最終章 文化は流れるもの

〜炊き込みご飯VS炒飯 or 炊き込みご飯→炒飯?〜

よく訊かれる質問として、
“炒飯とプロフ”って何が違うの?”
というものがある。
その違いは、前者が
・既に炊いた米を炒める(加熱調理する)
プロフは
・生の米から炊き込む
という事だ。
中国や東南アジアでは焼飯(炒飯)のイメージが強く、炒飯の他にも韓国の炒飯(볶음밥…ポックムパプ と呼ばれる。炒めたご飯 の意)、タイのカオパッ(ข้าวผัด…意味は上に同じ) などは日本人にもよく知られており、一般的な食堂でもよく見かけるポピュラーな料理だが、伝統的なものではない。
一見、<炒飯VS炊き込みご飯> の様に思われがちだが、歴史的にはまず初めに炊き込みご飯が登場し、その後に炒飯や焼飯が派生した様である。
ならば、日本近隣諸国にも伝統的な炊き込みご飯系の料理があるはずである…ということで、中華圏と朝鮮半島におけるそれについて書いてみる。


〜中華圏や朝鮮半島における炊き込みご飯系料理〜

中華圏で炊き込みご飯と言われてすぐに思い浮かぶのがちまきだが、それ以外にも米を炊き蒸して作るご飯系の料理がある。
中国と朝鮮半島で多少関連しそうなものがあって面白かったので、それぞれ挙げてみる。

まず中華圏で言えば、八宝飯(ba-bao-fan)というものがある。
昔から春節のお祝いに食べられる料理として、小甘いものだが、ご飯と言うよりは、おはぎ的な感覚に近いだろう。
小豆餡が使われるので尚更だと思うが、この八宝飯は小豆餡の他にも砂糖漬けのフルーツやドライフルーツなどでガチガチにデコレートされており、日本人から見たらちょっと毒々しいカラフルで大きなケーキの様だ。
(下の写真は、スーパーで売られている簡易式の八宝飯。具は極めて簡素で、粟やクコの実、小豆、棗、スイカの種など)

一方朝鮮半島で言えば、약밥(ヤクパプ)という炊き込みご飯の一種が、三国時代の高麗(1281~1283年)で書かれた三国遺事という本で最初に登場する。

ちなみに약밥の “약” の字は、漢字で書くと“藥” の字が当てられ、この由来は古代において、蜂蜜が使われる際には藥の字を付ける場合が多かった、という説明があった。
既に古代エジプト時代から蜂蜜は薬として用いられていたが、これは古代朝鮮においても同様だったので、自然にそうなったのであろう。
약밥には他に、朝鮮半島では体に良いとされる栗や棗、松の実などが入り、どちらかというと主食という意味合いの炊き込みご飯と言うよりは餅に近い、との説明もあった。
実はここで、“米の甘い炊き込み料理” という観点でこれら약밥やハ宝飯と共通点を持つ、非常に興味深いものとの出逢いがあった。


〜古代のレシピ再現によるペルシャのポロウ〜

ある時、古代ペルシャのレシピ(13世紀頃)に基づく ”ポロウ” の再現料理を食べる機会に恵まれた。
感想は、ひとことで言うと “甘い” に尽きる。
甘みに関しては、わざと甘味を入れている訳ではなく、デーツやレーズンなどを、初めから米と一緒に炊き込むのが理由だった。
ドライフルーツをよけて米だけを食べても、かなりの甘みが口の中に広がる。
このレシピにはローズウォーターなども入っており、炊き込みご飯には不釣り合いと思える様な甘さはさる事ながら、日本人にとっては米とは到底イメージの繋がりにくい素材や香りを何種類も併せて炊き上げていく。
実際、このレシピを実践する際に、
“本当にこのレシピ通りに作っても良いのだろうか?”
という迷いがかなりあった、という提供者(e-food代表・青木 ゆり子氏)からの言葉を聞く事が出来た。
そのポロウと共に供された、他の全ての古代のレシピに基づくメニューも、全てが甘かったのが非常に印象に残った。
ラム肉と茄子がメイン食材であるマリネ(南蛮漬けの元になったエスカベッシュのルーツである、シクバージという料理)や、鶏肉と卵が入ったパスティラというパイや、がんもどきの原型と言われるフィリョースという揚げパンの様なものも提供されたが、とにかく全てが異様に甘い。
揚げパンだけは分かるが、他の鶏肉のパイや羊とナスのマリネですら、蜂蜜が使われており非常に甘かったのだから…。
古代においては甘味が贅沢だったという観念だけでなく、蜂蜜が薬だった事から派生して、現代とは逆に “甘味は身体に良い” の様な考え方もあったのではないか。
また古代においては、世界共通的に “甘い=希少=高級=美味” の様な図式があったであろう。
味覚というものは頼りないもので、より希少なものが美味だと捉える人間の恣意性がある。
古代の再現レシピの幾つかを食べながら、そんな事を想った。

シクバージ(ナスとラムの和え物)

パスティラ(パイ)

フィリョース(サーターアンダギーみたいな揚げパン)


〜現在のイランのポロウ〜

プロフや世界のピラフ料理について調べる中、
“世界のピラフ料理の起源はインドのプラーカである” 又は、“世界のピラフの起源は古代ペルシャやインド辺りと考えられている” という文章によくぶつかる。
世界の炊き込みご飯の原点は古代ペルシャである、とはよく言われているが、諸説あり実際のところはっきりした事は言えず、想像の域を出ない。
一方中央アジアのプロフは、概ねペルシャから伝わった様である。
そして、伝わった元のペルシャよりも、伝わった先の中央アジアである意味完成形を極め、一つの型を作った様に思える。

実は現在のイランにも、中央アジアのプロフを思わせる様なカタチのポロウは存在し、人が集まった時やお祝いの際の特別な料理だという事だ。
こちらにもやはりローズウォーターが入る事があるといい、肉や野菜、ドライフルーツやサフランで彩られ香り高い、大変に華やかで豪華なものだそうだ。
そのポロウはどんなものか、また、ポロウが現在のイランの人にとってどんな位置付けにあるのかが非常に気になり、イランの人達から話を聞いたり、いくつかの首都圏のペルシャ料理店を訪ねてみた。
中央アジアに位置付けられているプロフの意味合いに匹敵するような、又はその本家に相応しい、どんな素晴らしいポロウが存在するのだろうかと思っていたが、若干拍子抜けした。
結果から言うと、自分の想像していた様な形でのポロウなるものには、一度も出逢えなかった。
その理由は、確かにイランのポロウは豪華で中央アジアのプロフに引けを取らないが、その製法が全く違う。
中央アジアのプロフは、肉と野菜、米を全てひとつの鍋で炊き上げて旨味を凝縮させるのに対し、イランのポロウは炊き込みご飯のパートと肉やシチューのパートをそれぞれ別に調理し、後から一つに合わせるとの事だ。
それゆえ、種類は多様になるが、何となくひとつのまとまった形になっていない分、完成したひとつの料理の様には見えなかった。
そして、1つの疑問が沸き起こってきた。

“ひょっとして、中央アジアでポロウが進化したのだろうか?”

現在のペルシャ料理では、普段食べられるものには2つか3つ、多くても4つくらいの豆やハーブなどの簡単な具材と共に炊いた炊き込みご飯に、肉や野菜やハーブの煮込みやシチューなどをかけて食べるスタイルが主流の様だ。
ポロウはあくまでもおかずを引き立てる役目であるようにすら見え、ポロウそのものを主に食べるというよりは、おかずと米が相互関係を保っている様な、そんな関係性が窺える。
またトルコにおいても同様であるらしく、トルコのピラウ(Pilau)は、ひよこ豆入り、トマト風味、シェヒリエ(トルコのセモリナ。長細く、これを焦げる寸前まで炒めて米に混ぜて炊くとトルコライスと呼ばれるシェヒリエ・ライスになる)、カラント、人参…など様々なバリエーションがあるらしいが、具材は単体で用いられる場合が多いとの事。(Pilau…tomato, chickpea, şehriye,currant, carrot,etc)

現在のイランのポロウが米と肉を別々に調理する理由は、話を聞いていくうちに、米の性質にあるらしいと分かってきた。
イランでは細長いバスマティライスを使うが、インディカ米の一種であるバスマティライスは、ジャポニカ米に比べて “モチモチ感” を感じさせる元となるアミロペクチンの含有量が少ない為、パラパラしている。
それゆえこのバスマティライスは、よりパラパラした仕上がりにする調理法によって、美味しさを引き出す事が出来るのである。
バスマティライスの炊き方は簡単だが、具材と一緒に長時間水分の中で炊いた場合、米同士がくっ付いてしまう現象が起こり易い。
それがジャポニカ米であれば、一見くっ付いている様に見えても実際には固まってはおらず、高い粘度が更に甘みと美味しさを導き出すのだが、バスマティライスの場合は団子の様に固まってしまい、ほぐそうとすると米も潰れ、ボロボロに崩れてしまう為、見た目も味も悪くなる。
それゆえに、究極にパラパラ感を引き出す調理法が発展してきた様だ。
肉と米を別々に調理し、後から合わせればその問題は解決される。
ちなみにインドなどのビリヤニも、最終的には具材と米をミルフィーユ状の層にして蒸し焼きにするが、ちゃんと米は予め茹でて準備しておくので、イランのやり方と同じである。
ちなみに、現在のイランでもひとつだけ同じ鍋で米と具材を調理するポロウがあると言う。
これはIstanboli(イスタンボリ)と呼ばれ、米の他に具材は玉ねぎ、トマト、ジャガイモ。
お好みでひき肉も入れるという。
レシピは、初めに玉ねぎを飴色になるまでゆっくり炒め、そこにターメリックやトマトペーストを入れて更に炒めた後、ジャガイモとトマトの角切りを足し、最後に米を入れて炊くとの事だが、作り方はとても難しいという。


〜文化は流れるもの〜

中央アジアのプロフは、作る時に選べる米のバリエーションも多く、またどの米を使おうが製法は一緒だが、逆に米の種類が多いからこそ汎用的に、製法がひとつにまとまったのかもしれない。
中央アジアにプロフを伝えたと言われる当のペルシャでは、プロフのカタチはとてもシンプルな、ある意味メインディシュの引き立て役の様な位置で存在している。
それなのに中央アジアでは、ある意味プロフはそれ自体が、最高のメインディシュとして君臨している。
地理的・社会的な好条件がいくつも重なり、その結果中央アジアでプロフが独自の発展を遂げ、不動のものとなったのであろう。
プロフは、長い時間をかけて、進化してきた。
ここでふと思うに、これは日本に伝わった多くの文化においても言えることなのではないか。
日本の近縁にもそういったものが点在している事が起想される。
朝鮮半島を伝って伝播した文化の多くが、日本でその完成形を極めている、そういう形に出逢うことは少なくない。
仏教を初めとした様々なものが、いずれも中国から朝鮮半島を経て日本に伝わった。
特に雅楽の一部門である高麗楽などは現在、朝鮮半島からも完全に姿を消し、日本にのみ現存する芸能である。
他にも東アジアの中で日本文化の象徴のように思われているものの多くが、実はこういった背景の元にある場合が少なくない。
日本の場合、様々な文化が大陸から流れて来ては、次に伝播させる地を持たずに、それらは日本の中で爛熟した。
その時点で、文化を独自のものへと進化させたのである。
これを想う時、自分の中で自然にプロフとリンクする。
ゆえに、文化は流れるものなのだという事実を、そしてペルシャにおいてプロフが、中央アジアの様な形で存在していない事が更に、その想いを強くさせるのである。


終わり


庄司/藤田 由美子


—Special Thanks to—

М.А...A talented beautiful girl from Kazakhstan.
Елена Кондрашкина
Мария Максимова
Satoshi Nomura
吉田 悟 氏
板垣 美紀 氏
…..And my loving sister Альбина



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