雨恋(あまごい)2

 「マミ・・・。」

掠れた声で黒瀬くんが囁く。髪を撫で続けていた私の手を、黒瀬くんの乾いた手が包んだ。関節が太くゴツゴツした指をして、甲には血管が浮き出た技術者のような手。この手が好きでたまらない。この指に触れるだけで、私の身体は潤んでしまう。触れられると、とめどなく潤む。

 そっと黒瀬くんは目を開き、私を見つめた。私も、黒瀬くんの瞳の底の、そのまた奥を覗き込む。黒瀬くんが本当は何を想っているのか知りたくて。近くにいるのに、この人はいつもとらえどころがないから。

 黒瀬くんが頭を動かす度、スカート越しに髪の毛の感触が伝わりくすぐったい。こんなとき、制服がスカートで良かったと思う。そして、自分が女で本当に良かったと思う。

 私の手を離れ、その乾いた大好きな手は、私の太腿をゆっくりと撫で、移動し、スカートの中へと消えてゆく。消えてはいくが、その存在感は私の身体を、じわじわと支配していくのだ。私は両手を後ろにつき、身体を仰け反らせて、堪らなくなって甘い声を出す。それではまだ足りないという風に、黒瀬くんは私の身体から甘い液体をすっかり搾り取ろうとする。ジュースを作っているかのように。果物をぐにゃりと握り締め、甘い汁を滴らせながら、最後の一滴までもをすするかのように、熱心に。

 さっきまで黒瀬くんの頭を胸に抱きたいと思っていた私なのに、気が付けばいつの間にか、私の頭は黒瀬くんの胸の中に納まっているのだ。いつも必ず。


 黒瀬くんに出会った翌日、私は隣のクラスに歴史の教科書を借りに行った。本当に黒瀬くんが隣のクラスにいるのか確かめたかったし、教室にいるときの彼がどんな表情をするのかを見てみたかったからだ。

 正直、不思議だったのだ。クラスが違うにせよ、黒瀬くんに今まで全く気付かなかったなんて。

「マミが四組に来るなんてめずらしいね。」

外から教室を覗いていると、佐山が声を掛けてきた。

「うん。教科書忘れちゃって。四組、今日歴史あるでしょ?貸してくれない?」

「いいよ。ちょっと待って。」

佐山が教科書を取って来るスキに、教室の中を隈なく見回したが、黒瀬くんの姿は見えない。

「ねえ、このクラスに黒瀬って人いるよね?」

戻ってきた佐山に尋ねると、佐山は不思議そうな顔をした。

「いるけど、よく知ってるね。アイツ、滅多に学校に来ないよ。俺も、二・三回くらいしか見たことない。」

「そうなの?昨日音楽室で会ったのに。」

「昨日、教室には来なかったよ。なんか身体が弱いとかなんとかで、学校来ないんだって。俺も詳しいことは分からないけど。アイツに何か用があったの?」

「ううん、いいの。教科書ありがとう。」

そう言って、私は四組を離れた。

 同じクラスの佐山でさえ、二・三回しか会ったことがないくらいだから、黒瀬くんに私が気付かなかったのも無理はない。でも、どうして私の名前を知っていたんだろう?音楽室にはよく来るのだろうか?

 また会いたい。あのくるくる変わる表情と、柔らかそうな髪の毛をしたあの人にもう一度会ってみたい。そう、強く思った。

Copyright 2018, Cecilica

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