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その類まれなる才能にて

牛乳を飲まない私だが、ヨーグルトとチーズは大好きだ。両者には小さい頃から様々なシーンでお世話になっているが、色を変え味を変え、実に多彩なチーズが派手な雰囲気を醸し出すのに対し、白き柔肌のヨーグルトはどうも印象が慎ましかやだ。静かなる脇役といったところだろうか。

けれど、ある夜私は出あうことになる。

久しぶりに帰った実家、深夜のバスルームで浴槽のフタの上に鎮座していたのはヨーグルトの入ったカップだった。母のその頃の楽しみ、ヨーグルトの培養だ。実家ではおなじみの光景だったのかもしれないが、慣れていなかった私はそのカップを前にたじろいでしまう。こんな場所でいいのか!

フタを開けるのがためらわれ、わずかな隙間から身を滑り込ませた。深く潜り込んだ目線の高さにはヨーグルト。その小さな存在がいつになく異彩を放っている。静まり返った夜更けのバスルームで私は息を殺して対峙する。

こんな場所で平然と。これが脇役?もしやヨーグルトはか弱い存在なんかではなくて、思った以上に骨のあるやつでは?大いなる可能性を秘めているのでは?ふとよぎったそんな予感はその後、さらなるエピソードともに展開していくことになった。

大学のアラビア語の時間、担任が言ったのだ。

彼の友人の家ではヨーグルトはお手製だったと。動物の皮(なんだったかちょっと忘れてしまった)の袋に入れられた牛乳をぐるぐる回した後、その辺(部屋の中の)に放置しておけば、翌日にはヨーグルトになるのだと。

開いた口が塞がらなかった。ぬくぬくとした浴槽のフタの上でさえ驚きだったのに、それを超えての行動。そんな適当でうまくできるものなのだろうか。いや、できるのだろう・・・それが灼熱の砂漠の国の話であって、日本とは事情が違うとわかっていても、私はヨーグルトにたくましさを覚えずにはいられなかった。

またある放課後、別の教授の家でお手製のカレーを振舞われた私はその辛さに悶絶した。複雑に練りこまれたスパイスの皆さんはあまりにいい仕事をしすぎて、私は涙目になるばかりだったのだ。先生の気さくな人柄に甘えて訴える。すると、愉快そうに笑った教授は言った。

そりゃそうだ、だからこうするんだよ。

白米の横に豪快にかけられたのはヨーグルトだった。度肝を抜かれた。もちろん白米のためではなくてカレーのためだが、まさかまさかの荒技だ。白に白のビジュアルが、色もないのにいやに鮮やかで強烈だった。

しかし、その日食べたカレーの味を私は忘れることができない。その日以来、カレーが辛く仕上がった日にはヨーグルトを添えるのが私の定番となった。ヨーグルトは実に多彩な顔を見せはじめたのだ。見事な個性が輝くのを私は感じていた。

卒業後に出かけたトルコでもさらなる展開は続く。肉にも野菜にもソースとして使われていただけでなく、あるとき目の前にドンと置かれたコップ。ガイドを買って出てくれた絨毯屋さんの甥っ子が、暑い日にはこれだろう!と注文してくれたものだ。

水で薄めたヨーグルトには塩味が付いていた。美味しいとか美味しくないとか、もうそんな次元ではなかった。ただただ私はうなった。すごい。ひねりなんかなに一つないのに、なんという個性だ。ヨーグルトはもはや、当たり障りのない雰囲気など楽々と脱ぎ去って、実に自由で愉快な顔を見せているのだと思った。

そんなヨーグルト、我が家では今日も新たな可能性を求めてその存在を誇示している。特に、夏の始まるこれからが勝負だ。

シリアルに入れたりフルーツを添えたりするシンプルなものから始まり、夏の定番スムージーでは相手がどんなフルーツになったとしても受け止められる存在だし、子供達の大好きなレアチーズケーキにはなくてはならないものだ。フルーツゼリーやコンポートとのコンビネーションに不可欠のムースにはいかんなくその才能を発揮する。

夏のBBQグリルで人気のキョフテにももちろん。そこにヨーグルトソースをかけるというのはいつの間にか我が家の常識となった。いつもはクミンとミント、塩胡椒とシンプルなものだが、ちょっと余裕がある日にはキュウリやほうれん草、ニンニクなどを細く刻み込んでギリシャ風に早変わり。プレーンでおとなしいはずのヨーグルトが、一気にエキゾチックな風貌を見せる瞬間だ。

そう、ヨーグルトはただの脇役ではなかったのだ。あの日の予感は正しかった。それはマルチな才能をこれでもかと見せつける名脇役。映画になくてはならないバイプレーヤーならぬ、我が家の食卓になくてはならないスーパーフードだったわけだ。

これだけ多彩なシーンに顔を出し、白い肌を変えないまま完璧な役割を演じきるヨーグルト。そこにはまだまだ無限の可能性が秘められているように思う。さてさて次はなにに挑戦してみようか。我が家でのヨーグルト、最優秀助演賞の座はしばらく揺ぎそうにもない。


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