見出し画像

”膀胱炎にはクラビット”の思考停止

男性ではあまり一般的ではないが,女性は比較的身近な悩みの膀胱炎。外来診療でも比較的よく出会う疾患で,研修医でも対処必須の疾患だ。しかしこんなに一般的な感染症でもきちんと抗菌薬処方されていないケースが多い。


膀胱炎とは

膀胱炎とは,尿道から逆行性に膀胱に細菌感染を起こす疾患である。女性の場合,尿道が男性と比べて短いため,より感染が多くなる。膀胱炎の古典的な症状は,排尿障害,頻尿,尿意切迫,そして恥骨上部痛がある。これらの症状のある膀胱炎疑いには特別な検査なしに診断することも可能である。


膀胱炎の ”敵” を知る

画像2

膀胱炎の最も頻度の高い起炎菌は大腸菌である( 75 ~ 95% )。つまり,膀胱炎治療のメインターゲットは 大腸菌 をやっつけることにある。これは非常に重要な観点で,こいつ(大腸菌)さえやっつけられればよいのだから,やみくもにカバー範囲の広い抗菌薬を選ぶ必要はないのだ。


抗菌薬選択のルール

抗菌薬選択のルールはそんなに難しくない。まず,多剤耐性菌リスクをチェックする。ほとんどの独歩来院患者はこれにハマらないが,施設入所中の患者などは要注意である。チェックリストは次の通り。直近の 3 ヶ月間で以下の項目に当てはまらないことを確認する。

1.多剤耐性菌が検出されている
2.施設入所中である(病院,ケアホーム,急性期ケア施設への長期入所)
3.フルオロキノロン,ST 合剤,または広域 β ラクタム薬(第三世代以上のセファロスポリン)を使用している
4.多剤耐性菌の割合が高い地域への渡航歴がある(インド,イスラエル,スペイン,メキシコなど)

上記チェックリストに当てはまる場合には多剤耐性菌ハイリスク用の処方になるが,大半の独歩来院患者はこれに当てはまらないので今回は除外する。


一般的な膀胱炎の抗菌薬処方

多剤耐性菌のリスクがなければ前述の通り,とりあえず大腸菌にさえ効けば良い。その上で抗菌薬のメニューは次のとおりである。

第一選択ST合剤(バクタ®)
ST 合剤( 160/800 mg )を 1 日 2 回,3 日間投与する。無作為化試験では3 ~ 7 日間コースでの臨床的治癒は 79 ~ 100% が示唆された。

ただしこれは患者が妊娠していない場合に限る。妊婦に対するST合剤の使用は妊娠中期に限定され,妊娠初期やそれに近い時期は避ける。妊婦に対しては次の β ラクタム薬が一般的には処方される。

第二選択:βラクタム薬
ST合剤が使用できない場合に β ラクタム薬は良い適応である。代表例ではオーグメンチン 500 mg 1 日 2 回である。ここで注意したいのは,ペニシリン系薬剤単剤では大腸菌の耐性率が高いため使用すべきではない(具体的には サワシリン® やビクシリン® )。β ラクタム薬はペニシリン系のみならずセファロスポリン系薬剤も可能である。第一世代セフェム(セファレキシン 500 mg 1 日 2 回など)は十分研究されていないがおそらく妥当であるとみられている。

しかし,一般的には β ラクタム薬は他の尿路感染抗菌薬よりも効果が弱く,より潜在的に有害効果があるため,あくまでセカンドラインとしての位置づけだ。


なぜクラビット®が処方されるのか?

画像1

クラビット® とはレボフロキサシンのことで,これはフルオロキノロンというグループに属する。結論から言うと尿路感染に対してフルオロキノロンは効く。さらに 1 日 1 回でよい服用の簡便さも相まって,これまで多く処方されてきた。

事実,多施設無作為化試験では急性膀胱炎の治療に対して,フルオロキノロンは極めて効果が高いことが示され,β ラクタムよりフルオロキノロンは効果が高かった。

しかし「効く」のと「処方する」は必ずしもイコールではない。問題点はいくつかある。

1.スペクトラムが広すぎる
フルオロキノロンのスペクトラムは広い。大腸菌のような一般的な細菌のみならず多くの細菌にも効果をあたえる。これにより,似たような症状の感染症がマスクされ,治療が遅れることがある。例えば結核性椎体炎では,培養結果に影響し起炎菌の同定が遅れたり,培養不能になる可能性がある。またフルオロキノロンは緑膿菌にも影響を及ぼすが,市中感染で緑膿菌をカバーする意義はあまりない(むしろ後述する耐性化に悪影響を与える)。このように「蚊の退治に火炎放射器で臨んで家を燃やす」ような過剰な治療は,本来の目的を超えたリスクが大きいのだ。

2.耐性菌の割合が増加してきている
病院で働いていれば検査部がその施設のアンチバイオグラムを公表しているところがある。アンチバイオグラムとは,主だった細菌の抗菌薬に対する感受性をまとめたものだ。当院でも大腸菌のレボフロキサシンに対する感受性は 75% と低下している(第一世代セフェムのセファゾリンは 94% )。抗菌薬に対する感受性は地域や施設に異なり変わってくるため,一度自施設のアンチバイオグラムを確認してみるとよい。

このように増加する薬剤耐性,フルオロキノロンの潜在的な有害効果についての懸念から,可能であればフルオロキノロンはより重篤な感染症のために温存しておくことが提言されている( Clin Infect Dis. 2004;39(1):75. Epub 2004 Jun 14. )。

フルオロキノロンは非常に良い薬である。だからこそ,濫用することは慎み,いざというときの伝家の宝刀として温存しておくことが大切なのだ。

参考文献:
※1)岩田健太郎 「抗菌薬の考え方,使い方 Ver.3」中外医学社
※2)岩田健太郎 編 「感染症999の謎」メディカル・サイエンス・インターナショナル
※3)「今日の治療薬2015」南江堂
※4)阿南英明「救急実践アドバンス」永井書店
※5)ケアネット「Dr.岩田の感染症アップグレードBEYOND」
※6)岩田健太郎「極論で語る感染症内科」丸善出版
※7)青木眞「レジデントのための感染症診療マニュアル 第3版」医学書院
※8)UpToDate ”Acute bacterial prostatitis”
※9)UpToDate ”Acute complicated urinary tract infection (including pyelonephritis) in adults”
※10)UpToDate ”Acute simple cystitis in women”
※11)UpToDate ”Urinary tract infections and asymptomatic bacteriuria in pregnancy”

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?