手話

電車に乗っていた時、突然肩を叩かれた。窮屈な満員電車の車内。なんとか振り向くと、1人の女性が僕を見ていた。髪の毛が長くて、綺麗な顔をした人だった。
なんだろうと思っていると、その女性がいきなり手話をし始めた。なんだか少し怒っている様子だ。僕はどうしていいかわからず、彼女の目を見ながら、ただただうなづいた。

耳が聞こえないって、大変だろうなと思った。満員電車なんて、特に怖いだろう。痴漢に、酔っ払い。何があるか分からない。僕は、彼女に何もしてあげられないことを、とても不甲斐なく思った。彼女は何度か同じ手話を繰り返していたが、そのうち諦めるようにやめてしまった。僕は最後にもう一度おじぎをして、再び背中を向けた。

後になって知ったその手話の意味は、「音量を下げてください」だった。聞こえていないのは、僕のほうだった。

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