かるた展望第75号 名勝負を振り返るの裏側

 かるた展望第75号に掲載されています「名勝負を振り返る」を執筆しました競技かるた研究家です。掲載・発行が無事に終わり一安心しております。本企画は3月ごろから始動し、5月のGWの終わりに取材をし、5月末に第一稿が完成。7月上旬にほぼ原稿が完成し、8月に微修正を加え、9月に皆様のもとに届きました。ここではなんで私が「名勝負を振り返る」を執筆したのか?、第1回のテーマに第46期クイーン位決定戦が選ばれたのか書いていきます。


にんげんドキュメント 100分の1秒に輝く ~かるたクィーン決定戦~との出会い

 名勝負を振り返るの原点がどこなのか遡ろうとすると、おそらくその答えは「にんげんドキュメント かるたクイーン決定戦」を視聴したことであろう。「にんげんドキュメント かるたクイーン決定戦」は2002年の1月に放送されたNHKのドキュメント番組なのであるが、この内容が凄いのである。通算14期目のクイーンを狙う渡辺永世クイーン。しかしながら、30代後半を迎え、体力的な衰えや怪我に悩まされるようになってきた。そんな中で、クイーン戦の3ヶ月前に母親が亡くなるという出来事も重なり、かつてないほどの厳しい状況でクイーン戦に臨むこととなった。対戦相手は大学生のホープである斎藤選手 (現・荒川)。はたして勝負はどうなるのか?渡辺永世クイーンは防衛できるのか?結末はいかに……。という感じがあらすじです。
 練習風景、職場風景、治療を受けている風景など様々な渡辺永世クイーンの背景を踏まえて、クイーン戦の3試合を当事者の振り返りも交えながら丁寧に取り上げていきます。最終的に1勝1敗に迎えた、第3回戦に渡辺永世クイーンが勝利し、通算14期目のクイーン位を獲得します。とりあえず、この番組を視聴した私は、クイーン戦に挑む熱い思いに心を打たれました。年齢を重ねても、怪我をしても、母を亡くしても、クイーン位という立場に向き合いながら、時には心の弱さを出してしまうこともありながらも必死に勝負に挑む渡辺さんの姿勢に感銘を受けました。特に2回戦で敗れて、「みんな私が負ければいいと思っているんだ」と涙ぐんでしまいながらも、3回戦で心を切り替え圧倒的な強さを示すその姿には、こういう人が永世クイーンになるんだなぁという納得感を与えてくれます。そんなわけで、初めて視聴したかいつかはもはや覚えていないのですが、通算で5回以上は多分視聴しており、見るために新たな発見があります。

荒川元クイーンの歴史的な立場

 前の章では主に渡辺永世クイーンのことを書いていきましたが、ここでは荒川元クイーンについて書いていきます。私は大学時代に関西にいたことから、何度も京都府かるた協会 (現・小倉かるた会)の練習に参加させていただきました。そこで荒川元クイーンを見かけることはしばしばありました。最初の接点はもはや覚えていませんが、何度か練習に行くうちに挨拶をする程度の関係にはなったような気がします。荒川さんについては、にんげんドキュメントに出ていた凄い人や出産を経てA級優勝を達成している凄い人という印象がありましたが、特に気になっていたことは下記のことです。

私はいろいろな分野の歴史を調べることが好きなのですが、競技かるた史を見渡した時に荒川元クイーンは間違いなく歴史に残り、そして様々な転換点を経験している人だと思っています。そんなわけで、いつの頃からか荒川元クイーンに本を書いて、様々証言を残してほしいという思いを抱いておりました。実際に、数年前の京都合宿ではご本人に「本を書いてください」とお願いしたことがあります。そんだったら「競技かるた研究家君が書いてよ」と言われました (笑)。この発言をきっかけに、私の中ではいつか荒川元クイーンの何かしらの文章を書くぞというのが一つの目標となっていました。

目標を実行するにあたり

 荒川元クイーンに関する文章を書こうとするにあたって、いくつか試みをしたこともありましたが、巡り合わせが悪くなかなかうまくいきませんでした。そんな中でかるた展望の編集部に入ればこの目標を達成できるのではと思ったことがありました。そういうことを思ってから、1年以上経過したある日、突然私はかるた展望編集部に誘われ、編集部のメンバーとなりました。そして2022年である今年は、にんげんドキュメントから節目の20年であり、まさに取り上げるタイミングだということで編集部に企画をぶつけました。編集部では、北野部長の助言もあり、北野元クイーンを含めて渡辺永世クイーン×荒川元クイーン×北野元クイーンの座談会となりました。また、今回の座談会を単発とするのではなく、「名勝負を振り返る」というシリーズ化することも決定されました。結果的に北野部長の判断は大正解であり、北野元クイーンが加わったことで内容としては厚みが加わり、より読みごたえがある内容となったと思います。また第2回、第3回の企画が発展する楽しみも生まれました。

内容のこぼれ話

 かるた展望では9Pの大作となった本企画ですが、実際はより様々なテーマが話題に上がっており、ページの都合上カットしたものが多数あります。例えば、正木永世名人と盛野さんのかるたの話や楠木永世クイーンの話などもあり、非常に興味深かったです。盛り込めなくて残念でありますが、どこか別の機会で日の目が当たることがあればと思います。

今後に向けて

 渡辺さんや荒川さんの話は興味深いことが尽きないので、まだまだいろいろ聞いてみたいと思っているので、今回とは全く別のテーマで取材できる機会があればいいなと思います。当面はかるた展望での執筆が自分のかるたに関わる役割となるかと思いますが、例えば他の媒体で機会を用意いただけるなら、さらに書いてみたいという思いもあります。かるたの歴史は日々紡がれていますが、形に残されず人々の記憶とともに消えてしまうものも多いかと思います。少しでも多くのものを形に残して、次世代につなぎたいです。また競技の発展においては活字メディアの発展も関係があると思うので、将棋などのように、読んで楽しめるかるたも重要かと思います。そんな活動を今後できればと思います。

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