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花見客 子犬に酒を振舞って

 小学3年に進級する春休み、子犬を飼いはじめました。親戚からもらった生後3か月の白い雑種の子犬でした。

つぼみの桜の木の下で

 新学期が始まって1週間ぐらいたったころのことです。
 桜並木のある川の土手に、子犬を連れて散歩に出かけました。土手から河原に降りていくと、桜の木の下でゴザ(当時はピクニックシートではありませんでした)を敷いて輪になって座っているおとなたちがいました。
 まだ桜は咲いていないのに、今日はふつうの日(平日のことを当時の私はそう言っていました)なのに、お花見している!
と思いながら歩いていました。

 おとなたちから少し離れて歩いていたのですが、その中のひとりが子犬に手招きしました。すると子犬は小走りにそのおじさんのそばに寄って行ったのです。
 おじさんは持っていたお銚子を左の手のひらに傾けて、2、3回降りました。その手のひらを子犬に差し出すと、子犬はおじさんの手のひらをペロッと舐めました。

千鳥足の子犬

 子犬はおじさんの手のひらを舐めた直後、首を上げ、尻尾を上げ、脚もピンと伸びました。そして猛然と走り出したのです。
 お酒を舐めてびっくりしたんだ。
 当時の私でもそれはわかりました。とにかく子犬の首輪につないであるチェーン(当時の散歩はリードではなく、犬小屋につなぐためのチェーンで散歩していました)を離してはいけないとしっかり握り、子犬の後を追いかけました。
 子犬はまっすぐに走れず、ジグザグになりながら走っていました。背後から笑い声がしました。
 当時の私の気持ちを今の私が翻訳すると
 いまいましいおとなたちめ!
となります。
 けれども、そんな感情にかまっている余裕などなく、子犬のチェーンしっかり握り、子犬について行くだけで精一杯でした。

川に落ちた!

 子犬はジグザグになりながら川の方に走って行きました。濡れている小石に足を滑らせ、川の中に落ちました。
 どうしよう!
 と思う間もなく、4本の脚を動かし泳ぎ出しました。
 あっ、犬が犬かきしている!
 犬の犬かきを初めて見た!
 こんなに大変なことになっているのに、私はなんてことを思っているのだろうと、当時の私は自分の気持ちに戸惑いました。

 子犬はすぐに川から上がってきました。そして身体をブルブルと震わせて水をはね飛ばすと、何事もなかったかのように歩き出しました。私はほっとして子犬を連れて帰宅しました。

それから

 その後の子犬に特に変化はなく、ちゃんと成犬に成長しました。当時としては長生きの12歳まで生きてくれました。

 桜並木を見るとこの時のことを思い出します。ひどいいたずらをされたもんだと思います。あの時のおとなたちはちょっと子犬をからかっただけと思っているのでしょうが、連れていた当時の私も、そして今の私も、何事もなく無事に帰宅出来てほんとによかったと思っています。

 それにしても必死に子犬の心配していたはずなのに、「犬が犬かきしている」なんて思ったのはどうしてなのでしょう。今更ながら不思議な自分です。

画像は2019年のコヒガンザクラ。


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