見出し画像

もうひとつの結末:聖女に王子を奪われた令嬢はバッドエンドを回避したい

「聖女に王子を奪われた令嬢はバッドエンドを回避したい」の没にした結末です。
本作をすべて読んだ方のみ、読んでいただけると幸いです。
また、世界観が一瞬にして崩壊しますので、自己責任でお読みください。文句は一切受け付けません。


わんくっしょん。




※以下の本文の合計は約5000文字です。
※第4部(最終部)第4話の途中から分岐しています。

 はっとわたしは彼を見上げ、喜びあまって抱きついた。
「やっとバッドエンドを回避できたのね! 今度こそ、わたしは幸せになれるわ!」
「ええ、そうですね。ユヴィーニャ嬢、いえ……ユヴィーニャ」
 と、ヴェリシュがわたしをぎゅうと抱きしめてくれる。
「苦労したかいがありました」
「ええ、すべてあなたのおかげよ。あなたがいなければ、わたしの人生は暗いまま終わってた」
「だけど、これからは違います。あなたは聖女として、堂々と幸せになることができるんです」
「ええ、そうね……」
 ――多少の犠牲はあったけれど、きっと物語がそうすることを望んだのだ。わたしをヒロインにすることで、わたしの幸福を後押ししてくれたのだ。
「わたし、これからもっともっと幸せになって見せるわ。ヒロインの名に恥じないように」

第5話

「ちょっとお兄ちゃん! 何でユヴィーニャが聖女になってるのよっ」
 と、妹は兄の部屋へ入るなり、手にした同人誌を床へたたきつけた。
「あっ、俺の本! 雑に扱うなよ!」
 と、兄は慌てて椅子から降りたが、拾おうとした同人誌の上に妹の足が乗せられた。
「こんな夢小説、売れると思うの?」
 高飛車に上から目線で見下され、兄はその場で縮こまる。
「売れるわけないだろ。どうせ俺の自己満足でしかないし、だから三冊しか刷ってないし」
 と、はっきりしない口調で言う。
 妹は踏みつけていた本を乱暴に蹴った。
「あっ!」
「ラスト、書き直して」
「はあ?」
 兄はすぐに本を拾い上げ、大事そうに胸へ抱えた。
 かまわずに妹は言う。
「フロリーヌと王子を救うの」
「嫌に決まってるだろ」
「す・く・う・の!」
 と、大きな声で強く言われ、兄は言い返す。
「でも、もう完成しちゃったんだし」
「だったら書き加えてよ! フロリーヌも王子もどこかで生きていて、他の役割を与えられてるってことにするの」
「ディリュースは?」
「あいつは死んだままでいい」
「ひっでぇな……」
 兄は苦笑し、妹は強く言った。
「できあがったら見せてよね! いい?」
「はい」
 不機嫌そうに妹は口を閉じ、部屋から出ていこうとしたが、顔だけを兄へ向けた。
「あとフロリーヌのモデル、絶対にあたしでしょ」
「ごめんなさい」
 と、兄はすぐさま謝った。
 妹はふんと鼻を鳴らし、ようやく部屋から出ていった。
「はあ、まったく女ってやつは……」
 と、静かになったところでため息をつき、兄は手にした本を見つめる。『もしも俺がヴェリシュに転生したら』と、タイトルのつけられた小説本だ。同人誌にしては厚みがあり、表紙にはイラストもない。まさしく自己満足のためのものだった。
「……書くか」
 と、兄は再び椅子へ座ると、手にした本を机の端へ置いた。

第6話

 聖女になったのはいいけれど、わたしの心にはひっかかるものがあった。ディリュースのことだ。
「あの子、最後に言ってたわよね。フロリーヌへ、『これで満足かい?』って」
 国から与えられた自分の屋敷のバルコニーで、わたしはそう言った。
 隣の席に座ったヴェリシュは言う。
「ええ、そうでしたね。あのタイミングで現れたことも、何だか妙な気がします」
「もしかしたらあの子、気づいてたんじゃないかしら?」
「気づいてた?」
「この世界のこと、異変に」
 わたしの言葉にヴェリシュは悩ましげな顔をする。
「まさか、と言いたいところですが……」
 否定しきれない。むしろ肯定してしまった方が、納得できるような気がした。
「だけど、もうディリュースはいないのよね。フロリーヌとトゥールも」
 彼らのことを覚えているのは、わたしとヴェリシュだけだった。
 シェイヴァはすっかり王子として馴染んでいるし、フィデオンはあいかわらず広場で子どもたちと戯れている。ミグニットもまた、屋敷にこもって過ごしていた。
「でも、悪役令嬢がいなくなっちゃって大丈夫なのかしら?」
 と、ふと思いついた疑問を口に出してみる。
 ヴェリシュはやっぱり悩ましげな顔をして答えた。
「どうなんでしょうね。今のところ、異変らしきものもなく、穏やかですが」
 あれ以来、世界はすっかり平和になっていた。魔王軍の残党もいなければ、悪役令嬢もいないから日々穏やかだ。
「やはり気になりますよね。今が物語のどの時点なのかも、はっきりしませんし」
 と、ヴェリシュ。
 彼の日記はバグによって消滅したらしく、今が始まりの方なのか、終わりの方なのか、何も分からなくなってしまったそうだ。
 まったく困った事態になった。しかし、わたしは何も気にせずに、彼とのんびり過ごせることが嬉しかった。わたしはもう貴族ではないから、従者をつけずに一人で街を出歩ける。何をするにも人の目を気にしなくていいのだ。それが、わたしには喜ばしかった。

 夕方になり、彼が帰っていったあとだった。
 使用人の一人がわたしへ一通の手紙を差し出した。
「聖女様、シェイヴァ殿下よりお手紙です」
「え、殿下から?」
 不思議に思いつつ受け取り、わたしは居間へ向かった。適当なソファに腰をおろし、封を開けてみる。
 手紙に書かれていたのは、美術館へ誘う文句だった。どうやら、有名な画家の作品が展示を開始するらしい。
「美術館……?」
 覚えがある。わたしがまだ悪役令嬢だった頃、そこで聖女たちと遭遇した。
 わたしはあらためて文面に目をやり、確かめる。
「……やっぱり、美術館だわ」
 物語はまだ始まりの方だった。ということは、まだルートの変更が可能な時期である。
「……いえ、わたしにはもうヴェリシュが」
 と、頭を左右へ振って、無意識に浮かんだ欲望を振り払う。
「でも……」
 シェイヴァやフィデオン、ミグニットたちと恋をするのも楽しそう、かもしれない。
 わたしは悩みつつ、すぐに返事を書くために私室へ戻った。

 美術館の件をヴェリシュも耳にしたらしい。次の日、わたしに会うなり彼は言った。
「物語がやり直されているようですね」
「ええ。まさか、まだ美術館へ行ってなかったなんて」
 と、わたしは返してソファに腰をおろした。
 すると、ヴェリシュが心配そうに、すぐさま隣へと座って来る。
「他の男性に浮気しませんよね?」
 わたしたちはもう結ばれたつもりでいたけれど、物語としては違うのだ。それを彼も心配していた。
「当然よ。わたしにはあなたしか考えられないわ」
 と、わたしが呆れまじりに答えると、彼はほっと安堵の息をついた。
「それならいいんです」
 と、わたしの手をそっと握った。
「それより、気になることができたわ。美術館へ行ったら、聖女は足を痛めるでしょう? そうしたら、悪役令嬢に遭遇するはずよね?」
「ええ、そうですね」
「ということは、いたりするのかしら?」
 と、わたしは少し首をかしげた。
 わたしの意図を察した彼は言う。
「うーん、いたとしても、いったい誰なんでしょうか。貴女がもう一人出てくるとは思えませんし」
「そうよねぇ。誰にも出会わないならいいのだけれど、ちょっと怖いわ」
 と、わたしは息をついた。

第7話

 物語がどのように展開するか分からないため、わたしはヒールの低い靴を履いていきたかった。しかし、使用人が「せっかく美術館へ行くのですから、しっかりとお洒落をしないといけません」と、強く言うため、わたしは仕方なく彼女のすすめるハイヒールを履いていった。

 街中の富裕層や貴族たちでごった返す美術館を、わたしはヴェリシュとシェイヴァ、フィデオン、ミグニットとともに見て回った。
 人が多いせいで歩きづらいこともあり、わたしは早々に足に痛みを感じた。おそらく靴擦れだ。
「ヴェリシュ、あなたにつかまっててもいいかしら?」
 と、わたしはすぐそばにいた彼へ言う。
「どうしましたか?」
「ちょっと、足が痛いの」
 と、わたしは素直に伝えて、彼の腕をつかんだ。
「無理はしないでくださいね」
 と、ヴェリシュは優しく言ってくれた。
 美術館はけっこう広い。
 有名な画家の作品とやらもどうにか見終えて、わたしたちはようやく建物の外へ出た。
 近くにベンチを見つけたわたしは、ヴェリシュたちへ言う。
「少し座っていいかしら?」
「ええ、もちろん」
 と、即答したのはヴェリシュだ。やはり彼は頼りになる。
「どうかしたのか?」
 と、デリカシーのないフィデオンが言い、ミグニットは呆れたように口を開く。
「疲れたんだよ。あんなに人がいたんだもの」
 かまわずにわたしは左の靴を脱いだ。かかとが靴擦れしていた。
 それを見たシェイヴァが言う。
「ずっと我慢してたのか?」
「ええ、みんなに悪いと思って」
 と、わたしは返しながら、自分で傷を癒すべく、患部へ手を触れた。
 すると、どこからか声がした。
「あら? その程度のヒールも履きこなせないなんて、淑女にあるまじき姿ねぇ」
 はっとして顔をあげると、意地悪な顔でこちらを見つめる少女がいた。
「フロリーヌ……!」
 驚いたのはわたしだけではない。ヴェリシュもまた目を瞠ったが、フロリーヌは言った。
「可愛らしいのは見た目だけで、中身はどうってことないってことかしら」
 と、にやにやと笑ってみせる。聖女だった時には絶対にしなかった表情だ。何だか新鮮である。
 彼女の後ろには二人の男性が立っていた。一人はわたしとよく似た顔のはずの――。
「言い過ぎだよ、姉さま。ユヴィーニャが困ってるじゃないか」
 ディリュースだ!
「そうだぞ、フロリーヌ。聖女様に対して失礼だ」
 と、もう一人――トゥールにしか見えない青年が口を出す。
「なっ、お兄さままで言うの!? そ、それなら……」
 と、悔しそうにフロリーヌは口を閉じ、ふんと鼻を鳴らしてから歩き出した。
「うちの妹がすまなかったな」
 と、トゥールは優しい笑みを向け、ディリュースは彼女を追いかけていった。
「待ってよ、姉さま!」
 そうして三人が去っていくと、わたしは呆然とつぶやいた。
「三人とも、生きてたわね」
「え、ええ……生きて、ましたね」
 と、ヴェリシュも複雑な気持ちをあらわに返してくれた。

 帰りはヴェリシュと一緒に馬車へ乗った。
「トゥールがお兄さまと呼ばれているなんて」
「どうやら、フロリーヌとディリュースが双子になったようですね。髪の色は三人とも黒になっていましたが、トゥールの影響でしょうか」
 と、真面目に考察するヴェリシュ。
「そうね。長男が黒髪なら、下の二人もそうでないとおかしいものね」
 と、わたしは返した。
 それにしても、まさか彼女が悪役令嬢になっているなんて思わなかった。中身までは分からないけれど、生存が確認できてほっとしていた。
「しかし、これは問題ですね」
 と、ふいにヴェリシュがつぶやき、わたしはきょとんとした。
「問題って、何が?」
 顔をあげた彼は、わたしの顔を見つめながら言った。
「トゥールはどうか分かりませんが、少なくともディリュースは攻略対象じゃないですか」
「え?」
「しかも、まだルートが確定していない時です。貴女を疑うわけではないですが、俺としては、恋敵が増えるのはやはり心配です」
 これから起こりうることを思い出せる範囲で思い出し、わたしははっと気が付いた。
「少なくともディリュースは、聖女に惚れて……!?」
 わたしからすれば双子の弟だけれど、物語としてはそうじゃない。
「それなら、もしかしたらトゥールとも!?」
 わたしの知るお兄さまは物語に直接絡まなかった。しかし、それがトゥールの姿をしているのだとすれば。
「ど、どうなっちゃうのー!?」
 と、わたしは嬉しいやら悲しいやら、よく分からない悲鳴をあげた。

第8話

「ふざけんな!」
 居間へやってきた妹は、読み終わったコピー用紙をぐしゃぐしゃに丸めて床へたたきつけた。
「ああ! せっかく書いた後日談がっ」
 と、くつろいでいた兄は律儀にもそれを拾い上げて、元通りに広げる。
「何でフロリーヌとトゥールが兄妹になってるのよ!?」
 と、妹は不機嫌に兄をにらんだ。
「これじゃあ、結ばれないじゃない!」
「え、二人を恋人同士にしたかったのか?」
「当然でしょう!? だけど近親相姦はダメ!」
 と、大きな声をあげる。
 兄は肩をすくめつつも言い返した。
「そんなこと、あの時お前、言ってなかったじゃん」
「言わなくても分かるでしょう!? あたしをモデルにしてるんだったら、ちゃんと王子とラブラブにしてよ!」
「うぅ、声でかい」
「わざとでかくしてるの!」
 と、妹は吠える。
 兄は手にしたコピー用紙を見つめながら言った。
「でも、あの結末の流れだと、これくらいしか書けなかったんだよ」
「他にもあるでしょう? シェイヴァが王子になったんだから、王子は側近になればいいじゃない」
 と、妹が言い返すと、兄は目を瞠った。
「なるほど」
「そんなことも気づかなかったの? めんどくさがってないでしっかり考えなさいよっ」
 と、不機嫌にソファへ座って腕を組む。
 兄はため息をつき、問いかけた。
「それより、ディリュースはどうだ?」
「意味分からない」
「だから、ディリュースも生きてることにしたんだけど……」
「それが意味分からないって言ってるの!」
 妹の大声に兄は後ろへ距離を取る。
「でも、やっぱりディリュースも、報われた方がいいと思ったんだけど」
「ふん、勝手にして。どうせお兄ちゃんの妄想だしね」
 と、妹は呆れたようにつんとそっぽを向いた。
「……そうだな」
 兄は息をつき、部屋へ戻ろうと背を向ける。
「あ、そうだ」
 居間を出ていく直前、兄は立ち止まった。そしてソファに座っている妹を振り返り、にこりと笑った。
「俺の妄想に付き合ってくれて、ありがとうな」
 満足げな様子で兄が出ていくのを見送ると、妹はふんと鼻を鳴らした。

(終)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

一人でも多くの人の心へ届き、ほんの少しでも感情を揺さぶれるような作品を目指して、創作活動をしています。いただいたサポートで、さらなる紅茶の勉強をします。

ありがとうございます
6

かしいつなぐ

HSS型HSPで相貌失認な、自称Xジェンダー。 2010年よりネット公開を続けている創作小説のことや、その他の色々をまとめています。現在は紅茶について勉強しています。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。