花園

(あらすじ)「愛とお金は、私にとっては全く同じものなの。」ママは言う。「でも、恋は違うわね。」カウンターの上で頬杖を付いているママの横顔は、とてもきれいだ。私とお姐さんは、その横顔に見とれてしまう。夜の店で語られる、女性の秘密、恋のお話。

 

 今日はお客さんが来ない。仕方ない。外はひどい雨だから。真っすぐみんな、家に帰ったのだろう。テーブルの上でゆらゆら揺れるキャンドルを見つめながら、私はカウンターに腰かけて自分の胸を触る。

 こんなに上手に盛れた日に、雨が降るなんてツイてない。

そんなことを考えていたら、お姐さんがこちらを見た。

「ミチルちゃん、今日は一段とおっぱい大きいね。」

さばさばした口調でそう言うと、煙草を取り出し口に咥える。私は胸元からライターを取り出し、お姐さんに火を差し出した。「ありがと」というハスキーな声が、店に流れる音楽に混ざる。

「陰影ですよ。ハイライトとシャドウで、上手く陰影を付けるんです。今、メイクでも流行ってません?」

私が応えると、ママがカウンターの奥から声を出した。

「コントゥアリングっていったかしら?素敵よねえ。私も若いころ、そこまで頭が回ればよかったのにって思うわ。せいぜいノーズシャドウくらいよね、やったのは。」

柔らかく微笑んで、ママが言う。

「へえ、そうなんだ。」

お姐さんが、煙を吐きながら相槌を打つ。

ママは素晴らしい勉強家だ。女の子の話をよく聞いているし、分からないことがあれば素直に尋ねる。必要であれば、講座や学校に通ったりして貪欲に知識を得る。そんなママに、私は憧れている。

「ママ、今日は少し髪型が違うんですね。」

私が言うと、ママは照れたように笑った。

「今日ね、いつもの美容室がお休みだったから、違うところにお願いしたの。でもやっぱり、いつものところじゃないとダメね。ラッキーだったわ、今日は雨が降って。お客様には、いつも綺麗なところをお見せしたいじゃない?」

着物の衿を直しながら、ママがふふふと笑う。私もつられて、ふふふと笑った。流石、一国一城の主になったひとだ。ママには、天候までをも味方に付ける。

 カウンターの上で、スマホが大きな音を出しながら震えた。

「ああ、やっぱり。山口さんも来れないって。」

お姐さんが、大きな溜息を吐く。

「仕方ないわ、ひどい雨だもの。」

おっとりした口調でママが言う。その言葉に、お姐さんは苦笑する。私も、お姐さんを見て微笑んだ。

「今日、マリコちゃんは?」

お姐さんが訊く。

「このお天気だから、お休みしていいわって言ったのよ。」

ママが答える。

「季節外れの、台風ですかね?」

私が言うと、ふたりは頷いた。それと同時に、テーブルの上のキャンドルたちが、一斉に同じ方向に揺れた。

「ミチルちゃん、おっぱいの写真撮ってもいい?」

お姐さんが、煙草の火を消しながら私に訊く。

「いいですけど?」

「お客さんに送ろうと思って。ミチルちゃんのおっぱい、見に来てくださいって。」

ハスキーな笑い声が、カウンターに落ちる。

「チラリズムでお願いね。全部見せたら、それで満足しちゃうかもしれないでしょう?」

コロコロしたママの笑い声も、カウンターに転がった。私も笑ってショールを羽織る。カシャリと、シャッターを切る音が店に響いた。

「お茶でも、飲んじゃう?」

ママが、片目を瞑って私たちに訊く。

「じゃあ、私やります。」

私は立ち上がって、カウンターの奥のガス台へと向かった。薬缶で湯を沸かす。吊り棚の中から、ローズヒップティーを取り出す。ママは、肌に良いものしか身体に入れない。日々の積み重ねが、今のママの美貌を作っているのだろう。天賦の才があるのは確かだが、それ以上の努力をしていることは明白だ。

「良い匂い。」

私がカップを持っていくと、ママとお姐さんは声を合わせてそう言った。私たちはみんなでカウンターに腰かけ、黙ってローズヒップティーをすする。音楽に混じって、雨の音が微かに聞こえてくる。どこか秘密の空間にでも、迷い込んだ感覚がした。

「ねえ、愛とお金、どっちを選ぶ?」

お姐さんが突然、口を開いた。

「陳腐な質問かな?」

へへへと、ハスキーな笑い声を漏らす。

「私はお金ですかね。」

間を置かず答えた私に、お姐さんが驚いた声を出す。

「えっ、意外!何で?」

「うーん・・・、」

スツールの上で左右に揺れながら、私はしばし考える。

「なんか、愛ってまだよく分からないんですよ。遠くに見える霞みたいな感じで。お金のほうが、現実としてしっくりくるかなと思って。」

「ふーん。」

お姐さんが、意外だとでも言いたげな様子で相槌を打った。

「私は、愛だな。」

そして、きっぱりとそう答える。

「なんでですか?」

「私はお金がなくても何とかなるけど、男がいないと何ともならない。」

スパッと言うと、お姐さんはカップをソーサーに勢いよく置いた。ローズヒップティーの酸っぱい香りが、私の鼻を掠めた。

「ねえ、ママは?」

お姐さんが、ママを見る。私も、ママを見つめた。ママはゆっくりお茶をすすり、そっとカップをソーサーに戻す。

「そうねえ。私にとって、愛とお金は全く同じものなの。コインの表と裏みたいなものね。切っても切り離せない。」

「どういうこと?」

「どちらも等しく循環するのよ。愛で満ちればお金が自然と寄って来るし、お金で溢れていれば愛も同等に巡って来るし、どちらも、同じエネルギーで引きあっているものなのね。ピンクと黄色の円が、永遠にぐるぐる回っているイメージよ。」

「ふうん。」

お姐さんが、ちょっと口を尖らせて頷く。ママが、その様子を見てふふふと笑った。

「でも、恋は違うわね。」

ママの声が、店に響く。囁くように出された言葉なのに、確かな重みと、はっきりとした輪郭を持って聞こえた。

「恋のためなら、私は愛もお金も捨てられるわ。たった四年の気の迷いのためだけに、私は全てを捨てることができるの。」

カウンターの上で頬杖を付いているママの横顔は、とてもきれいだ。私とお姐さんは、その横顔に見とれてしまう。

「恋は、奇跡なのよ。」

カランッと音を立てて、ママの言葉がカウンターに落ちた。見ると、ダイアモンドの結晶のようなものが、そこで揺れていた。私は驚き、目を見開く。

「何度と出会えない、奇跡なの。タイミングを逃してしまったら、泡のように消えてしまうわ。全てを賭けなければ、陳腐なまがい物に騙されてしまう。」

店内の音楽が、ぴったりのタイミングで止まった。シーンという静寂の音が、カウンターを横切る。

「恋に落ちるのは奇跡。相手が同じように自分を想ってくれたなら、それは祝福。それ以上に大切なものは、この世にはないわね。」

私はじっと、カウンターの上の結晶を見る。その結晶はキャンドルの光を反射し、キラキラと光った。

 カランッ

今度は後ろから音が聞こえた。私は夢見心地で振り返る。店の扉が開いていた。

「ミチルちゃんの写真に魅かれて、やっぱり来ちゃったよ。」

山口さんと、その同僚の男が店に入ってくる。

「まあ、嬉しい。」

ママが素早くタオルを差し出し、柔らかな声でそう言う。私は急いでカップを片付け、お姐さんはおしぼりを取り出す。店内は、いつも通りだ。

「さあ二人とも、たくさんいただいちゃいましょう。」

ママの華やいだ声に、私たちは微笑みながら頷く。

「山口さん、来てくれると思ってた!」

お姐さんが、いつもよりも高い声を出す。

「嬉しーい!」

私もそう言いながら、ショールを脱いでスツールの上に置く。ふと、さっきの結晶が気になり、カウンターの上を見た。結晶は、白く輝く光の粒を巻き上げながら、カウンターの上で、淡く溶けて消えてゆく。

Copy right 2018, Cecilica

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cecilica

短編小説

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