#イール狩り小説を書くと言ったな #スマンありゃウソだった #AKBDC

「おれはきつねだ」

「ハイ。お兄さん、きつね一丁!」

おれの注文は、きつね蕎麦だ。略して言えば「おれはきつねだ」ということになる。こういった語法を「うなぎ文」というらしい。

おれはキツネだった。思い出したのは最近のことだ。人狼に拾われて育ったおれは自身も人狼だと信じて疑わずに暮らしていた。母親と暮らしていた森を離れて、自分の正体も忘れたまま既に十年もの歳月が経っていた。

曲折を経て、人狼の人間狩りサークルとの決別を余儀なくされたおれは都会の片隅で人間に紛れて生きることを選ぶことにした。その場で殺されて毛皮にされるよりは幾らかマシだと思ったからだった。

都会には大同小異、おれのような人外が肩を寄せ合う地下組織があった。そこで紹介された同類からの仕事を請け負って、時には道を踏み外した同類を始末して日銭を稼ぐ暮らしにも少しずつ慣れてきた。

この馴染みの食堂で一日に一度、きつね蕎麦を食べるのは二度と自分自身を見失うまいという、自分なりの決意表明だった。顔見知りになった店員さんから「きつねのお兄さん」と呼ばれた日などは小躍りしたい気分になったものだった。

「ボクはウナギだ」

敵か味方か、おれの隣に謎めいたウナギ女が腰かけた。何者だろうか。見覚えのある顔、帽子に外套、それから聞き覚えのある声をしている。空いている席が他にもあるのに態々おれの隣に来たというのも不可解だった。

「おや、助手クンじゃないか。奇遇だねぇ」

やはりおれの知己であった。あろうことか人狼の群れを、おれの仲間を皆殺しにした張本人でもある。より正確に言えば人間ではない。猫だ。聞くところによれば人外と戦って死んだ飼い主の姿に化けて、仕事も住居も財産も引き継いで何食わぬ顔で生活しているのだという。

「……なんてね。本当は調べたんだ。ボクは探偵だからさ。キミが毎日この店で食事をすることも。利用する時間帯もね」

「おれを始末する為にか」

「その時は正々堂々やるさ」

「そうしてくれると助かる」

沈黙。他の客は食事を終えて次々に退出していった。店内にはおれが蕎麦を啜る音だけが響き渡る。

「……いや、冗談だよ。気を悪くしないで。本当はここに来たのも偶然だし。仲直りしようじゃないか。握手しようよ」

「食事中だ。おれもお前も箸で手が塞がっているだろうに」

少なくともおれは真摯に蕎麦に向き合っている最中なのだ。口を利いてやるのが最大限の譲歩というものであった。

「……ふふ、ボク達には❝これ❞があるじゃないか」

鳥打帽のウナギ女は、あろうことか尻尾を出した。慣用句ではない。文字通りの意味だ。黒い尻尾がゆらゆらと濁った空気をかき混ぜている。見ていると眩暈がしそうだった。こいつ、何を考えている。ここはギルドではないのだぞ。

「莫迦、早く片付けろ。店の人に見られたらどうする」

「大丈夫。厨房からは見えないさ。……でも、助手クンと仲直り出来たらすぐにでも片付けるけどね」

降参だった。新しい客が来る前に、おれはウナギ女と尻尾と尻尾で握手した。こういうのを何と言うのだろうか。きっと調べない方がいいのだろう。

「こんなことをしていると狩猟者とやらに、いつか二人揃って目をつけられることになるぞ」

「ボクとキミで力を合わせればどんな敵だって返り討ちさ」

「おれは一人でも逃げるからな……」

こうやって人外と人外の、都会のその日暮らしの一日は過ぎていくのであった。(オワリ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?