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「広島の風」 #17

<通暁>
 千鳥ヶ淵に清廉と立ち並ぶ三分咲きの枝垂れ桜が、まるですぐそこの春を待ち遠しくするかのように、濠からの風にその花実を揺らめかせている。河口豪が運転する鈍色のダットサンの助手席からそれを仰ぐ伊藤信之は、早春の風を全身に受けながら、いまだ郷里に咲かぬ春の報らせに胸を焦がす。この向かいに凛と佇む英国大使館に、かつて駐日公使として駐在したアーネスト・サトウが明治初頭、ここに桜の苗を植樹したことがはじまりとされるこの桜の道が爛漫と咲き誇る季節を思い浮かべながら、悄然とする様だけはこれから会う相手に悟られないよう、彼らは毅然とふるまうつもりでいた。
 GIが小さな台に乗って交通整理をする銀座交差点からほどなくのところにある日本野球連盟の事務所に呼び出された二人は、事務所に入るなり辛辣な調子の鈴木龍二から、広島カープの経営状態について説明を求められる。
「伊藤さん。いったい広島の経営状態はどうなっているのかね。選手の給料はおろか、監督の給料も払えていないそうじゃないか。出だしがこのようなことでは先が思いやられる。いろいろと大変な事情はわかるがねえ、規則は規則だから、加盟金はきちんとおさめてもらわないと困るんだがなあ。これをどうしてもおさめられないというのなら加盟の承認はできかねる。すべてをなかったことにさせてもらうよ」
 顔を合わせて早々、揺さぶりをかける鈴木の言葉にも伊藤はたじろぐことなく切り返す。
「我々は所詮、地方の球団だ。東京の寸尺で勘定しないでほしい。地方には地方に見合った経営計画があり、都会のようにはいかない。ご存知のように、原爆投下によって広島の社会経済は壊滅した。戦後五年目に入ろうとするところ、いまだ復興の道半ばにあり、この度のドッジ不況も手伝い、広島じゅうが財政難に喘いでいる。しかしながら、今後は広島なりに巻き返す。なにかをはじめるときは得てしてこのようなことは起こるもんだ。心配には及ばん。加盟金の二百万も明日までには必ず払う。約束する」
 あまりに堂々とした伊藤の振る舞いに鈴木はなにかを感じ取ったのか、鈴木にしては珍しく軟化したような態度を見せた。
「我々は遊びでプロ野球をやっているのではない。しっかりとした経営計画を立て、そしてそれを実行しなければならない。松原君にも同じことを言ったことがあるのだが、プロ野球というものは人々に夢と希望を与えるものだからこそ、それをやる側は、生半可な覚悟で手を出してはいけないのだよ。その街で確かな娯楽として成立させるためには、明確な経営母体を持ち、そこが厳密な収支計画を立て、それを実現させなければならない。私はねえ、そもそも広島のような田舎にプロ野球チームを創設することには反対だったのだよ。それなのに松原君が情熱だけでこれを押し通してしまった。その結果はご覧のとおりだ。私は伊藤さんの言葉を鵜呑みにするつもりはない。だが、いまや大蔵大臣となられた池田勇人先生が後援会長、秘書官の大平正芳さんが副会長としておられるし、さらに、おたくの社長は日本経済界の実力者である、あの永野重雄さんだ。このお三方には大変にご面倒をおかけしたことがあるものだから、それに免じ、明日まで猶予を与えることにする。ただし、これが最後だと思ってくれ」

 伊藤が池田との会合を持つことになっていたのがこの翌日であった。大蔵大臣としての激務をこなす池田への訪問には時間に限りがあり、鈴木への訪問が先になってしまった。郷里のためにプライドをかなぐり捨てた伊藤は池田に事情を説明し、「ロン・パイル」で会って以来、ふたたび支援を募るつもりでいた。そして鈴木に大見得を切って見せたのだ。
 翌日、箱根仙石原にある別荘を訪れた伊藤は、この別荘の主である池田と、元大蔵官僚で秘書官の宮沢喜一が待つ応接間へ通される。
「どうぞお掛け下さい」
 秘書官の宮沢に促され、ぎこちない動作で応接セットのなめし革のソファに着座する。続いてやってきた主の池田が「やあ、よく来たな」と、伊藤の長旅を労う。
 伊藤はあの日、広島電鉄の本社で被爆した。原爆で娘を亡くした伊藤であったが、広島の交通インフラを担う同社の市電をただちに復旧させるべく、三日間、半壊した車両に寝泊りし、陣頭指揮を執った。出征した運転士の穴を埋めるべく急造運転士として市電を走らせていた女学生すら被爆で落命した中、代用運転士を早急に手配し、自らも痛んだ線路を修復してまわり、原爆投下の三日後には広島の街に市電が走った。
「まあ、のまんか」
 飴色をしたニッカウヰスキーの角瓶を傾けた池田は、黄金色の液体を伊藤のグラスになみなみと注ぐ。
「これをつくっておる竹鶴さんは母校の先輩でな、ともに生家が造り酒屋ということで縁があり、いまでも親しくしているのだよ」
 伊藤が本題を切り出そうと思ったところ、池田はその場を読んだのか、
「なにも言うな。わかっている」
 と言い、一気にウイスキーをのみ干す。
「二百万だが、いま大平君に届けさせているところだ。なにせ二百万といえば大金だからな」
 明朗な池田の話術に吸い込まれそうな伊藤は、彼の空いたグラスにウイスキーを注ぐ。
「広島カープは船出して早々、荒波に揉まれて大変だそうだな。断っておくが、わしとて湯水のように銭があるわけじゃない。まあ、微力ながら後援会長としてできる限りの協力はさせてもらうよ。しかし、荒れた球場、オンボロの寮に加え、連盟への加盟金も払えていないようじゃ、もはや笑うことしかできないな」
 そう豪宕に言ってのける池田は広島県の北部、豊田郡に生まれ、少年期をそこですごした。そのあとは広島を離れて大蔵官僚としてのキャリアを重ねたため、広島にいたのは少年期のみである。しかしながら池田は誰よりも愛郷心が強く、官僚になっても、郷里である広島のことをいつも気にかけていた。
「まあ、いまの状態はともかく、荒波へうまくこぎ出すことができて、商売が波に乗ってくれば、選手の給料もまっとうに払えるようになるだろうし、球場だって新しいものを建てられる。はじめから順風満帆に進むより、苦労は先にしておいたほうがいい。難産で生まれた子は大成するというからな」
 そこへ、秘書官の大平がやってくる。
 大平から受け取った二百万を、池田はテーブルの上に差し出す。
「この加盟金は代議士としてではない。いち私人として、いや、いち広島市民として払わせてくれ」
 その言葉に平身低頭、感涙にむせぶ伊藤に、
「いまは東京にいる私だが、心はずっと、生まれ育った広島に置いてある」
 池田は瞼に刻まれた郷里のおもいでを追うような表情を浮かべ、伊藤が注いだグラスのウイスキーをのみ干した。
「すまない、これから来客があってな。これで失敬するよ」
 グラスを置き、席を立つ池田は伊藤に、
「ああ、そう。返済はいつでもいい」
 そう背中越しに言い、颯爽と応接間から去る。
「このご恩は一生忘れません。そして必ずや、耳を揃えてお返しします」
 伊藤は涙を滴らせながら池田の気配がなくなるまで深く頭を下げ続けた。
 
 翌朝の広島では、新聞紙面に「廣島カープ 揉めに揉める日本野球連盟への加盟承認に向け 最終交渉」と踊る記事を受けて、広島市民はひとまず胸を撫で下ろした。同時に「白石 三月中旬に来廣 正式に入団へ」「廣島カープ 結成披露式は一月十五日」といった記事も踊り、市民はまだ見ぬ広島カープの姿を一日一日、いまかいまかと待ち焦がれた。
 新聞、スポーツ雑誌などで新生カープの特集が組まれ、選手たちの顔が次第に認識されるようになり、彼らは市民の人気の的、少年たちから憧憬の眼差しを浴びていた。
 石本、伊藤らが地を這い泥をすするように奮迅した結果、選手たちの契約金、月給は、全額ではないものの一部ずつ支払われるようになっていたが、それでも全員に満遍なく支払われたわけではなく、妻帯者から優先して支払われ、若い独身の選手はあとまわしであった。手元の資金は無いに等しく、球団が事務所代わりに使う寮の食堂に置かれた金庫は空であった。
 そのような状況下にありながらも、選手たちは逞しく暮らした。私たちのような菜園で土を耕す者、河川や瀬戸内海で魚を釣る者などがいて、みな、できるだけ自給自足の生活を心がけた。
「いよいよ明日か」
 ついに、結成披露式を明日に控え、広島カープの監督、選手、役員、職員全員が感慨に浸った。

 孤児院を経営し、ときおりジャーナリストとして仕事らしいことをしながら自給自足で慎ましく暮らしていた私は、彼らの「前夜祭」に招待されていた。
 前夜祭のため、広島市内の旅館「早明」に集まった選手たちは、明日の結成披露式を前に意気軒昂とし、一刻も早くグラウンドでプレーをしたいという情熱で漲っている。
「なんや、あの毛唐は」
「なぜ、こがいなところに占領軍がおるんじゃ」
「馬鹿たれ。あの人は、かつて広島市の復興顧問を務められた、ジャーナリストのジョン・モリスさんじゃ」
「ジャーナリストとはなんじゃ」
「それ、食えるんか」
 日本人と親しくなるには酒と野球が効果的である。酒をやりながら日米の野球談義をしていると、それぞれの民族的感情などは軽く飛び越えて、時間があっという間にすぎる。
 石本の自宅に集まった過日と同様、やはり彼らはここでも、自分たちの待遇への不平不満を漏らしていた。石本、伊藤、久森らの必死な働きを知ってはいたものの、それと自分たちの生活は別であり、夢と希望だけでは食っていけないとする主張は、至極まっとうなものである。
 未明になり、突然、この場に呼ばれていた濃人が「全員、表へ出ろ」と言い、選手たちを外へ連れ出す。霙の舞う中、濃人は彼らを整列させ「誰か、陸軍の歩兵隊だったもんはおらんか」と言うと、しばらくの沈黙のあと、末岡勇という炯眼の選手が「俺か」と名乗り出る。
「阿呆(あほう)。貴様は海軍、翔鶴の生き残り。陸(おか)のもんじゃなかろうが」
 名乗り出た末岡に辻井弘がそう言うと、
「ああ、そうだった。海軍魂も陸(おか)に上がってしもうては、役に立たん」
 末岡がそう返し、選手たちに笑いの波が起こる。しばらくしてそれが引くと、末岡が「内藤。確か貴様は陸軍だったよのう」と、後ろのほうに隠れるようにしていた内藤幸三を指す。
「それじゃあ、内藤。お前が『歩兵の歌』でチームを先導し、総合グラウンドまで行軍しろ」
 そう言う濃人の言葉に選手たちは戸惑いを見せる。
「濃人さん、このくそ寒い夜更けの街を行軍とは、いったいなにごとですか」
 選手たちから不満がとめどなく出るもおかまいなしの濃人は、
「なにごともままごともない。お前たちの弛んだその心身を俺が鍛え直してやるんだ。『野球の鬼』と呼ばれた石本さんの精神を受け継ぐ門下生として、此度晴れて石本さんの門下生となるお前たちの体たらくを目の当たりにしてしまった以上、これを看過するわけにはいかん。お前たちの心身を正す目的で、これから総合グラウンドまで歩調を合わせて行軍する。わかったな」
 と、その不満を聞き入れずに跳ね返す。
 選手たちは、濃人からの突然の「命令」に困惑い、顔を見合わせて沈黙するものの、それを破るように武智が放った「まあ、酔い覚ましにはちょうどええ」という言葉に選手たちが追随する。

「さあ、内藤。陸軍魂を見せたらんかい」
「いやあ、わしは陸軍と言うても、ただの百姓。応召しただけの、ただの兵隊や」
「兵隊というても歩兵の歌くらいは歌えるだろう。まさか歌えんとでも言うんか」
「おい、歩兵の歌を歌えんなど、帝国軍人の風上にも置けんやつじゃのう」
「馬鹿にするなや。応召とはいえ、腐っても帝国軍人。歩兵の歌くらい歌えるわい」
 彼らは「歩兵の歌」を大声で張り上げながら、軍隊式に歩調を合わせて行進をはじめる。
「やるやないか。さすがは帝国軍人、歩兵の歌も様になっとるわ」
「しかし、これを見た近所のもんは、俺らをなんやと思うとるんかな」
「みなが寝静まる夜更けの街を歩兵の歌に乗せて不穏な行軍とは、まるで二・二六事件の叛乱将校のようじゃのう」
「給料はまともに支払われる気配なし、用具は揃わん、ホームグラウンドは草生す荒れ地。寮には風呂すらありゃあせんし、部屋にはすきま風が吹く。明日が我々の晴れ舞台じゃというのに、ユニフォームさえまだ揃うとらんという。球団の金庫も空っぽじゃそうな。これで叛乱しない我々は、きわめて穏当な将校よのう」
 不平不満を笑いに変える選手たちの様子を後ろから黙って見守る濃人は、彼らの行軍を追い、自らも総合グラウンドに向かう。
 三十分ほどして、彼らのホームグラウンドたる広島総合グラウンドを見渡せる社(やしろ)にさしかかる。濃人が「止まれ」と号令をかけ、選手たちの行軍が止まる。
「お前ら、あれを見ろ」
 濃人が指した先に見えるのは、未明の凍えるような総合グラウンドで列を成す、広島市民の姿であった。明日、開催される広島カープの結成披露式をこの目で見ようと、その席を確保するため、霙降る一月の未明から徹夜をして並ぶ広島市民の姿に、酩酊していた選手たちの赤ら顔から血の気が引き、みるみる蒼白としたものに変わる。
「お披露目は明日だというのに、この寒い中、ああやって徹夜をして並ぶ人たちがおる」
 寒風吹き荒ぶ中、防寒着を何枚も着込んだ広島市民が身体を丸め、持参した火鉢に当たりながら夜明けを待っている。そしてそのような状況に関係なく、彼らの表情は一様に明るく、その瞳はまるで少年のように煌々としていた。彼らは暖を取りながら新聞片手に、明日、この街の歴史の目撃者となることに胸を躍らせ、野球談義に花を咲かせている。
「お前たちの後ろには夢と希望を求めるたくさんの広島市民がおる。俺は久々に帰郷して、街のあちこちを見てまわり、さまざまな人と触れ合った。そしてこの街にとっての広島カープというものは、ほかの街の野球チームとはまったく異質なものであると痛感したんだ」
 白い息を吐き、硬直したように立ち尽くす選手たちに、濃人は続ける。
「野球選手が一番やってはいかんことはなにかわかるか。それはのう、三振でもエラーでもない。ファンを裏切ることだ。とりわけお前たち広島カープの選手は、ファンを、広島市民を裏切るようなことだけは絶対にしてはいかん。過日、浜井市長が広島カープ誕生についての声明を寄せたことはお前たちも知っとるだろう。あれはのう、昨年、占領軍に中止にされた挙句、今年も中止が決定されてしまった平和祭で読み上げるはずだった平和宣言を、忸怩たる思いで、カープ誕生に向けての市長の祝辞というカムフラージュまでして、ようやく読み上げることができたものなんだ。お前たち野球選手は政治や経済など小難しいことは考えず、野球だけに専念しとればええ。銭の心配は石本さんたちの仕事だ。しかし、この広島カープというチームに入った以上、お前たちはただの野球選手ではない。原爆で木っ端微塵に打ちひしがれた広島市民の夢と希望を背負う存在であり、平和都市広島の使者でもあるんだ。お前らの振る舞い如何によって、広島市民を夢と希望を与えることもあれば、これを奪うことだって有り得る。そのことをよう肝に命じとけ」
 濃人の言葉に呆然とする選手たちの中から辻井が「少し体が鈍っとるみたいやから、走ってくるわ」と言い残し、その場を走り去る。さらに武智が「酔い覚ましにはちょうどええ」と続き、そのほかの選手もそれに続く。走り出した彼らは、霙から小雪に変わろうとする未明の広島の街を、白い息を吐きながら、気の済むまで走り込んだ。

 深夜、比治山ハウスに帰宅した私は寝静まる子供たちを起こさぬよう、息を殺して自室に入り、豊潤なワインを片手にペンを取る。
 私は静代とここで暮らすようになり、パートナーとも言える存在になりつつあった。作家だった彼女とは、近ごろではジャーナリズム論にまで話が及ぶこともあり、喧々諤々と談論するようになっていた。これは戦勝国民のアメリカ人である私に、敗戦国民の日本人がここまで議論できる時代がやってきたのだということを意味し、これほど嬉しいことはなかった。
 彼女は正式に胡町教会の信者になり、シュメルツァーの洗礼を受けた。「ソフィア」という洗礼名を授かった彼女は、「比治山ハウス」の保母として子供たちの面倒をよく見てくれている。

 昏睡の海にこぎ出した私の瞼にさまざまな記憶が巡り、年を追って痛みを増す右腕の傷跡が疼く。もはやこれは、逃れようのない呪縛なのか。
 戦後、日本人の武士道精神は失われ、戦勝国アメリカにすべてを阿る、見るも無残な体たらくである。政治家やジャーナリストは市民生活よりもイデオロギー論争に熱心である。いまだ日本全国が復興途中にあり、この広島とて市民の奮迅がありながらも、復興が順調に進んでいるとはとうてい言えない。食料事情と住宅事情の改善もきわめて緩やかなものにとどまり、太田川、元安川、猿猴川沿いには静代も住んでいた原爆スラムが広がり、住人たちは劣悪な環境にありながら、そこから抜け出す術を持たない。
 精神の退廃が顕著なのはアメリカも同じである。政治腐敗や人種差別はいっこうになくならず、国土が戦火に見舞われなかったためか、第二次大戦に懲りることなく、日本本土のすぐそこ、朝鮮半島ではいままさに、米ソの代理戦争が勃発しようとしている。
 主よ、同じ過ちを繰り返そうとする人類を憐れみ給え。
 意識が遠のく中、悶絶する私の体内に女の声が入ってくる。亡き母にも似たその声の主は静代であった。
「凄い汗で、どうしたの」
 目醒めた私を気づかう彼女の母親は、ピカの後遺症で過日、亡くなったばかりであった。


 前日の霙が路面に残ることなく、広島の空はあの日のように雲ひとつなく、どこまでも青く澄み渡っている。
「よし、みな集まれ」
 朝陽に照らされる天満川がまるで一筋の光の道のように揺らめいている。寮を出た選手たちが土手で円陣を組むと、彼らのその表情は昨日までとは打って変わり、凛然として美しく映えた。
 円陣を組む選手は二十六人。石本が苦労してようやくかき集めた選手たちである。このうち、ユニフォームを用意できたのは二十二人分で、四人は背広姿であった。しかも、用意できたユニフォームですら、ほかのチームのそれとは格段に落ちる、質の悪いものであった。胸に踊る「CARP」の紺字ステッチや背番号は、久森ら職員が慣れぬ裁縫仕事で、徹夜で手縫いしたものである。手縫い以外にも、そのステッチすら用意できない背番号がいくつかあり、その選手の背番号はマジックインキで書かれたものさえあった。
 他チームに大きく劣るこのユニフォームを着た選手にも、ユニフォームが用意されなかった背広姿の四人の選手にも、この現状を気にする素振りは見られない。
 円陣の中心に立つ石本が訓示を述べる。
「昭和二十五年一月十五日。ついに広島カープ船出のときがやってきた。我々がこぎ出す大海原は平穏な海ではない。いつ沈むとも知れぬ荒海じゃ。日露戦争における日本海海戦の際、ロシアのバルチック艦隊を迎え撃つ帝国海軍の秋山真之は、東京の大本営にこう打電した。『本日天気晴朗ナレドモ波高シ』。ここにおるわしは、ただの老将。これからはじまる戦の命運は、若いお前らにかかっとる」
「おう、そうじゃ、石本さんは東郷平八郎元帥、軍神じゃ」
「Z旗はついに上がったというわけか。『広島ノ興廃、コノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ』じゃのう」
「広島では仏様、観音様とまで言われた石本さんが、ついに軍神にお成りになったとは」
「しかし、それじゃあ『野球の鬼』の名が廃ってしまう」
「ほんまやで。鬼やら神やら仏やら、毎度、石本さんに与えられる称号は、もはや人間のそれを超えとるわ」
 選手たちの屈託のない笑いが沸く。
 二十六人の選手は、頭上に広がる澄みきった空のように晴れやかな表情であった。
「さあ、これからが苦難のはじまりじゃのう———」
 勇躍とする選手たちに聞こえないほどの小声で囁いた石本は、これからやってくるであろう荒波に立ち向かうべく肚を決める。

 近づくエンジン音の方向に広島市民が視線を向ける。
 戦後いち早く東洋工業が製造した三輪トラック五台に分乗する石本監督と二十六人の選手が、黒煙にまみれて現れる。
 広島湾から吹き込む風が初春の凍るような空を掻き回す中、広島総合グラウンドに足を踏み入れた石本の一歩は、広島の野球史に新たなる一ページとして刻まれることであろう。
 扇形の観客席には広島市民が喨々として、寒風をもろともしないその熱いボルテージをもって、選手たちを迎える瞬間をいまかいまかと待ちわびていた。選手たちがグラウンドに立つと、地鳴りのような歓声が白い息とともに湧き立つ。それに圧倒された選手たちは、緊張した面持ちで手を振って応えたあと、脱帽して頭を下げる。そうすると歓声で球場が揺れ、場内が一体とした空気に包まれる。
 丸く縮こまっていた選手たちは、自分たちに大いなる夢と希望を托す歓声に身を律し、背筋を真っすぐに伸ばして、それはまるで悲劇から立ち上がる広島市民の姿を体現しているかのようだ。
 二万人ほどが収容されたグラウンドの周囲をロープで区切っただけの天然の観客席に腰を下ろすと、目眩がするほどの熱気が一帯を覆い尽くしていて、むせ返るような感覚に陥る。これは、野球狂たる広島市民の特性を凝縮したような、彼らにとっての普遍的光景であり、他人から見れば狂信的な光景であろう。観客である彼らは、それぞれ鯉のぼりや大団扇、しゃもじなどを力強く扇ぎ、グラウンド上で若鯉のように飛び跳ねる選手たちにエールを送る。
 この機会を待っていたとばかりに、戦時中、関東軍でラッパ手だったという男が、その戦端を切るべく、耳を劈くような音で突撃ラッパを吹く。
 その身を奮い立たせるような調子に続き、戦前から脈々と学生野球の世界で受け継がれている応援歌を吹いて、それに合わせるような観客の手拍子が球場内で波打つ。観客の中には、被爆者や、傷痍軍人であろうか、包帯を巻いた者や、手足の不自由な者もいる。とにかく、歴史の証人となった彼らには大人も子供も、男も女も、社会的立場の区別もなく、同じ観客席から、グラウンド上の選手に無我夢中で声をかけている。私のような外国人や、広島野球界では有名な濃人渉らがいたところで、みなそれに好奇の目を向ける暇はない。
「凄いのう、これがカープか」
「あの左腕は内藤、あっちは岩本、その向こうが辻井。それから、あれは誰ね」
「あいつは酒豪の伊達男、武智じゃ。その放埒ぶりから『酒仙』と渾名されとる」
「阪急の浜崎監督が石本さんの後輩でのう、峠を越えた有名な選手を何人か、カープに譲ってくれたらしい」
「阪急とて余裕もなかろうに。浜崎は義理固い男じゃのう」
「大陽にものう、広島出身の濃人がオーナーにかけ合うて、選手を譲ってもろうたんじゃと」
「まあ、何人かはそれなりに知った選手じゃが、ほかの選手は、ありゃあいったいなんね」
「どれも見たことのない奴らばかりじゃのう」
「銭がないんじゃろう。ええ選手を獲るには銭がいる。カープには銭がないんじゃ」
「ほいじゃが、巨人の白石を取れたじゃないか」
「あれは巨人が『できたばかりの広島カープに看板選手がおらんとかわいそう』と言うてのう、特別に譲ってくれたんじゃそうな」
「白石は助監督兼選手じゃと。郷里とはいえ、えらい決断をしたもんよ」
「しかし、その肝心の白石が来とらんじゃないか」
「白石はとっくに東京を出とるらしいんじゃが、どこか道草でも食うとるのかもしれんのう」
 ユニフォーム姿の選手と並ぶ、背広姿の男たちがひときわ目立ち、自然と観客の視線が集まる。
「おい、あいつらはなんで背広を着とるんじゃ」
「おおかた銭がのうて、全員分のユニフォームが揃わんかったんじゃろう」
「悲しいのう。そがいなことで我が広島カープの船出は大丈夫なんかいのう」
 一手に視線を集める選手たちは、グラウンド上でランニング、ストレッチ、キャッチボールをはじめる。
 選手たちの顔に、その若い情熱が溢れるかのような汗が迸り、やがてそれがグラウンドの土に滴り落ちるころ、いっせいに練習を切り上げ、一塁ベンチ前に横一列に並び、その端に石本がのそっと加わる。
 石本は、清々しい表情の中にもどこか不安の滲む複雑な表情を覗かせながら、その顔を快晴の空に向け、眩しそうに陽の光を浴びる。

 役員の伊藤信之が、整列する選手の前にマイクロフォンを持って立ち、慇懃な挨拶を述べる。
「ようやくこの日がやってまいりました。野球の盛んな我が広島の街に、いままでプロ野球チームがなかったことは、明らかに釈然としないことでありました。長い間、お待たせして申し訳ありませんでした。本日、昭和二十五年一月十五日。ようやく、広島の夜明けを迎えます。原爆投下からまだ五年も経たないこの街に産声を上げた広島カープを、どうか愛してやってつかあさい」
 伊藤に続き、石本がマイクロフォンを取る。
「みなさん。監督の石本です」
 石本の第一声に万雷の拍手が沸き、グラウンドを包み込む。
「本日、産声を上げたこのチームは、ここにいるみなさんの、広島市民のチームです。もちろん、ご覧のとおり、我々はプロ野球において一番弱いチームであることは明白であります。だが東京や大阪のチームには、絶対に負けるわけにはいかんのです。これまで、広島市民にとって野球はただの娯楽でした。しかし、いまはそうではありません。広島の街に野球が存在する理由は、ほかの街のそれとはまったく違うのです。我々はそれを肝に銘じ、どこに出しても恥ずかしくない、精錬されたチームへと成長を遂げてゆくことを、ここに誓います」
 止まぬ喝采の波が引くのを待ち、石本が選手ひとりひとりを紹介する。中には名前すら思い出せない選手や、あるいは紹介の言葉に詰まる場面がありながらも、どうにか二十六人の選手全員を紹介し終えた。
「助監督の白石は、後日合流いたします」
 石本の言葉に観客がどよめく。
「やはり、白石は来るんか」
「ああ。あのネタはガセじゃなかったんだな」
「そうとも。石本さんがああ言うとるんじゃから間違いない。あの白石が助監督とは頼もしい限りじゃ」
 石本は、セレモニーをこう締めくくった。
「我々は、学生野球の世界だけでなく、プロ野球の世界にも広島の風を吹かせます」
 みながこの場にいない白石の一刻も早い広島入りを渇望する中、広島市民から忘れ去られたようにどこの話題にも上らなくなった、広島カープ創設における最大の立役者である松原昇太郎の姿も、ここにはなかった。

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John Morris

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広島の風(全20話)

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