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音楽をするひと:BOYNEXTDOOR


音楽を聴いたとき、ステージを観たときに、全部の感覚がふるえて『ぶわ』ってなるあの感じ、完全にあれの中毒になっている。ものごころついた頃からもう数えきれないほど そういうものに魅せられ生かされ生きてきたけれど、またひとつ、私のなかに特別なステージが増えてしまったな〜〜〜



あたりめです。

隣の少年たち、BOYNEXTDOORがまぶしい。先日 東京ドームで開催された、彼らの初めてのMAMAがあまりにも素敵だった。 




同じ人間でありながらも究極なまでに実体としての存在が遠く感じる アイドルというひとたちが、"二次元越しの三次元" から "三次元" になる瞬間。そういう、偶像と現実(リアル)の境界を繋ぐ役を担ったのが、現実離れしたビジュアルから "王子" と称されているイハンだった。これ以上のキャスティングがあってたまるかよ…!!!!!

これを王子と呼ばずになんと呼ぶ



アイドルのきらきらした まぶしい世界が、扉の向こう、こちら側の私たちの世界へ一気に流れ込んできたその瞬間は、まるでパレードが始まったときのそれに近かった。あれよあれよと知らぬ間に渦に巻き込まれる感じ。ときにワクワクは混乱とともにあるのだ。

オッ、オッフ、




見るたび映るたびにくるくると変わる 最年少ウナクの感情表現には、もう随分と前から白旗を上げていた。これを単に愛嬌だの、表情管理だの、そういった言葉でくくろうとするにはあまりにもエネルギーとビタミンで溢れかえっている。

ウナク見てるとなんだかテーマパークに居るかのような気持ちになってしまうんだよな〜〜〜、おそらく私はウナクのことをキャストのお兄さんみたく思っているところがあるし、さっきからパレードだのテーマパークだの言っているあたり、このグループの持つ圧倒的『きらきら感』にかなりやられているようである。




以前 日本で行われたイベントで彼らを実際にみたとき、そのあまりの美しさに思わず変な声が出たのはソンホだった。その日彼はベレー帽を被っていて お顔のパーツが丸ごと確認できてしまう状態だったのだけど、最早温度を感じられないほどの造形美で息をのんだことを覚えている。




そういったビジュアルの要素もあって 一見クールな印象を受けるソンホだけど、彼の根っこにある天真爛漫さが ステージでの表現に散りばめられているのを見つけるたびに、私はすこしくすぐったいような愛おしさでいっぱいになる。

ここの動きが愛しいんだ

これはちょっと話ズレちゃうんだけど、掛け声の練習動画とか見てるとソンホがめちゃくちゃに可愛いムーヴをしていて ダメになることがよくある。見てくれよこれ(※下の画像)を。'Crying' だからってペンラ(仮)で涙表現してんだぞ?ほんでこの表情だぞ???許されると思ってんか最年長?????

ぴえん



ソンホと同じくして王子ことイハンも パッと見はクールな印象を持たれることが多いかと思うのだけど、実際は『柔』と書いてイハンと読んでも何ら問題がないほどに、表情から声・所作・感情等 すべてがメチャクチャに柔らかいひとである。

そんな彼が、あろうことか今回MAMAのステージでブレイクの先陣を切ってしまったのだ。あまりの事態に、「そういうダンスするなんて聞いてない」と言い残し 東京ドームの亡霊になってしまった友人がいる。彼の罪もまた深い。

あまりの躍動にスクショの画質もガビガビである




2曲目の '뭣 같아 (But Sometimes)' に入ったときのテサンの表情がニクかった。

どうしてか この子がスタートを切る瞬間、自分のなかのヤンチャじみた部分が顔を出す気がする。メチャクチャワクワクしてしまうんだよな〜〜〜




テサンの表情ひとつで、私はこれから始まるときめきの先取りをしているのだ。彼自身が『今から楽しいことやるけど、一緒に遊ぶ?』ってかおしてくるんだから、もう仕方ないじゃんこんなの。テサンと行く先には いつだってすこしヒリヒリするような、面白いことが待っている。そんな気がしてしまう。

ハードめに整えた髪をなぞる姿が、いつかのロックスターと重なって見えた。本当に、とってもよく似合っている。

AM期のアレックスみたいだ




アイドルのステージをみているとき、全員が同じ振付をしていても なぜか漠然と『この振付はこのひとのものだ』と感じるシーンが時々ある。

リウくんは そういう、"振付をものにする" 力が半端じゃない気がしている。彼の名前を聞くと、自然といくつかの振付が脳内に広がるのだ。




それから、ダンスとなればふつう "動" の話になるはずなのだけど、不思議なことに私はリウくんの "静" に目を奪われがちだ。静というより『止』かもしれない。

自身のパートがくるたびに かなりダイナミックな身体の動かし方をしているにも関わらず、ひとつひとつの動きが終わる 各瞬間のストップのキレが異次元すぎるのである。なんなんだアレは。体幹が凄いですね〜〜〜!とかでは到底済ませられない。お願いなのでちゃんと納得させてほしい。

あと、リウくんは最近になって金髪に染めたため、これまでの姿とのギャップがシンプルにえげつないことになっている。暗髪期の映像や画像を見ては「ヒッ」と唸り崩れ落ちるという極めて不憫な遊びを私はひとり 自宅で延々と繰り返している。これがオタクの姿である。




今回のMAMAは会場が東京ドームだったので、約5万人のお客さんがその場に居たことになる。BOYNEXTDOORに限らず他の1年目のグループ、それから1年目でなくてもドームが初めてだというグループ、それぞれのかたちで抱える高揚と緊張があっただろうことは容易に想像がつく。

そんななかで、彼らはいつも通りはおろか「いやちょっとこんなかお見たことないわ、」と言葉を失うほどにイキイキとした姿をみせてくれたのである。楽曲がよりロックにアレンジされたことによる ステージ全体の雰囲気から受けた影響もあると思うけれど、明らかにそれとは別のところからフツフツと沸きあがるものを感じたのだ。



これは前日、MAMA1日目にリーダー・ジェヒョンコラボステージに参加したことがめちゃくちゃ大きかったんじゃないかなぁと、個人的に思っている。



ドームという大舞台に、たったひとりで先に立ったジェヒョン。それだけでもメンバーからすればとてつもない刺激とエネルギーになっただろうに、あろうことか彼が自作のラップでステージに臨んでいたことを あとになって知った。しかもそれが、翌日に誕生日を控えた最年少メンバー・ウナクへの想いが綴られたものだったのである。

※リリックについては、ものすごく個人の話が含まれたものを ただの他人である私が美しいものとして消費し文章にすることは望ましくないと思ったので、ここで和訳に触れるのは控えます。




リリックにある背景云々ということよりも私は、ものごとに対するジェヒョンの真摯な姿勢に、このひとは本当に格好良いなと、そう つよく感じたのだ。




コラボする楽曲そのものに込められた想いをしっかり汲み取り それを胸に置いたうえで、マイクを握るところには自身の生きる視線をのせる。その視線には、ともに歩む大切なメンバーが映っている。

時間にすれば数十秒のシーンだったかもしれないけれど、ジェヒョンというひとりの人間の格好良さを知るにはもう十分すぎるものだった。彼の人・音楽・仲間との向き合い方、その誠実さに、なんだかたまらない気持ちになってしまった。彼のまなざしにはいつだって『届ける』が色濃く存在しているのだ。




ヒット曲と名曲は違うし、流行ることと届くこともまた違う。どちらにも異なる大切さがあるなかで、『深く届けるため、永く愛されるため』に必要となってくるものを、ジェヒョンは頭と心の両方で理解して、常に自分の真ん中に置いているようにみえる。

ひとつひとつのステージにおいて 今の自分は何を届けたいのか、関わる人へのリスペクトを忘れず、音楽に誠実であり、仲間への愛情に溢れかえる彼の姿はあまりにもまぶしいし、誰から見ても真っ直ぐに誇らしい、BOYNEXTDOORのリーダーなのだ。こんなひと、大好きに決まってんじゃん………エンエン…




そうした想い・姿勢なんてものは いつもそばにいるメンバーがいちばんよく知っているとは思うけれど、ひとりでステージに立つ姿をみて改めて感じるものは すごくあっただろうなぁ。「よっしゃ明日絶対グループでかましたろ!!!届けよ!!!!!」ってなるもんな私なら。

その かましたろ!!!という士気みたいなものがこれでもかと現れていたのが '뭣 같아 (But Sometimes)' だったと思うし、同時に、全面ロックサウンドにアレンジが施された楽曲を通して、彼らの音楽に対する愛が垣間見えたこともたまらなかった。その音を誰よりも身体の隅々で感じとり、心が動いていたのは他の誰でもない彼らだった。




終盤ブレイクのとこなんてもう、もう………

とにかく見てくれとしか言えない。このかたちない感情を言語化するのには無理がある。




グループの親であるZICOがガイドまでしてくれたというリリック、今の自分たちの全てをぶつけるような叫び声、心臓の音が聞こえてしまいそうな表情、もう全部、ぜ〜〜〜〜〜んぶにやられてしまった。完敗だった。




私は音楽をしているひとが好きだ。

そのなかでも 音楽に対して深い愛情をもっていることがまざまざと表れているひとが好きだ。

商業としての音楽である前に、何かの手段としての音楽である前に、何かの要素としての音楽である前に、鳴っている音そのものに対して その場にいる誰よりもときめいているひとが私はたまらなく好きなのだ。


デビュー1年目のグループが 初めての東京ドーム、ハンドマイクを片手に魅せたそのステージに、「君たちもそんなひとだね」と伝えたくなった。

knock knock



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