20190423_村上龍_すべての男は消耗品である_最終巻_

「すべての男は消耗品である」最終巻。相変わらず村上龍は救ってはくれない。

終わってしまった。村上龍さんの連載エッセイ「すべての男は消耗品である」が終わってしまった。

村上龍さんは自分の最も好きな小説家なので、とても寂しいです。惜しみつつ読みました。相変わらずだと思いました。世の中との距離感と、静かに熱い生き方と。そして氏の既刊エッセイどれにも言えることですが、読後感はよくない。村上龍さんにそんなつもりは毛頭ないと思いますが、その文章は読者の危機感を揺すり起こす。自分は、このままでいいのだろうか、と思わざるを得なくなる。そしてそれを、突き放す。「私には関係ない、どうにもできない」と。

龍さんは「偏愛」のない人生に、確かに怒っています。語るに値する何かを持たない生き方を、冷静に見て価値がないと言い切ってしまう。

ただ、じゃあ、どうすればいいのか。偏愛を育むには、どう生きたらいいのか。そういう「救い」は、本書の中では活字になっていない。多くのビジネス書や啓発本なんかだと、この「救い」のエッセンスが売り物ですよね。それがない。ほったらかしです。どんな悪さをしても全く説教なんかせずに素通りしていく教師みたい。逆にこわい。

自分が村上龍さんを愛読しているのは、読後に日常の危機感を感じさせてくれるからです。普通の啓発本とか読むと、読後変なテンションになりませんか?変な前向きなギア入りますよね。時にはそういうギアチェンジが必要なときもあるんですが、日常のテンションのまま、冷静に、今のままじゃやばいな、て思わせてくれる本て他にないと思います。そして、おせっかいじゃない。自分で考える余地を与えてくれている。「当たり前。いい大人なら、自分の生き方くらい自分で決めなければいけない」てぼそぼそぼやく声が聞こえてきそうですが。

今のままでいいのか。立ち止まってしまった時、読んでみる。ただ、そこに救いはない。ひとりの作家がぽつぽつと「偏愛」を語っているだけ。そして本を閉じ、また自分の頭で考えることに戻る。そんな本です。

蛇足です。龍さんがMCのテレビ番組「カンブリア宮殿」は毎週録画しているし龍さんの著作はだいたい読んでいますが、そんなものはなんの自慢にもならないしこの生き難い現代社会をどうサバイブしていけばいいのか私にはわからない。

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