【ストロベリー狂詩曲】17

 寺田総司の後ろ姿が隣の教室前まで遠退き、

「これでチサも、テレビ業界の仲間入りだね」

 聞き耳を立てて隠れていた杏里が廊下へ出てきた。彼女は頬に両手を添えて肩を上げ、私のメディア公式デビューにご満悦の様子。

「紙の上だけでいいの」
「ぜーたく者ぉ。チャンスに恵まれない子がどれだけ居ると思ってんのー?」

 杏里の何気ない辛口批判は、寺田総司が球技大会で冷たく言った「調子に乗ってるんじゃないの?」と重なる。

「放送楽しみっ」

 語尾に音符が付く能天気な様子に勘弁してよと頭の痛い思いで教室へ戻ったら、お笑い姉妹の片割れ、小早川アミが口元に手を当てて、某アニメ映画に登場する猫バスのような笑みを私に向ける。

「いやぁ、えぇもん観せてもろぉたでぇー」

 相方のクミも現れ、こちらは口元に両手の指を当てている。

「眼福やったわぁあ~~」

 杏里が半眼で「大阪のおばちゃんか」とツッコんだら、二人はムンクの叫びを真似して「NO!!」とショックを受けた。

「言っておくけど、喧嘩してるわけじゃない、…………から?」

 教室の中央で、どれどれ、とクラスメイト数人が固まり、下を向いて何かを覗き込んでいる。「おぉっ」という興奮気味な声が上がった。

「相手の男、え?桜馬じゃん」
「音楽科の?」
「設定知りたい」

(!!!)

 騒ぎの中心を知りたくて駆けつけると、コスメの話をしていた子達がスマホで動画を再生していた。丸聞こえだった寺田先輩との会話が原因でPVの存在がバレてしまったのだ。

「冷やかし厳禁っ」

 私が赤面してスマホを奪おうとしてもひょいひょいっと手を躱され、次の生徒へと回される。

「処女作ってレアだかんね」

 と、ニヤニヤ笑われ、再生を止めて貰えず、杏里も混ざって視聴に参加する。

「愛してるよ、水無月さんっ」
「私もよ、桜馬先生!」

 男の子二人が冗談かましてがばっと抱き締め合い、抗議が無駄とわかった私は自分の席に戻って顔面を両手で覆い隠す。

(羞恥プレイだ)

 制作スタッフがネット上に流した特典映像付録のPV。撮影中に調整すべきか出来を確認する時ですら、自分のものとは思えない笑顔に恥ずかしさが込み上げたというのに。編集した完成版を確認するのは裸を晒すのと等しいぐらい、胸がパンクして裂けそうになる。

「女優に転身すれば?」
「寺田さんを踏み台して上がっちゃいなよ」

 問答無用なクラスメイトにお手上げ。私は机に突っ伏して予鈴が鳴るのを待った。
 二限目が終わった後の休み時間内に杏里へメールを送信。
『今朝、寺田先輩にキスシーンがあるって言われた』
 メールを確認した彼女は文面に目を見張り、お菓子のポッキーを口に咥えたまま指を動かす。
 私宛に返信が届く。
『えぇぇ?チサ、初チューでしょ?』
 露骨な表現はやめて欲しい。萎える。
『最悪』
 たった二文字で感情を表現する。杏里の質問が、ではない。
『収録前に好きな人とキスしておけば?』
 インスタント彼氏ではあるまいし。
『候補が居ない』
 返信すると思わぬ回答が届いた。
『シノブンに相談してみる?』
 は?
『なぜ?』
 つい、平仮名入力で送信してしまった。
『一番身近でしょ?』
 川嶋くんと?有り得ない。
 メールの下書き中に杏里から再びメールが届く。
『検討を祈る』
 彼女は両目が垂れてぽっと顔を染めたのほほん顔の顔文字を付けて話を打ち切る。
 薄情者だ。


* 忍視点 *

 今日は雨降りの準備が万端の曇り空。昼の休憩時間は小金城の案で、体育館の軒下に設置されている自販機横のベンチに座ってお弁当を食べることになった。箱の蓋を開ければ、三つ葉を乗せたカツ丼がお目見え。昨晩の残り物を姉貴がアレンジした。

「あっ、タケぽん。これから購買に行くの、付き合ってくれる?」
「いいよ」

 思い立った小金城はタケルを誘って連れ出す。校内で水無月と二人きりになれたのは、対面式の日に顔を合わせた時以来だ。

「川嶋くん」
「何?」
「コンクール、終わった?」

 桜馬センセか朝倉さんに聞いたのだろう。オレは自信たっぷりの笑みを向ける。

「一次予選は通過、二次予選はこの日曜日でさ、高採点を出したんだぜ」
「良かった。本選まで勝ち進めれるといいわね」
「頑張る」

 好きな子に励まされると嬉しくて口元がにやけそうになり、押し込めようとカツを頬張り、汁が茶色く染み込んだ玉葱ごと白いご飯の部分を食べる。

「課題曲と自由曲があってさ、二次予選の課題曲はフランツ・リストの『コンソレーション第三番』。日本語訳で”慰め”。って、つまらねぇか」

 長ったらしく知識をひけらかす男は嫌われやすい。話を中断して気を遣うと、タケノコ、グリーンピース、鶏ミンチが入った中華風の炊き込みご飯を食べながら黙って聞いていた彼女は箸を動かす手を止め、オレを見て顔を横に振り、白い小花のカスミソウが咲いたように小さな笑みを浮かべる。

「ううん。クラシックの曲に込められた秘話を聞くの好き。続けて」

 好きな音楽の世界を彼女も気に入ってくれて、感じ方は違えども嬉しくなる。

「……『コンソレーション第三番』は、リストが、カロリーネ伯爵夫人との恋を理解してくれた、ロシア皇帝の妹に感謝を捧げて作った曲だ。清らかなメロディーに目を閉じれば、祝福されて挙式する二人の姿が瞼の裏に浮かぶんだ」

 オレは、オレ達クラシックの奏者は、彼らの想いを弔うために弾いているのではと思う時がある。リストとカロリーネは愛においてあらゆる困難を乗り越え、長過ぎるほどの年月をかけてやっと結婚出来る所まで漕ぎ着けたが直前で台無しにされ、二人の夢はとうとう消滅した。
 絶望的な終焉。オレは報われなかった想いを慰めの音にして、どうかあの世で幸せにと願い、鍵盤に指を走らせ、尊ぶ。天国へ届くように。

「クラシックって恋愛に起因する曲が多いの?」
「どうかな。インスピレーションが何処から降ってくるかはわからない。太陽の光を遮る雲であったり、美味しそうな匂いに釣られて集まる蟻だったり。甘辛いジューシーなカツ丼とかさ」

 おふざけに食べかけの弁当箱を見せたら、水無月がふふっと笑う。

「相性の悪い相手とキスしても、それはそれで美しいメロディーを奏でるんでしょうね」

 自然なピンクベージュのリップを塗った彼女の唇に視線が向く。

(…………キス???)

 悪い予感がした。

「また、悩み抱えてんのか?」

 笑っていた顔が消える。

「CMの仕事で、キス、しなきゃいけないの」
「はあっ!?」

 語尾を上に声が大きくなった。リストの『パガニーニ超絶技巧練習曲・鐘』の幻聴が聞こえる。

「初めてだから心構えって言うのかな……、難しくて」

 合わせたかのように、ザーッと大きな雨音が降ってきた。
 好きな子の唇が他の男に横取りされると知って気落ちしない奴が何処に居る?

「オレが練習相手になろうか?」
「!?」

(わ!やべッ!)

 真顔で口走ったが時既に遅し。水無月はじゅわっと頬を沸騰させてオレを睨み付け、ベンチの端に移動して警戒する。

「ほっぺか手!唇の感触を掴めやすいっつーか!」

 両手を動かしてわたわたと補足するオレの顔も熱で赤らむ。

「駄目。友達に頼めない」
「!」
「友達だから」

 念押しするなら最初から言うなよ。まぁ、彼女はしてくれとお願いしたのではないのだ。

「友達なら意識しなくていーじゃん」
「恥ずかしいから、駄目。此処、学校でしょう」
「アイウォーラの秘密部屋を使うってのは?」
「卑猥」
「キスする相手のことを好きじゃないなら、恥ずかしくねぇだろ」

 調子が狂ったオレ達は、音が傾斜を転がっては跳ねるテンポが高速のスペイン狂詩曲のようにやけっぱちな会話を続ける。

「じゃあ、川嶋くんは初めてが誰でもいいの?」
「んなこと言ってない。そりゃあ、初めては好きな子がいいよ」
「だったら、候補に名乗らないで」

 強めに拒絶されて終曲。異性の目で見られていることに彼女は気付かない。

「特別な友達だからいいんだよ…!」

 ともだち、トモダチ、友達。連呼し過ぎて自虐的だ。頬の赤らみが鎮まっていく。

「……聞いてくれて有難う。この話、忘れて」

 澄ました横顔に掛ける言葉が無い。
 オレと水無月の心の距離は、座っている位置以上に離れている。


(続く)

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(◍ ´꒳` ◍)嬉しすぎます
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ストロベリー狂詩曲

恋愛小説。学生たちと大人の甘く切ない恋模様と成長の過程を、時々クラシックを絡めながら綴ります。連載中。
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