー・ゲーリッグ、ジミー・フォックス、ベーブ・ルースを生み出した。
 ひとつの文化が隆盛を極めると、国境さえも容易く越えることがある。
 ほんの数年前まで帯刀した侍が街を闊歩していた明治初頭、文明開化で髷を切り落とし、国際化の波に曝されることになった日本人に英語を教える講師として来日したアメリカ人のホーレス・ウィルソンが、ベースボールを彼らに伝え、かの俳人、正岡子規がそれを「野球」と訳した。明治後期になると日米野球がはじまり、昭和九年にはベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ、ジミー・フォックスが来日し、急造の全日本チームを完膚なきまでに抑え込んだ。
 とにかく幸運だったのは、第二次大戦に突入する前の安寧秩序の日本だったからこそ、これに危機感を抱く余裕があり、日本プロ野球の創設を果たすことが可能であったという点に尽きる。
 

 株式会社廣島野球倶楽部の出資者のひとつである安芸製鋼の社長、久我富士男は、連日のように社内で責め立てられていた。
 安芸製鋼は明治期から続く企業で、戦時中には軍需物資の製造を軍から委託されて凌いだ。戦後は復興にかける社会情勢と相まって、この街で古くから三輪トラックをつくる東洋工業とともに急成長した。
 社員たちが久我に詰め寄り、みな一様に、急激に悪化する自社の財務状況を引き合いに出し、糾弾している。
「まだ復興の途中、みなの生活も向上しないところへ、追い打ちをかけるこの不景気。そのさなかにあって野球に出資するなど酔狂もいいところ。なぜ道楽に手を出すようなことをするんじゃ」
 このような光景は出資者であるどの企業、団体でも見られた。
 結局、久我は取締役会において安芸製鋼の社長を解任される。久我はカープの出資者ではなくなり、失意のまま、この役員からも退いた。
 不幸は重なり、今度は、戦後に海運業で財を成したいわゆる「戦後成金」で、出資者の中でもとりわけその額が多く、誰よりも鼻息の荒かった芸備海運の玉井与太郎が、この情勢を見て旗色が悪くなったと見るや、怖気づいて資本を引き上げてしまう。
 

 総合グラウンドからは目と鼻の先、天満川沿いにひっそりと立つカープの選手寮がある。この近くには、かつて三菱重工の造船所があり、この寮はその工員のためのものだった。原爆投下で半壊したこの建物は、戦後になって誰も手をつけずに残され、カープが安く借り受けることになった。
「まったく、ひでえ寮だな。ムショのほうがよっぽどましだ」
「監督、ひどい寮ですわ、ここ」
「冬の風が部屋を吹き抜ける。寒くて凍え死にそうだ。これでは夏も思いやられる」
 寮にいた選手がその窮状ぶりを石本に陳情している。
「わかっとる、重々わかっとる。すべて久森には言うてあるけえ、まあもうちょっと待ちんさいや」
 彼らがこれから住もうとするこの寮は、六畳一間の部屋がいくつか並び、それ以外は広めの食堂と中庭の井戸があるだけのきわめて簡素なものであった。食堂は、本来の用途とは違い、選手に食事などを出す余裕もなく、テーブルと椅子が並ぶだけである。閑散としたこの部屋は、事務所として使われていた。この日も、石本をはじめ、広島電鉄の伊藤信之、中国新聞東京支局の河口豪が集まっては、喫緊の課題である資金難についての打開策を、三者が顔に皺を寄せて話し合っていた。
「まいったのう。次から次へと出資者が脱落してゆく。明日は我が身かな」
「伊藤さん。まさか、あなたまで抜けるというんじゃなかろうね。私はこの広島カープの危機に際し、何度となく東京から駆けつけて身を粉にしているというのに、縁起でもないことを言わないでくれよ」
「私自身の出資の方針には変わりはないが、うちもいろいろとうるさいんよ。社員たちが一様に『野球などというものは娯楽じゃ。娯楽というものは市民が安定した生活を送れるようになってから手に入れられるもんじゃ』と、私を諭すんだ」
「それは我が社だって同じだよ。広島の本社ならともかく、東京支局ではなあ、関心も薄いんだよ。私も社内では肩身が狭い」
 視線を下に落として煙草を燻らせる二人をよそに、石本の頭にはこれからやるべき金策が錯綜し、その深く刻まれた顔の皺の一本一本を沿うように煙草の煙が撫でる。
「落胆をしとる場合ではない。抜けたもんのことは忘れて、誰から、いくら銭を集めるか、策を練らんといかん。あんたらは腐っても広島の大会社の役員じゃろう。狼狽する暇があるなら、わしに知恵を貸してつかあさい」
 GHQが推進する「民主化」の波にのまれ、門戸開放を強行したプロ野球界を覆う現状は、彼らが思う以上に深刻だった。
 チーム数が増えたことにより各チームが熾烈な選手獲得競争を繰り広げ、契約金は高騰。その荒波に飛び込まねばならない広島カープであったが、当然ながら潤沢な資金はない。石本の懇請により浜崎らが譲ってくれた選手、石本自身が全国を駆けずりまわって集めた選手たちは、有名無名合わせてようやく二十五人を超えた程度で、日本野球連盟への加盟承認に必要な選手数である五十人には、もうこの時期であるにもかかわらずほど遠い。
 そこに追い打ちをかけるようなドッジ不況が波打つように襲ってきたのである。
「とにかく、銭が集まらんことには選手集めもままならん。困ったのう」と疲労困憊が見て取れる三人が黙り込んだとき、食堂に設置してあるラジオから、訥々とした調子でニュースを読み上げる男性アナウンサーの声が流れ、忍苦とする彼らの空間に浸潤する。
「日本野球連盟への加盟が正式決定した大洋漁業は、資本金六千万を用意し、いざ迫る選手獲得合戦に臨もうとしています」
 彼らの傷心をえぐるようなニュースは大洋漁業の社長へのインタビューへと続く。
「世界の海では鯨など無限に獲れ、それが高値で売れる。いま我が社は儲かって仕方がない。はじめは四千万の予定でいたのだが、昨今の情勢を鑑みて急遽、六千万に増額した。準備は万端だよ」
 資本金については大洋だけが特別な額を用意していたわけではなく、カープ以外の各球団は、おおよそ同額の資本金を用意し、頗る強引な手法も駆使しながら、選手獲得競争に明け暮れていた。
「我々も、二千万とは言わんから、せめて一千万は欲しいところじゃのう」
「六千万だろうが一千万だろうが同じだ。どのみち、我々では捻出できない額なんだから」
「はたしてそうじゃろうか。いまの動きでは足らんのかもしれんし、物事をはなから決めてかかっちゃいかん。これだけ広島じゅうに会社があるんじゃけえ、とにかく広島じゅうの会社という会社をまわって、一銭でも多く集めようじゃないか」
 石本の脳裡に、広島入りした自分を熱狂的に出迎えた市民たちの顔がふとよみがえる。石本は咥えていた煙草を床に落とし、なにかに駆られように声を張り上げる。
「わしはすっかり大切なことを忘れとった。我々は広島市民による、広島市民のための球団なんじゃ。前提としての存在意義が違う他球団の真似事をしとったら、その身を滅ぼす。ここでおかしな競争原理の中に身を窶すわけにはいかん。我々には我々のやり方がある」


 札束が舞い、権謀術数のうねるプロ野球界という荒海にこぎ出すことになった石本たちを、金星リトルスターズで石本とは監督と選手の間柄にあった濃人渉が訪ねてくる。
 昭和二十四年暮れの内紛により、広島嫌いと噂される水原に監督が代わったことで、巨人はスタープレイヤーの白石だけでなく、入団が内定していた濃人の契約も取り消した。濃人はその後の金星リトルスターズを最後に現役を引退。広島にあった自宅を売り払い、福岡の飯塚にある日本製鐵二瀬炭鉱のノンプロチーム「日鉄二瀬野球部」の監督に就任、指導者としてのキャリアをスタートさせていた。
「石本さん、銭が集まらんとかで大変だそうですな」
 二人は願掛けのために立ち寄った護国神社の拝殿で柏手を打つ。参拝が済むと近くの石段に腰掛けて、石本が煙草を燻らせながら、資金難に喘ぐカープの実情を濃人に吐露する。
 目の前を通る野球少年を見つめる石本が、
「あんたはまだまだやれたのに現役引退とはもったいない話だが、監督として再出発しとると聞いて、わしは陰ながら応援しとったんじゃ。現役を引退しとらんかったら選手として、カープに来てほしかったくらいじゃわい」
 指導者として鬱々とする濃人の心境を洞察して労う。
「うちは炭鉱のチームだし、煤まみれの荒っぽい男ばかりで手こずってますわ。どいつも『炭坑節』はべらぼうにうまいが野球はからっきしでね。だけど『野球の鬼』と呼ばれた石本さんに追いつくために、自分の身を厳しく律しつつ、選手にも毎日、猛練習を課しとります。彼らは荒くれ者で闘争本能が高いところまではいいんだが、名もない選手ばかりだから、どこのノンプロチームにも負けんような猛練習をひたすら積み上げていくしかない」

 夜になり、吉島にある石本の自宅にて酒宴が開かれた。
 広島カープへの入団が決まった選手たちはもちろん、伊藤、河口ら株式会社廣島野球倶楽部の役員、カープ職員の久森、龍崎、山野ら関係者に加え、石本に連れられてきた濃人、住友銀行日本橋支店長の葛城剛一が石本邸にひしめきあっている。彼らは、男臭さが充満する六畳二間で、それぞれが持ち寄った酒と肴をやりながら談笑している。
 石本が苦労して集めた二十人ほどの選手は酩酊し、紅潮した顔を綻ばせて、浪曲や地唄、軍歌に声を張る。
 選手の面々は、辻井弘、黒木宗行、田中成豪ら大陽ロビンスからの移籍組と、武智修、内藤幸三、岩本章、岡村孝雄、竹村元雄、末岡勇ら浜崎が譲った阪急ブレーブスからの移籍組、そのほかには中日ドラゴンズなどから獲得した者たちであった。
 大陽ロビンスから移籍でやってきた選手たちは、広島野球界の先輩である石本が選手集めに苦労していることを知った濃人が、日鉄二瀬の役員と気脈のあった田村駒治郎に同チームの選手を何人か広島カープに譲るよう頼み込み、獲得に成功した。
「おい、白石さんが来とらんじゃないか。わしは白石さんが入ると聞いたから広島まで来たんじゃ。白石さんがおらんのなら、わしは入団を撤回する」
「白石さんのこともそうだが、約束の契約金と今月の給料をまだもろうとらん。入団を撤回しても、約束分はきちんと支払ってもらうぞ」
「わしらは田村さんに頼まれて仕方なく大陽ロビンスからやってきたのに、田村さんの言うとった話とまるで違う」
「給料もまともに支払われんで、誰が好きこのんで広島なんかに来るかいな。約束を違えるというんなら、わしは関東のチームに移籍する」
 選手の不満が噴出し、雰囲気が悪くなると、それを察知した伊藤と河口が阿吽の呼吸で静かに退室する。
 役員がいないことで問い詰められた久森が、
「みな、ちょっと待ってくれ。白石の入団は事実じゃけえ安心しんさい。それから銭のことは、いま石本さんや役員の人たちが必死でかき集めとるけえ、もう少しだけ待ってつかあさい。あんたらは広島市民の夢と希望を背負う存在。広島にはあんたらがどうしても必要なんじゃ。もう少し、もう少しだけ我慢してほしい」
 諭すように言うと、間髪入れずに選手たちが、その憤懣をぶつけるように切り返す。
「広島のために我慢しろと言われても、わしは広島のもんじゃないし、人並みに暮らすためには給料はきちんと支払ってくれんと困りますわ」
「契約金と給料だけじゃないで。あの寮はなんだ。被爆建物らしいが、満足な修繕は行われとらん。風呂もありゃあせんし、部屋は汚くて狭い。わしらは給料をもらっとらんから銭湯にも行けん。だからこのくそ寒いのに、寮の井戸か近くの川で震えながら行水しとるわ」
「おまけに、全員分のユニフォームを用意できとらんらしいやないか。野球をするのにユニフォームがなくてどないするんや。ふるちんで野球をやれと言うんか」
 選手たちがその不満を口々に言う。それに対し、石本と久森が、
「銭じゃ。すべては銭がないのが悪いんじゃ。確かにユニフォームは全員分を揃えとらんが、わしらが資金集めに駆けずりまわって、必ずや全員分のユニフォームを用意するけえ」
「いま、久森が言うたように、お前らの不満はわしらがどうにかする。だから余計な心配をせんと、野球に集中せえ」
 その憤懣がピークに達しようとする選手たちを宥める。
「それから、この話は外へは絶対に漏らすなよ。家族ですら漏らしてはいかん。もしこれが外に漏れて、野球連盟の鈴木あたりの耳に達すれば、カープの加盟を取り消されるかもしれんけえのう。そうなったら、わしらのこれまでの苦労が水の泡になる」

 石本が箝口令を敷くように選手を諭したものの、彼らを安心させられる材料を与えられないまま時間はすぎ、シーズン開幕もいよいよ迫り、石本たちは追い詰められる。そんな中で石本たちは、いま眼前に屹立する難問は、みなで力を合わせれば必ず解決できるのだという信念を持ち、行動していた。彼らを繋ぎ止めているものはもはや信頼関係しかなかった。
「みなの不満はようわかる。しかし何度でも言うが、わしらには銭がない。石本さんや役員の人たちでさえ、一度も給料はもろうとらんのじゃ。自分がそんな境遇の中で、石本さんや役員の人たちは必死になって銭をかき集めてまわっとる。燻る気持ちはようわかるが、こうして出会ったのもなにかの縁。石本さんの顔に免じて、もう少しだけ堪えてくれ」
 広島商業の先輩である石本に誘われ、カープのマネージャーになった久森、龍崎、山野は、球団職員として、チームのためならどんな劣悪な仕事であってもそれを実直にこなした。夢と希望を托された彼ら自身が被爆者であり、夢と希望を渇望する広島市民のひとりであった。
「武智、お前は本当に底なしじゃのう。さすがは『酒仙』と渾名される男。だが、わしも負けんぞ」
 痛飲する武智に刺戟され、ほかの選手の酒量も増える。
「おい、武智。その額には、なにが書いてあるんや」
 みなの視線が武智の額に集まる。酩酊して道端で寝込んだ際にマジックインキで「バカタレ」といたずら書きされた跡が薄く残っており、これをみなに「酒のみのバカタレが『バカタレ』と額に書いてあるとは、こりゃあ覚えやすくてええわい」と笑われた武智が暴れ出す。
「やめんか、お前ら。その体力は試合まで取っとけ」
 選手を制止する石本の隣で、騒ぐ選手たちを見つめる濃人が、石本の置かれた境遇を気づかう。
「石本さんがかき集めた奴らに、浜崎さんが譲った阪急組の奴らと、俺が連れてきた大陽組の奴らを入れても、連盟への加盟承認に必要な五十人にはとうてい及ばん。おまけに連盟へおさめる加盟金も支払えとらんそうじゃないですか。いくら広島野球の雄とはいえ、郷里広島のためになぜそんな苦労を強いられんといかんのだろうかと、みな石本さんの境遇を哀れんどりますわ」
 コップに注がれた地酒を少しずつ喉に流し込む石本は、
「あんたはあの日、被爆したが、わしは高田郡の農村から、山の向こうに立ち上るきのこ雲を見ただけじゃ。そのあとも広島市内に入ろうとしたが無理じゃった。わしは親父、お袋、三男が段原におってのう。これがみな死んでしもうた。いまだ遺体は見つかっとらん。もちろん、わしの家族だけじゃなく、市内ではたくさんの人が死んだ。元安川からは、いまでもあの日、水を求めて川に飛び込んで亡くなった人の遺体が引き上げられる。ピカの後遺症に苦しんどる人もそこらじゅうにおる。それなのにわしがこうして生かされとるのは、なにか運命めいた理由があるんじゃないかと思うてのう」
 かつて「野球の鬼」と恐れられた石本の姿はそこになく、老人のように静かな語り口で訥々と、濃人にその思いの丈を説く。
「広島市民が求めとるものは夢と希望じゃ。わしはそれを広島市民にもたらすために生かされたのかもしれん。そしてわしがいなくなったあとも、広島カープを子々孫々の代まで受け継いでいってもらいたい」
 石本は、口を硬く締め、自らの決意をそうくくった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

6

John Morris

imagine

広島の風(全20話)

We all wish for permanent world peace.
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。