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失敗は喜び

家庭菜園の楽しさは、収穫よりも
収穫に至る過程にあると思う。

種をまき、まだかまだかと発芽を待ち
発芽した芽がどんどん大きくなる。

何の迷いもなく、ぐんぐんと。
この生命力が実は自分にも備わっている事。
時々忘れそうになる。

先週噛みすぎた爪周りの傷は癒えているし、
舌の先にできたデキモノも消えた。
右の脇腹の痛みもなくなったし、
鼻の横のニキビも消えた。

大人になると、肉体の成長は余り感じられなくなってしまうケド、治るということで自分の生命力を信じることができる。

今、芽を出し成長中の植物たちと同じ様に、
細胞は入れ替わり、傷を治している。
人間は家を作り服を着ることで、
植物ほど季節の影響は受けないから、
冬の間だって成長出来るってことになる。

先日、間引きが大嫌いで辛いと書いたけれど、あれって自然が「失敗」に備えているだけなんじゃないか?と思えてきた。
(いまさら)
勿論、自然界と違い私のベランダのプランターの中で、人が手を加えているのではあるが、種は元々発芽率が65%とか、
いっても85%くらい。
発芽の時点で、もう15%以上の失敗が既に計算に入っている。(これは業者の努力で15%なわけで自然界ではもっともっと下がる)
それだけ失敗しても、また始めればいい。ってメッセージに聞こえた。

そして発芽出来た種も途中で成長が止まったり、虫に食われたり。
だからこそあれだけたくさんの種をつけるのだ。

強いものが勝つとか言う、えせダーウィン論(エセ進化論についてはいつか書かなくちゃいけない)では無く、失敗しても良いんだよという風に私は受け取った。

私は失敗したら次は無い。という家庭で育った。出来て当たり前。そんなこともできないの?と言われて育った。

だから失敗しない、
出来そうな事だけを選んできた。

植物が作る種の数程の失敗をするべきなのだ。そして何度でも、毎年、同じ事に挑戦し、それでも尚失敗する。それでも良いんだ。初めて体験する人としての人生。
私の両親のように、何でも一発で出来てしまう人も居るだろう。

でも私は発芽率30%以下のタイプの子で、
その分失敗をすべきだった。

間引きは今でもあまり好きではないけど。
頑張って失敗しようと思った。

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