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【今日のバッハのカンタータは?】2024/2/18(日) インヴォカビト

WHICH BACH CANTATA TODAY?" (「今日のバッハのカンタータは?」)の 2024年2月18日 の記事の和訳です。以下,一部訳注やリンクの追加と関連動画の紹介をしている以外は,ほぼ直訳です。

四旬節第1主日、インヴォカビト

2024年2月18日 - 今日は四旬節(Lent)第1主日、インヴォカビト(Invocabit)とも呼ばれる(すみませんが日本語訳わかりません😓)。ライプツィヒでの期間は、バッハにとって作曲家人生で最も長く、最も生産的な期間だった。しかし,四旬節は「閉ざされた時」"Tempus Clausum"(禁欲、祝祭は無し...)と呼ばれる期間に該当し,ライプツィヒでは厳格にその規則が守られたため、ミサで音楽が演奏されることもなかった。一方ワイマールでは、これからの数週間にわかるように,この「閉された時」期間でもこのような規則はなかった。要するに、今日だけでなく,エルサレム入城の日(Palm Sunday, 訳註: 4月上旬頃)までの多くの日曜日のためにバッハが書いたカンタータは無いということだ。

でも、日曜の朝を天国の音楽なしで迎えてほしくないので、個人的な選曲をいくつか紹介しよう。どのような機会に作られたのかきちんとは分かっていないカンタータも多く、それを紹介しないのはもったいないからね。今日は3つのカンタータを選んでみた。

まずは、ミュールハウゼン時代の最初期のカンタータ「神の時こそいと良き時」《Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit》, BWV 106。1707年から1708年の何らかの機会に作られたものだ。楽曲の形式分析によると、BWV4や131よりも前の作品とのことなので、バッハの最初期のカンタータである可能性が高い。しかし、現存する最古の写譜は、バッハが他界した後の1768年に作られたものだ。バッハがこのカンタータを作曲したのは22歳の時で、おそらくは親しい人の葬儀のためのものだろう。

葬儀から結婚式へ、そしてバッハの初期のカンタータから最晩年に話を移そう。「正しき者には光が」《Dem Gerechten muß das Licht》BWV 195は1748年以降に作曲された。少なくとも、現存する唯一の写本は1748年のものだが、彼がこのカンタータを1727年に作曲した可能性も指摘されている。1748年には、バッハは最後の大作「ロ短調ミサ」に集中しており、このカンタータはその合間に作られた作品である。彼が作曲したのはレチタティーヴのみで、コラールやアリアはすでにあるものを写譜係に貼り付けさせた。とはいえ、かなり大編成のオーケストラを使った非常に豪華なカンタータなので、結婚するカップルは重要な存在だったに違いない。

興味深いことに、バッハが60曲以上のウェディング・カンタータを作曲した。そのほとんどは、高額な費用を負担できる裕福な家庭のために書かれた。しかし、その60曲のうち、完全な形で残っているのは3曲だ。

最後に、「我がみわざこそ」《Was Gott tut, das ist wohlgetan》BWV100は、同名の3つのカンタータのうちの1つで、サミュエル・ロディガスト(Samuel Rodigast, 1649-1708)の詩に基づく。この詩は,ロディガストが当時重病だった友人のイエナのカントル、セヴェルス・ガストリウス(Severus Gastorius , 1646-1682)を慰めるために書いた。ガストリウスはこの詩に感動し、回復後に彼がメロディーをつけた。その曲は有名になり、バッハが冒頭のコラール(opening choral)に何度も使用した。バッハがこのカンタータをどのような機会に書いたのかは不明である。

Music for today

  • Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit, BWV 106
    (first performance ? 1707–08, Mühlhausen period)

  • Dem Gerechten muß das Licht, BWV 195
    (first performance 1727–31?, Leipzig period)

  • Was Gott tut, das ist wohlgetan, BWV 100
    (first performance ? 1732–1735, Leipzig period)

追加情報

オランダ・バッハ協会のウェブサイトに、BWV106, 100についての詳しい情報と演奏が掲載されています:

https://www.bachvereniging.nl/en/bwv/bwv-106/
https://www.bachvereniging.nl/en/bwv/bwv-100/

見出しの絵画について


1843年にフェリックス・メンデルスゾーンがライプツィヒに建てたバッハの記念碑を、エドゥアルド・ベンデマン(Eduard Bendemann )が描いた水彩画をもとにした木彫版画(1850年)。作曲家が他の作曲家を称えるために建てた記念碑の唯一の例かもしれない。

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