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第3章 ロシア人にとってプロフとは?

〜プロフって、ロシア料理じゃないの?〜

ご存知の通り、プロフが代表的な料理となっている中央アジアの国々は全て、旧ソヴィエト連邦を構成していた共和国だが、ソ連といえばロシアを中心とした共同体である。
日本でも、ロシア料理店に行くと、ほぼ必ずと言っていいほど中央アジア式のプロフをメニューの中に見る事が出来るのだが、私は今までこれを、特に不思議と思ってこなかった。
ソ連なんだし当たり前でしょ、と深く考えなかった。
しかしある時だ。
あるロシア人に、
“どんなロシア料理を普段作るか”
と訊かれた事があった。
その時、頭の中にレストランのメニューを思い浮かべながら自分のレパートリーをカウントしていた時、
「○○と、○○と、プロフと…」
と答えたところで、
「あら、何それ?それはロシア料理じゃないじゃない」
と言われ、ハッとした。
“ソ連” と “ロシア”
自分の中で、未だにこの2つの距離感が掴みきれずに、この2つは自分の中で、色んな形で共存している。
そしてハタと思った。
ロシア料理と呼ばれているものは、ではいつからロシア料理になったのか。
そもそも、ロシア料理とはどこまでのカテゴリーを言うのか?
それならば、例えばロシア料理として有名なウクライナ起源の料理の数々はどうなってしまうのか?
…などと考え出したらキリがなく、どんどん分からなくなってきてしまった。
確かに、ロシア料理でないものがほとんどのロシア料理店にあるというのは、もしかしたら不思議な事なのかもしれない。
ロシアが中心になりソ連を構成していたからと言って、ロシア=ソ連 でもなく、またソ連の共和国=ロシアだ という訳でもないので、尚更である。
おそらくロシアと中央アジア、お互いの食文化が深く根ざしたのはソ連時代だと想像するのは容易いが、実際のところ、現代のロシア人達はどんな認識でプロフを捉え、どんな感情を抱き、受け入れているのだろう?
そんな基本的で素朴な疑問が気になり始め、ロシア人達にプロフについての意識調査としてアンケートを行なった。


〜プロフについての意識調査アンケート〜

よく考えてみたらそもそも、このプロフ(плов)という単語さえロシア語なのである。
質問は7つの項目から成り、回答は友人・知人の大きな協力を得て、実に36件もの回答が集まった。
回答者は日本国内外のロシア人からである。
実はここで、シベリアなどのアジア系ロシア人や、高麗人(コリョサラム...19世紀後半から、沿海州に移住してきた朝鮮系の人々の子孫)を含めるかどうか迷ったが、それぞれのエスニックグループを持つアジア系の人達も、少なくともロシアの文化の中で育って来た、ロシアパスポートを持つロシア人である事に変わりはない為、アンケートの回答者に含めた。
しかし結果的に、やはりスラヴ系のロシア人とアジア系のロシア人…ブリヤートやカルムイク人やサハ人の間には、多少の違いが見られて面白かったので、スラヴ系ロシア人の回答と違いが見られた所を記載していく。
アンケートには、少々ナショナリズムを刺激しかねない、少々尋ねにくい項目も含まれていたが、幸いな事に概ね回答者の気分を害する事なくお答え頂けた様だった。
ただ1件、
「プロフはロシアのものではないと分かりきっているはすだが、この質問の意図は?」
という、非常に興味深い逆質問を頂いた。
この質問は、実は日本人にとっては貴重な質問である。
なぜなら、日本にある多くのロシア料理店ではプロフが提供されている。
何も知らない日本人がロシア料理屋に行き、メニューにプロフがあったらそれはロシア料理だと思わないだろうか?
実際ロシア人達も大概小さい頃からプロフを食べ慣れており、家庭のお母さんの味だったり、レストランのメニューだったり、友達と集まった時に供されるご馳走だったり…ロシアの人たちにとってプロフは、懐かしい故郷の思い出の味だからだ。
アンケートでも、プロフは美味しい、大好きだという意見が若干名を除き、大半を占めた。
ロシア人達にとって、プロフがロシアの食文化の中に堂々と存在している事は事実であり、不自然ではない。
それなのに、ロシアのものではないと思っている。
これはパラドックスの様な話だ。
Q: プロフはロシアの料理だと思いますか?もしそうでないならば、どこの料理だと思いますか?
との問いに、半分以上の多くの回答が
A: プロフは中央アジア、又はウズベク料理である
となっていた。
小さい頃からいつも周りにあり、家庭の味でもあり、食べ慣れている。
それなのにロシア料理ではない……この感覚は、何かに似ている…
と考えていて、ハッとした。
ロシア人にとってプロフとは、まさに日本における “洋食” の立ち位置と非常によく似ているのだという事に気付いた。
日本における洋食とは、元々伝統的な日本料理とは違うが、近代から様々な文化とともに日本に上陸し、アレンジが加えられながら日本独自の味付けや形となって庶民の間に定着したものだ。
明治時代から日本に入ってきた洋食は、西洋風の料理だけでなく、ラーメンやとんかつ、カレーライスなどももちろんその範疇に入る。
それから意外にも、日本料理の代表格の様に思われている肉じゃがもやすき焼きもそのリストの筆頭に挙げられている。
肉じゃがが現在の様な形で家庭料理に組み込まれて定着したのは、昭和40年代頃だとの事で、原型はイギリスのビーフシチューだそうだ。
誕生のきっかけも東郷平八郎だというから、意外にも歴史は浅いのである。
日本における洋食の始まりは、日本の海軍がイギリス式の食事を採用した事で、イギリスで食べられていたカレーやビーフシチューも取り入れられた。
しかし材料が入手困難だった為に、日本式にアレンジされ肉じゃがや今日の日本式のカレーの形に収まったという。(以上、青木ゆり子著 日本の洋食 参照)
今や外国のレストランには、日本の洋食メニューが日本料理としてメニューに並ぶそうだ。
根付いた経路や理由は違えど、まさに日本における洋食とは、ロシア料理におけるプロフと同じ立ち位置なのだ。


<アンケート結果(抜粋)>

回答...36件 (※ 以下、全ての質問項目において、回答件数の多い順に記載)
内訳...・スラヴ系ロシア人 : 23人
・タタール : 5人
・カルムイク人 : 3人
・サハ(ヤクート)人: 2人
・高麗人(コリョサラム) : 2人
・ブリヤート人 : 1人

Q1 : プロフは好きですか?
・はい、好きです…17人
・いいえ、好きではありません…3人
・無回答…15人、しかしその全員が
プロフを身近なものと感じている 又
は食べる事がある” と回答
※嫌い と回答した人の理由
・油っぽいから…2人
・スパイスの味と匂いが苦手…1人

Q2 : プロフはロシア料理だと思いますか?
いいえ、ロシア料理だとは思いません…35件
はい、ロシア料理です…1件

Q2’ : では、どこの国の料理だと思いますか?
・ウズベキスタン...22件
・中央アジア...9件
・タジキスタン...3件
・中東...4件
・アジア...2件
・カザフスタン…1件
・アゼルバイジャン…1件
・コーカサス…1件
・中国…1件
・インド(ベジのプロフ)…1件
(※複数回答で、ウズベキスタンなどの
中央アジア、とした回答が上記の
中に5件、その中にウズベキスタン
やタジキスタンなどの中央アジア、
としたものが3件、他カザフスタンやアゼル
バイジャンなどの中東、とする珍回答が1件)

Q3: プロフは、主に家で食べる家庭料理ですか?それとも、レストランで食べる様な少し特別な料理ですか?
・家庭料理である…27人
・レストランで食べる料理である…7人
・無回答…3件

Q4: プロフには、主にどんな肉が使われていますか?また、あなた自身が作る場合、どんな肉を使いますか?
・鶏肉…12件
・羊(ラム、又はマトン)…9件
・牛肉…8件
・豚肉…6件

他にも質問事項がいくつかあったが、概ねまとめると上の様になった。
実は、Q2’ の、
「プロフはどこの料理だと思いますか?」
に対して、
「もちろんロシア料理である!」
と力強く答える回答が寄せられる事も密かに期待していたのだが、ロシア料理だと答えた人はたったの1人であり、思った通り男性だった。
この質問の回答者が主に女性に偏った事も起因していると思うが、個人的にはソ連時代に共有していた食文化をロシアのものだと言い張る、痛快な回答も見てみたかったという想いも実は少し(かなり?)あった。
また、ベジタリアンのプロフはインドからだとして、これは昔からロシアの修道院でもプロフが提供されていたとの事だ。
もしかしたらその中身はここで言うプロフとは異なるかもしれないが、ロシア人達は特に区別はしていない様だ。
回答者の中の1人(スラヴ系ロシア人)は、
「ロシア人にとってのプロフは、日本人にとってのカレーの様だと思ってもらえると良い。カレーは元々インドの物だが、日本人の生活の中に溶け込み、日本人がカレーを上手に作れるのと似ている。」
という、非常に的を得た意見を下さった。
まさに上で挙げた、日本における洋食と同じ扱いである。
日本文化に興味がある方の様だ。


〜ロシア人の見た・作った・考えたプロフ〜

ロシア人達は、プロフに様々なアレンジを加えている。
例えば、元々中央アジアのプロフは人参を沢山入れて、大量の油で蒸し煮の様にして作るので、にんじんの色が米に着色し鮮やかな黄色やオレンジ色に染まるが、概ねロシア人のレシピには、中央アジアのプロフと比較するとそれほど大量の人参が入らない様で(その代わり、特に家庭で作られるものについては、様々な他の野菜が入る事もある)、黄色やオレンジ色は、人参からの自然の色素だけでなく、ターメリックやサフランから取り、その香りを楽しんでいるという。
中にはトマトピューレを入れるレシピもあるらしく、いかにもロシア人らしいと思ったが、その理由としてはソ連時代に店で人参が手に入らない事があり、苦肉の策としてトマトピューレを代用したりしていたとの事だ。
また回答の1つに、学生時代、寮でみんなでプロフを作ろうという事になったときに、1人のロシア人の女の子が
「どうしよう、トマトケチャップがなかったらプロフが作れない」
と困っているのを見て驚いてしまった、という意見も寄せられていた。
ロシア人にとって人参が手に入りにくかったり、使いづらい材料であったかどうかは別として、材料にはこだわらずも、ここでプロフの米が “黄色やオレンジ色に 染まる型” が正しい、と認知されているのが面白い。
肉に関しては正直、普段ロシア料理で使用されない羊の肉を使うとする回答が9件で、案外多いなと思ったが、内訳を見てみると、殆どが非スラヴ系のタタール人やカルムイク人だった。
また、豚肉を使うという意見も6件あったが、これはイスラム教が多数派である中央アジアの国々と一番異なる点ではなかろうか。
プロフは、かなり古い時代からロシア人達に認知され、食されて来たらしいという事だが、ソ連時代より前からロシア人によって食されていたと思うかどうかの質問については、
「はい(それより前から食べられていた)」が
「いいえ(ソ連時代からである)」
の数を少し超えた。
もう少し詳しく訊いてみたところ、
「11-12世紀頃の遊牧民の食卓だったものが、戦後1950年代に、少量の肉で栄養が十分に摂れるものとして人気を博した」
「18-19世紀頃に広まり、根付いた」
という意見もあったが、概ねロシア人達も、プロフがソ連時代より前からロシア人によって食べられて来たが、ソ連時代により定着したと思っている様であった。
あるご婦人は、
「私が小さい頃、実家に古い料理本があって、そこにプロフのレシピが出ていたのを覚えているけれど、その本はとても古い、19世紀に出版されたものだったのよ」
と教えてくれた。

他に印象的だったのは、プロフはただの肉と野菜と米(を混ぜたもの)ではない、厳格にレシピに従うべきだ、としながらも、ちゃんとした作り方を知っているロシア人は少ない、という意見が多い中で、ソ連時代に近所にタジク人やウズベク人等が住んでいて作り方を教わったので、私は正しい中央アジアのプロフを食べていた!と誇らしげに書かれている回答が何件もあった事だ。
ソ連時代に、ご近所さん同士でそれぞれの民族に伝わる料理レシピを主婦達が教え合っている、ほのぼのとした情景が思い浮かぶ。

モスクワ周辺の回答者からは、プロフを作る時の米はインディカ米以外に普段見かけないと言っているのと対照的に、シベリア周辺の回答者は全員口を揃えて、プロフに使われる米はクラスノダール産の丸いジャポニカ米だと言っていたのは、大きな違いだった。
中央アジアの様にカザン(プロフを作る時に使う専用の鍋)を持っている人は少ないが、プロフを作る時に使うというロシア風の鍋の種類に言及している回答も何件かあった。
ロシアには、厚めの鋳鉄(cast iron)で造られている、Чугунок(Chugunok...チュグーノック)というダッチオーブンがあるが、必ずそれを使うべきだという事だ。
チュグーノックは、Ухват(Ukhvat...ウフバット)とセットで用いられる。
ロシアの暖炉、ペーチカに鍋を出し入れする時に鍋をホールドする為にウフバットが登場するが、形はギリシャ数字のオメガにそっくりで、丸い部分からまっすぐ棒が伸びており、鍋の細い部分から入れて上に持ち上げると、鍋の太い部分に引っかかり、鍋が持ち上がるという訳だ。

最後に、ロシア料理の講師である回答者から教わった、アネクドート(ロシアの小噺)をひとつ。
一プロフに、肉は入れる?
一お好きな様に。
一でも、肉がないよ。
一じゃあ、一体どうするの?
一どうしたって作れやしないよ!

↓詳しくはこちら。
http://anekdoty.ru/pro-plov/


庄司/藤田 由美子

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