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National Theatre Live 「善き人」 の感想

 今日から1週間の期間限定でNational Theatre Live 「善き人」がいくつかの映画館で公開されました。National Theatre Liveとは英国National Theatre が厳選した舞台作品を収録し、各国の映画館で上映するというプロジェクトです。

 そもそもなぜ私が今作を見に行ったかというと、ズバリ、デヴィッド・テナントが主演だったからです。最近Amazon Prime VideoGood Omensを見てそこからみるみるうちにデヴィッド・テナントにハマってしまいました。しかもなかなか見れないNational Theatre の作品だということで見に行くことにしました。しかしこの作品東京では初日にほぼ満員になった会場もあるそうで、ものすごい人気ですね。

物語のあらすじ

 今作の時代設定はまさに第二次世界大戦目前のドイツ。ヒトラーが政権を握る世の中です。主人公ジョン・ハルダーは善良な人物でありながらもあることをきっかけにナチスの一員として働くようになります。
 ジョンは最初はヒトラーの時代もそんなに長くは続かないだろうと思っていましたが、日に日に状況は悪化していきます。そして、彼にはかかりつけ医であり親友の人物がいたのですが、その彼はユダヤ人であったため、今まで通り接することはできなくなってしまいます。

 ジョンには妻と子どもが2人、そしてほぼ目の見えないお母さんがいました。妻はまともに家事をすることができず、いつも部屋は散らかっていました。彼女自身、これでは駄目だ。なぜこんな私を夫は愛してくれるのかという疑問をジョンにぶつけますが、ジョン自身も変わらず妻を愛していました。ですが時は経ち、ジョンはアンという女性と恋に落ちてしまいます。母の介護と妻、子供たちの面倒を見ることにうんざりしてしまったのかジョンはアンと2人で田舎の別荘へと移り住みました。そしてさらに時は経ち、あのアウシュビッツへと駆り出されることになったのです。

感想

 まずは役者さんたちの演技の仕方に驚かされました。基本的に主演のデヴィッド・テナントは一貫して主人公であるジョンを演じていたのですが、そのほか2名の俳優さん(エリオット・リーヴィー、シャロン・スモール)は色々な役をかわるがわる演じていました。
シャロンは母親を演じたり、妻を演じたり、アンを演じたり、また男性である上司をも演じていました。エリオットは親友を演じたり、上司を演じたり、シャロンとは逆に女性を演じたりしていました。
こういった同じ俳優さんがかわるがわる色々な役を演じるタイプの演劇は初めて体験したので、新鮮で面白かったです。そして、俳優さんたちがキャラクター同士の切り替えを瞬時に行っており、たとえ会話中であっても他の役のセリフを言うシーンなどには度肝を抜かれました。

 世の中の人間は大体の人が個人個人の正義や少しでも世界を良くしたいという思いで生きているんだろうなと私は常々思っているのですが、その結果がこの出来事なのかと思うとやるせない気持ちになりました。「世界史」という簡単なワードの中には数えきれないほどの人間の人生があって、犠牲があって、選択があって、その数多ある人生のうちの1つを見たとき、本当に人間の命なんてちっぽけだし1人1人にできることなんてたかが知れているよなと思いました。そして、歴史に名を残したいと思う人物の気持ちが少しわかったような気がしました。

 アンとジョンの会話で印象的だったのが「私たちは善い人よ」といって抱き合うシーンです。彼らは確かに善い人でした。私欲で人を殺めてもいないし、上から下される命令には従っていて、”ちゃんと”生きていました。でも彼らは明らかに良い人ではなかったよなと思いました。だって不倫してるし。助けを乞う親友を見捨ててるし。妻や母親のことも見捨ててるし。きっとアウシュビッツに収監されたユダヤ人たちにとってジョンは悪人そのものだったと思います。それでも彼らはそうするしかなかった。時代が違ったら私自身もジョンと同じように生きていたかもしれません。自分が経験していない、想像力でしか補えないことで当事者を責める権限はないと思うのでただの出来事として受け止めるか、過ちとして学んでいくしかないと思います。

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