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伝染性単核球症でペニシリン系は禁忌?

もはや「キスをすると子供ができる」というファンタジーを信じる大人はいないと思うが,「キスでうつる病気」はある。それが伝染性単核球症という感染症だ。

病歴に「接吻歴」?

熱が出て喉が痛くなる。いわゆる急性咽頭炎というジャンルの病気だが,いくつか有名な病因がある。ひとつは Centor スコアで有名な溶連菌感染症だ。溶連菌感染症は細菌感染症のために激しい炎症反応を呈し,症状も比較的おおきい。一方でペニシリン系が著効するため特定できれば対抗する手段がある数少ない感染症だ。

もう一つ有名なのが伝染性単核球症という感染症がある。こちらは Epstein-Barr ウイルス( EBV )というウイルスが原因により発症する疾患だ。比較的感染力が強く,キスしただけで感染するという有名な話があり Kissing Disease という異名も持つ。残念ながら伝染性単核球症はウイルス感染症のために特効薬というものがなく対処療法で回復を待つしかないが,症状はそれほどひどくない。

必ずしも原因は特定できない

難しいのは急性咽頭炎で原因が特定できないときだ。「溶連菌なら抗菌薬で治るのになあ」という誘惑により,「原因をはっきり特定できないけど抗菌薬出しちゃえ!」とする医療行為が非常に多い。これは抗菌薬の適正使用という観点からも問題だが,伝染性単核球症を否定できない状況ではもっとおおきなしっぺ返しが来るといわれている。

伝染性単核球症のもう一つの特徴に,アミノペニシリンを投与すると高確率で皮疹がでるというものがあるからだ。

伝染性単核球症の皮疹

「伝染性単核球症にアミノペニシリンを投与すると皮疹が出る」というのは医師としては国家試験にでるレベルの一般常識だ。

では実際はどのなのだろうか。アミノペニシリンを投与すると絶対に皮疹が出るのか。他の薬じゃだめなのか。そのあたりを UpToDate で調べてみた。

伝染性単核球症では全身性の微小斑状丘疹,蕁麻疹,点状出血がときとして見られるが,結節性紅斑はまれである( JAMA. 1999;281(5):454. )。かつては微小斑状丘疹はアンピシリンやアモキシシリンの投与後にたいてい起こると考えられていた。

医師国家試験の知識の通りのことが書いてある。アンピシリンやアモキシシリンはアミノペニシリンという改良型ペニシリンのジャンルに入るが,このジャンルでの皮疹という点で極めて特徴的だったのを覚えている。

しかしアジスロマイシン( Cutis. 2000;65(3):163. ),レボフロキサシン( J Dermatol. 2000;27(6):405. ),ピペラシリン/タゾバクタム( Ann Pharmacother. 2004;38(6):996. Epub 2004 Apr 27. ),そしてセファレキシン( Cutis. 1997;59(5):251. )を含むその他のさまざまな抗菌薬や,抗菌薬にまったく暴露されていなくてもときとして報告されている。

アミノペニシリン以外でも続々と皮疹の報告はなされているようで,なんなら抗菌薬がなくても皮疹が出たとの報告もあるようだ。

この皮疹の責任メカニズムは完全には理解されていないが,おそらく一過性のウイルス媒介性の免疫変化の現れであり,その結果として可逆性で,遅発型の抗菌薬への過剰反応( Ann Pharmacother. 2017;51(2):154. Epub 2016 Oct 1. )となるのであろう。よって,伝染性単核症中のペニシリン系薬剤使用の状況下での皮疹発現は,真の薬剤アレルギーを予期するものではないだろう。そして多くの患者はその後に有害反応なくアモキシシリンやアンピシリンに寛容である。

これは大事な記載で,アナフィラキシーのように抗菌薬がアレルゲンとして免疫記憶されるわけではないということだ。

β-ラクタム系と関連した皮疹の割合は当初は 70 〜 90% 程度の高さと報告されていたが( Am J Med. 1977;63(6):947. ),より最近の研究ではこの皮疹の割合はもっと低いだろうと示唆されている( Ann Pharmacother. 2017;51(2):154. Epub 2016 Oct 1. )( Pediatrics. 2013;131(5):e1424. Epub 2013 Apr 15. )( Clin Infect Dis. 2013;57(11):1661. Epub 2013 Aug 19. )( Int Arch Allergy Immunol. 2018;176(1):33. Epub 2018 Apr 4. )。たとえば,血清が伝染性単核症の診断に使用された 18 歳未満の年齢の小児のレトロスペクティブ研究では,アモキシシリン関連の皮疹は未治療患者群の 23.1% と比較して 32.9% と報告された( Pediatrics. 2013;131(5):e1424. Epub 2013 Apr 15. )。ある報告は関連はまったくないと示唆した( Clin Infect Dis. 2013;57(11):1661. Epub 2013 Aug 19. )。この 184 名の伝染性単核症の患者の前向き観察研究では,103 名が少なくとも 1 つのペニシリン系に暴露されたが,ペニシリン系で治療された群と薬剤を投与されていない群の両方の皮疹の割合は同等であった( Clin Infect Dis. 2013;57(11):1661. Epub 2013 Aug 19. )。

結局皮疹の原因はよくわかっていないのが現状のようだ。ただ,これをもってアミノペニシリンは関係ないから予防的に投与したれ!とはならないだろう。皮疹のトリガーの疑いが晴れるまでは「容疑者」であることに変わりはなく,必要のない抗菌薬(容疑者)は投与しないのが懸命だろう。

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