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[古い日記] 西野カナとウォークマンに関する雑考(2012.11.29)

下北沢doramaで西野カナの新譜 ”Love Place”を借りた。

iTunesで楽曲単位で音楽を購入するのが普通になった今の時代、新作状態でレンタルないし購入する価値があるのはSONYグループの歩く広告塔であるカナやんのアルバムくらいだ。

そして西野といえば泣く子も黙るギャル演歌の大御所である。
念のため一応書いておくが、社会学者チャーリーによって命名された「ギャル演歌」は、00年代終盤から、西野や加藤ミリヤらに先導されて確立された、ヒップホップ/R&B寄りのサウンドに、男に会いたいだの会えないだのといった演歌的な切ない歌詞を乗せて歌うという歌謡曲のジャンルである。
ギャル演歌の楽曲は、JKないしJDがケータイにダウンロードしてきったねえマクドナルドで聴くという鑑賞(観照)スタイルが一般的であるとされている。
しかしそのサウンドは、必ずしもそのような劣悪な環境における聴取に最適化されているわけではない。

この西野の新譜にしても、もはや女子供が聴く音楽じゃないというレベルでカッコいいと言わざるを得ない。
オケトラックは、現代日本の音楽製作テクノロジーの粋が結集していると言っても良いであろう最新鋭のヒップホップ/R&Bサウンドで完全武装している。

特に、スペイシーなシンセ使いとブリッジ部でのバスドラ4つ打への展開がアツすぎるM6 Happy Half Year!や、オートチューンの使用は最小限に留めつつ中田ヤスタカ風味に真っ向から挑んだM9 Is this love? などは、ギャル演歌史屈指のヤバさである。


しかしいっぽうで、西野のが持つグルーヴ感は、デビュー以来一貫してオモテ拍が強調される、いわば昭和歌謡的なノリである。
それは今作でも変わっていない。

もちろん単純に歌唱力という意味では、歌ははっきり言って上手いと思う。
文芸誌を斜めに読むブログの筆者であるkenzeeが東海林太郎に准えた伸びやかかつ素直な歌い方で、音域も極めて広い。未だに歌い方の面で浜崎あゆみの悪影響下にあるAKBの諸面々とは一線を画している。

ただそのノリが、同じギャル演歌でもブラックミュージック的歌唱法を完全にマスターし、マニュアル演奏によるゴリゴリのファンクビーツさえも悠然と乗りこなす加藤ミリヤや青山テルマとは明らかに違う、なんともノッペリしたものなのだ。

この動画など見てもらえればわかると思うが、歌は上手い。
タイムとかピッチが合ってないとかではない。ただ、全体的にリズムがなんというか、フラットなのである。スイングしない。

オケはバックビートの強調されたヒップホップサウンドであるだけに、歌のリズムとの不釣り合いさに違和感を覚える人も少なくないはずだ。
いずれにせよ、この歌と伴奏のグルーヴのミスマッチ感こそ西野の音楽を最大に特徴づけるポイントといえよう。


ここで思い出すのが、西野がレペゼンするところのSONYの歴史である。

今の中学生とかは知らない話なんだろうが、SONYは1999年に、携帯用音楽プレイヤー「メモリースティック ウォークマン」を発売した。
しかし、当時既に音楽ファイルで世界標準になっていたMP3をサポートせず、ATRACというミニディスク(懐かしい) のフォーマットに限定したため、ほとんど売れなかった。
これはSony Recordsが違法コピーを恐れてDRMのないMP3を拒否したためといわれており、この状態は2004年まで続くことになる。

いっぽうでスティーブ・ジョブズ率いるAppleが2001年に発売したiPodは、SONYのウォークマンが先行していたこともあって、当初は大した商品にはならないと思われていた。
しかしジョブズは、大手レーベルの首脳を自ら説得して回り、SONYを除くすべての大手レコードレーベルの音楽を配信する権利を獲得した。
SONYは上述のように競合商品を販売していたためiPodパートナーシップには参加しなかった。この理由により、現在も西野カナの音楽はiTunesでは買えないのである。
※この日記は2012年9月に書かれたためその時点での事実ベースである。西野カナの音楽のiTunesにおける販売とApple Musicを含む各種サブスクリプションサービスでの配信は引退後の2021年に解禁された

その後iTunes Music Storeと連携しMP3による録音/再生もサポートすることによってiPodが音楽プレイヤー市場における独壇場を築いたのは誰もが知るところだ。
MP3は音質の面で不利だが、iPodの成功は、もはや安くて性能がよければ電子ガジェットは売れるという時代ではなくなったことの直接的な反映だった。ハードウェアがコモディティ化すれば、新興国に生産拠点を移すことで原価はどんどん安くなる。
それよりも、ネットワークウォークマンのモッサリした操作感をiTunesとの連携で解消したことがでかかった。


製作技術としては最新鋭のヒップホッップサウンドで武装しておきながら、歌のノリは依然、日本の製造業が世界的な栄華を誇った70年代の(?)昭和歌謡的伝統を引き継いでいる西野カナの音楽は、技術面ではグローバルレベルでゴリゴリ勝負できる水準であるにも関わらず規格面でガラパゴスってきたために没落したSONYを象徴する商品なのではないだろうか、などと考えた(ドヤ顔)。

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