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オートバイのある風景18 ハーレーと女将

 バイク便の仕事が順調な訳には、前職の人脈をはじめ名古屋と大阪の比較的大手のバイク便業者との提携などもあったが、バイトのまとめや大事な決定事項に関わる有能なマネジャーがいた事も忘れてはいけない。

 Yというその男は横浜出身で言い方は悪いが「流れ者」的な風情でウチにやって来た。いや、もちろん職安からの紹介ではあったのだが僕の中ではある日フラっと現れたというイメージなのだ。彼が乗っていたバイク、ショベルヘッドのハーレースポーツスター、いわゆるアイアンスポーツも彼のそんなイメージを助長していたのかも知れない。
 彼は走りはもちろんだが、事務所内での仕事もそつなくと言うよりそれ以上にこなしてくれたものだから、僕も安心して事務所を空けられるようになっていった。当時は年中無休で営業していたのでこれは本当にありがたかった。

 少しでも時間的な余裕が出来ると走りに出たくなるのはライダーなら誰しも同じかと思う。僕の場合はそれがチョイ乗りではなく旅に出たいと思うようになっていた。
 当時乗っていたのは「オートバイのある風景16」に登場した黄色いドゥカティだったが、そろそろスポーツ走行よりツーリング、それも「旅」と呼べるようなそんな走り方に気持ちが傾き始めていたのだ。
 経済的、時間的な余裕が少しずつ出来たこのタイミングで古いハーレーに乗ってやって来たこの男に影響され、僕は今まで「毛嫌い」さえしていたこのアメリカ製のクルーザーに興味が出て来たと言う訳なのである。

 こうなると後は早い。県内外のディーラーでスポーツスター、ファットボーイに試乗した。ファットボーイはこの年からバランサー付きのエンジンになっていて味気ない。スポーツスターも良かったが、Yの
「スポーツスター買ってもすぐにビッグツインに乗りたくなりますよ。」
という言葉にぐらっと来て最後に市内のディーラーでダイナに試乗した。バランサー無しのエンジンがフレームにラバーマウントされ、信号待ちで「ドルン、ドルン」と車体がゆさゆさ揺れる。
これは気持ちいいぞ!
試乗に付き合ってくれたカミさんも
「似合ってるよ。」
と言ってくれた。
かくして僕は2002年式ハーレーFXDXのオーナーとなったのだった。

 納車は7月半ばだったが僕はすぐに慣らしを終え、8月の下旬に東北をぐるっと回る4日間のツーリングに出掛けた。
 この時の日記には
「22:30東北道蓮田SAにて休憩。自由と引き換えに何か寄り掛かるものを失ったような不安定感を覚える。これから4日間、何をしても良い代わりに何かしていなければ気持ちが落ち着かない。とにかく走ろう、体調は良い。」
と記してある。
 
それから後は
磐梯山のワインディング
栗駒のキャンプ場
遠野の曲り家
そして国分町の夜
という風に自然あり、歴史あり、繁華街もあり(笑)の、楽しいツーリングとなった。この旅がこの後の僕のオートバイライフに大きな影響を与える事になったのは間違いない。

不老ふ死温泉に向かう途中の踏切にて

 翌年の夏は同じこのハーレーでやはり東北に、今度は温泉宿をつなぐ旅に出かけている。
 初日は秋田の温泉にある一軒宿に泊まった。
昔の豪農の屋敷を改築した重厚な造りの旅館で、唐破風の玄関が旅人を出迎える。一階に40畳はあろうかという大広間があり、二階の客間を取り囲む回廊の周りに小さな客室が並んでいる。どうやら昔、使用人達が寝泊まりしていた部屋を客室にしているらしい。
 夕食時に女将が挨拶にやって来た。ひと通り料理の説明が済んだところで
「申し上げましたように当旅館のお料理は非常に精がつきますので、殿方におかれましては夜寝付けなくなる方もいらっしゃるかと…。そんな時は」
と言葉を切ってチラリと僕を見る。
僕よりいくつか年上だろうか、和服の似合う妙齢の美人女将だ。
「そ、そんな時は」
と、唾を飲み込む僕。
一斉にひぐらしの鳴き声が辺りを包み込む。

「そんな時はこの回廊を何周でも歩いてくださいませ。」
女将はそう言うと笑って下がっていった。
これには一本取られた、さすが老舗温泉旅館の女将である。


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