【ストロベリー狂詩曲】18

* チサカ視点 *

 距離が近いようで遠い。遠いようで心の端を掴まれそうになる。キスをしなくて良かった。すれば何かは始まっていたかもしれないけれど。
 タイミングを見計らっていたように杏里と二葉くんが戻り、私は「雷が鳴りそうね」と話題を振って彼の特別な好意から目を逸らした。報いることは出来ないと知って貰いたくて。
 過去を振り返れば見えてくる。私達はちぐはぐな足並みでぶつかり合い、亀裂が入れば修復に時間を要する微妙な相性だ。恋人に発展すれば、お互いの心に深入りし過ぎて疲れ果てる姿が予想出来る。
 私が最も欲しいのはいつだって愛されること。大人の包容力。
 午後の授業へ入る前に教室でメール画面を開き、桜馬先生宛にPVの時のお礼と、直接会って仕事の相談に乗って貰えないかを入力して送信する。教師であり大人である以上、法律に反することは口にしないだろう。

(メール、着た)

 予鈴が鳴り、慌ててメールを開く。
『いいよ。ついでに夕食を食べようか』
 場所と時間を提案されて即OKの文を送り返し、夜の七時、三駅跨いだ地区の十階建てのビルに入ってる八階の日本料理店へ行く。今日は気合いの入った女子大生風の変装。黒いセミロングのウィッグを被り、メイクは派手過ぎない程度に強調。知性漂う紺色のハイネック、春らしい桜色のロングスカート、ヒールがやや高いパンプス。着物を纏っている女性店員に変な目で見られることはなかった。
『大人が同席すれば未成年も入れるんだけど、質問されたら僕の妹ですって答えておいて』
 夜も営業中の店によっては、未成年の立ち入りを禁止している。疑いを避けるには見た目を弄るのが一番だ。

(マンションで話せない理由があるのかな)

 桜馬先生の名で予約した個室に案内され、出入り口用の襖を開ける。敷居の高い、厳かな六畳の間。お尻が痛み難いふかふかの座布団に腰を下ろし、程良くぽかぽかした掘り炬燵に足を伸ばして寛ぐ。
 部屋の奥は一部分が木製の床で、真ん丸い陶器の花瓶が置いてある。緑の葉が付いた茎、細い枝の本数が多めで、花の数は控えめにしてある。

(母の日、……か)

 名を知らない黄色い花と一緒に生けたカーネーションに目を遣る。私が園児だった頃、折り紙で作ったカーネーションを母に渡し、父は花束と小物を贈って、夜は三人で食事へ出掛けた。
 桜馬先生の言う通り、悪い記憶ばかりではない。しかし、良かった記憶は結果に混乱して悲鳴を上げ、思考が「ナゼ?」で埋め尽くされる。私は、一生死ぬまで両親のことを引き摺るのだろうか?胸がちりっと火傷を負う。
 十五分後、先生が襖を開けて入ってきた。

「人違いじゃ、ないよね?」
「はい。変装おかしいですか?」

 先生はベージュのトレンチコートを脱ぎ、ハンガーに掛けて壁に吊るす。

「実年齢より三歳は上がったね。背伸びした感は拭えないから八十点かな」

 不似合だと言われているようなものだ。へこむ。

「料理は昼休みに予約しておいた。今夜はPVでのお疲れ会も兼ねてご馳走するよ」
「お気遣いは結構です。自分の分は支払います」
「相談に応じず、ご飯を食べてさようならにするかい?」

 先生が爽やかに笑みを浮かべながら私を脅すと、店員が断りを入れてから襖を開け、黒い机の上に二人分のおふてきと、氷水が入ったグラスを並べて礼儀正しく引き返す。

(先生には敵わない)

「……わかりました」
「いい子だね。食事後に詳しい話を聞くよ」
「……」

 私の視線に気付いた先生は両腕を後ろに伸ばして畳の上に手を着き、「どうしたの?」と尋ねる。

「チョイスをしたジャンルが先生のイメージと違っていて驚きました」
「どんなイメージ?」
「フレンチ、イタリアンです」
「外で気兼ねなく話す時は、和のほうが落ち着くんだ。掘り炬燵だと足を伸ばしやすくてコミュニケーションが取れる」

 ストッキングを履いた私の爪先に、靴下を履いた先生の爪先がちょん、と当たる。

「小学生みたいです」

 足の裏を乗せたり軽く蹴り合い、最終的に私のほうからぐい、と押し返す。
 先生は学院内で見せる教師としての笑みを浮かべた。

「僕もたまには大人気ない一面がある。君の両親も完璧な人ではないとわかる時が、いつの日か訪れるよ」
「……わかりたくありません」

 両親を神格化しているつもりはなかったけれど、親とはこう在るべきだと子どもの視点で完璧性を望むのは間違いだとやんわり説教をされたようなもので。親を一人の人間だと受け入れたら、責任を放棄して不倫に溺れる母を正当化することになる。それは絶対に正しくない。

「七月は修学旅行だね。僕も引率で行く予定だ」
「桜馬先生を好きな女子生徒は大喜びですね」

 拗ねた子どもの僻みに聞こえる皮肉を言うと、先生は苦笑いを浮かべてグラスに入った氷水を飲む。

「相手にするの疲れるんだよ?水無月さんと居るほうが気楽でいい」
「……っ」

 人に言わせて一瞬嬉しいと思った自分の醜さに嫌気が刺す。目線を横に逸らし、おてふきで手を綺麗に拭く。
 店員が運んできた料理は春の野菜を煮た物、天麩羅、茶碗蒸しなど全部で八品目。食事中は好き嫌いや授業の内容はわかっているかなど、先生は家族のように話し掛けてくれた。

(有難い)

 全部食べ終わり、水が入ったグラスに両手を添え、言い出し難い本題へ入る。

「今日、相談したいことは……、その、仕事で」
「うん」
「………………キスシーンが、あって……」

 氷が溶けて、かしゃんと軽い音を立てる。先生は机に立て肘をつき、言葉を選んでいるのか真顔で考え込み、十秒は黙った。

「ナイーブな話だね」
「初めてで、不安で、今日知らされたばかりで心構えが出来ていません。それで、アドバイスを貰おうかと思って……」
「水無月さんは好きな人って居る?」
「居ません」
「女の子は初めてを意識するけど、そうも言ってられない状況、心中お察しするよ」

 先生は席を立って移動。私の左側へ座り、右の手の平を上にして見せ、大人の色気を感じる笑みを向けてきた。

「手」
「またですか?」
「うん」

 甘い誘惑。抱き締めるのだろうか。鼓動がとくん、と高鳴る。
 先生はおずおずと置いた私の左手の指を束にして緩く握った。

「目、閉じてご覧」


(続く)

【あとがき】
今回、上部に使用した素材のカーネーションは色が3種類。チサカの母に対する想いを表現してみました。
西洋での花言葉は下記の通りです。

・ピンク…あなたを決して忘れません
・黄色……あなたに失望しました
・紫………気まぐれなこと

ちなみに、次回は19話との間にR15−17指定の18.5話を挟みます。表現が濃密とは言えないかもしれませんが、苦手な人が読み飛ばしても問題はない番外編だと思っていただけたら幸いです。
18話から19話に飛んでも支障がないようにちゃんと配慮は致しますので、ご安心くださいませ。

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マジですか!(大喜び)
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ストロベリー狂詩曲

恋愛小説。学生たちと大人の甘く切ない恋模様と成長の過程を、時々クラシックを絡めながら綴ります。連載中。
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