ジャニーズ事務所における未成年に対する性的虐待と国連人権報告書のimidas記事PDF魚拓

ジャニーズ事務所における未成年に対する性的虐待と国連人権報告書のimidas記事PDF魚拓

https://imidas.jp/jijikaitai/d-40-160-23-11-g940





私が今住んでいるイギリスでは、政府官僚も「政府は批判されて当たり前だ」というスタンスを取ります。2019年に、ジャーナリストの権利を守ろうというグローバルキャンペーンがイギリス政府の主導で立ち上がったとき、その集会で当時外務大臣だったジェレミー・ハント氏が「メディアは我々のクリティカル・フレンド。耳の痛いことも言われるけれど、いい政治には絶対に必要な存在だ」と発言したことも印象的でした。日本政府にはそのような、建設的な批判を受け入れる度量が欠けていると感じます。





スイス・ジュネーブの国連人権理事会の様子(2023年2月)



 そもそも、国連の勧告は一方的な命令や非難ではなく、「対話に基づく」のが基本です。「ここがよくない」と指摘する一方で、「前回の調査のときよりここはよくなっている」と励ましたりもしながら、どうすれば人権課題を解決していけるかを一緒に考えていく。勧告された政府と対立関係に立つのではなく、同じ方向を向きながら改善を目指しているわけです。
 もちろん、勧告のもとになった事実認定などが誤っていることもありますから、政府には反論する権利があります。勧告する専門家たちも、批判をそのまま受け入れろと言っているわけではありません。しかしその場合も、他の国々は勧告に耳を傾けた上で、「この点が事実とこう異なっているから、ここは違うと思う」としっかりと説明する。そうしたら専門家の側も「だったらこうすればいいんじゃないか」などと提案して、そこから対話が始まるわけですね。ところが日本政府はきちんとした説明もせずに「誤解に基づいている」「一方的な勧告だ」と反発するばかりで、対話にならないのです。
 23年6月に人権理事会本会議で、「国内避難民の人権」に関する特別報告者の報告書が理事会に提出され、私も傍聴していました。22年の調査対象になったのは日本とメキシコ。調査を受けた国は報告書に対し、反論を含めたリプライ(返答)をすることができるのですが、二つの国の対応はまったく違っていました。
「私たちの国はまだまだ改善が必要なので、今回の勧告をもとに頑張ります」という態度を見せたメキシコ政府に対し、日本政府は報告書の1.5倍ほどの厚さのある反論書を作成。それも、重箱の隅をつつくような点を挙げて「ここが間違っている」「ここも違う」と書き並べただけの内容で、「こんなもの受け入れられるか」という態度が丸出しでした。現代の国際社会においては一国の人権問題は国内だけではなく国際的な関心事であること、人権というものが「国際化」された概念なのだということが、まったく理解されていないと感じます。

「人権とは何か」を理解できるような教育を

 この背景にあるのは、日本ではまともな人権教育がほとんど行われていないという事実ではないでしょうか。道徳教育ではよく「思いやり」や「親切」が強調されますが、人権は個人の思いやりや親切だけで 守れるようなものではありません。
 国連人権高等弁務官事務所は、人権について次のように説明しています。

生まれてきた人間すべてに対して、その人が能力・可能性(potential)を発揮できるように、政府はそれを助ける義務がある。その助けを要求する権利が人権。人権は誰にでもある。(藤田早苗著『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』より)

 つまり、人権を実現するためには政府が義務を遂行しなくてはならない。そして、その義務の内容を具体的に示しているのが、各種の国際人権条約なのです。
 ところが、そうしたことは学校ではまったく教えられません。「そもそも人権とは何か」「なぜ守らなくてはならないのか」を多くの人が、そしてメディアも理解していないから、政府が国民の人権を守らないような施策を進めても、政治家がとんでもない発言をしても、「おかしい」と気づけないのだと思います。
 そして、人権について理解していなければ、自分の人権が侵害されても「被害を受けた」と気づけず、声をあげることができません。ジャニーズの問題でも、被害を受けた人たちが「当時は性被害だと気づかなかった」「性被害だとわかっていたら逃げ出していた」などと発言していました。その意味でも、「自分には人権がある」と認識することは重要なのです。

 では、人権を理解するための教育には、何が必要なのか。まず前提となるものの一つは、しっかりとした歴史教育だと思います。私が住んでいるイギリスも、植民地支配や奴隷貿易など、過去にさまざまな人権侵害を行ってきました。ただ、日本と違うのはそうした「負の歴史」と向き合い、子どもたちにも教えようという動きが強まっていること。学校の授業の中でも、イギリス、そして欧州全体がどのような過ちを犯してきたかを振り返り、それによって自分たちが得てきた特権について考える。その上で、すべての人には生まれながらにして人権があるんだということを伝え、「その人権を守るために何ができるか考えて、行動してみましょう」と呼びかけるのです。
 そうした教育を受ける中では、難民の人たちに対しても「助けなきゃ」という気持ちが自然と生まれてくるのではないでしょうか 。さらには、自分の国の中でも自分は特権を得ている側だ、だったらそうではない人を助けようという気持ちにもなるかもしれない。この国で寄付やチャリティーが非常に盛んなのは、そういう理由もあると思います。
 もちろん、イギリスの人権状況が完璧なわけではありません。人種差別や女性差別もいまだに根強くあります。それでも、その状況を変えていかなくてはならないという動きがあることを強く感じるのも事実なのです。
 子どもたちが普遍的な人権概念について学ぶことは、そのまま社会全体の価値観の変化へとつながります。日本でも、なんとなく「人に親切にしましょう」「差別はやめましょう」と標語のように呼びかけるのではなく、しっかりとした歴史教育をした上で、人権とは何なのか、たとえば世界人権宣言にはどんなことが書いてあって、自分にはどんな人権があるのか、守るためにどんな手段があるのかということを、子どものときから明確に教えていく必要があると思います。
あわせて、強く必要性を感じるのは、政府からも独立し、独自の調査権限を有する国内人権機関の設置です。人権侵害を受けた人が被害を訴えやすくするだけでなく、そこが主軸となって、人権に関する教育や啓蒙活動を行っていく。多くの国々ではそうした人権機関が存在しており、フィリピンなどではその機関の職員たちがジープに乗って山奥まで啓蒙活動に走り回っている、だからどんな田舎の小学校にも「人権」という言葉が掲げられていたりするという話を聞きました。日本もこうした人権機関を「遅延なく設置するように」と、何度も国連から勧告されていますが、政府はここでもそれを無視し続けています。

 それでも、各地でいくつものNPOや市民グループ、弁護士グループなどが、国内人権機関設置を求めて声をあげ始めています。貧困、教育、表現の自由、女性差別や外国人差別……人権は、あらゆる社会問題に関係するクロスカッティング(分野を超えた)な問題ですから、ふだんは別々の問題に取り組んでいる人たちも足並みを揃えて団結していく必要がある。そう強く感じるし、そのために私自身もさらに声をあげていきたいと思っています。

https://imidas.jp/jijikaitai/d-40-160-23-11-g940
「人権」を軽視する日本社会~「ジャニーズ問題」にも言及?!国連の声明・勧告は何を意味するのか。



藤田早苗

(エセックス大学人権センターフェロー)

(構成・文/仲藤里美)

https://imidas.jp/jijikaitai/d-40-126-17-08-g537/2







 ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は、6月2日に、国連「表現の自由」の特別報告者であるカリフォルニア大学アーバイン校デイビッド・ケイ教授の講演会を開催しました。当日は予想以上の数の報道関係者や一般の方々も駆けつけ、席のご用意ができず、そのままお帰りになった方が多数いらっしゃいました。多くの方が興味を持ってくださったことに感謝しつつ、対応のまずさをお詫びしたいと思います。
 さて、ケイ氏は、15年12月に来日し調査を行う予定でしたが、直前に日本政府の要請で延期となりました。結局、翌16年4月12日に来日、ジャーナリストや報道関係団体、政府等からヒアリングを行い、同19日に、日本外国特派員協会で記者会見をしました。その際に発表した日本政府への主な勧告案は以下のような内容でした。
(1)メディアの独立性および市民の情報にアクセスする権利を保護するために早急に対策を取ること。(2)放送法第4条を廃止しメディア規制から手を引くこと。(3)重大な社会的関心事のメディア報道を萎縮させる効果を生んでいる「特定秘密保護法」を改正すること。(4)ヘイトスピーチに関しては、広範囲に適用できる差別禁止法を制定すること。(5)情報へのアクセスを制限しメディアの独立を妨害している「記者クラブ」制度を廃止すること。
 勧告ですからマイナス面ばかりになりますが、会見では、日本のインターネットにおける自由度や、政府がオンラインの内容を検閲していないことは非常に良い状況であり、モデル国の一つだとポジティブな発言もしています。
 その後、ケイ氏は報告書をまとめ、今年6月12日から国連欧州本部のあるジュネーブで行われた国連人権理事会(人権理 : UNHRC ; United Nations Human Rights Council)において、公式訪問調査に関する調査報告書を公表しました。
 人権理は、テーマごとに3月、6月、9月の年3回会合を持ち、様々な議論をしています。「表現の自由」の討議は毎年6月に行われており、ケイ氏の報告はこのタイミングになったというわけです。人権理のサイトには、公表された内容の全文がアップされています。



「特別報告者」とは?



 今回、ケイ氏の件が話題になって、初めて国連人権理事会や特別報告者という言葉を耳にしたという方も少なくないでしょう。そこで、特別報告者とはどのような存在なのかについてお話ししたいと思います。
 まず、国連広報センターのサイトでは、次のように紹介されています。
 今回、ケイ氏の件が話題になって、初めて国連人権理事会や特別報告者という言葉を耳にしたという方も少なくないでしょう。そこで、特別報告者とはどのような存在なのかについてお話ししたいと思います。
 まず、国連広報センターのサイトでは、次のように紹介されています。


 これだけでは少し分かりにくいと思いますので、補足しましょう。
 まず、特別報告者になるには、人権に関する問題に知見を持つ人が個人で立候補します。書類審査や面接をしたのち推薦を受け、最終的には人権理が任命するという形になっています。つまり立候補は誰もができます。報酬はなく、任期は最高で6年で、任務は「国別」と「テーマ別」に大別されています。国別は、カンボジア、朝鮮民主主義人民共和国、スーダン、シリアなどを対象とし、テーマ別では、恣意(しい)的拘禁、信条の自由、現代的奴隷制、テロリズムと人権などのテーマがあります。
 特別報告者を召喚するのは当事国ですが、人権理のサイトには各報告者のメールアドレスが掲載されていて、個人やNGOが直接コンタクトを取り、調査を要請することができます。テーマ別の報告者はこうした要請をもとに精査し、1年間に3カ国前後の国に出かけ、調査をします。その結果を調査報告書としてまとめ人権理や国連総会に提出、公表したりします。
 ケイ氏も昨年は、日本以外にトルコとタジキスタンを調査しています。ここ数年で他にも複数の報告者が来日したことや、日本以外の調査についてはあまり報道されないこともあり、日本を狙い撃ちしているように曲解している人もいますが、それは誤解です。

報告者や報告書などに対する誤解と曲解

 特別報告者は、2017年7月現在78名いますが、残念なことに日本人は一人もいません。それが特別報告者に対する誤解を招く一因になっているのかもしれません。
 特別報告者は、あくまで、調査対象の国に対して、この点を改善すればもっと素晴らしい国になるとアドバイスしているのであって、その国や国民を貶めるために調査をしているわけではありません。報告に対する報酬はありませんから独立した公正な立場で調査ができます。勧告に拘束力はないので、無視したからといって罰則もありません。ここで問われるのは、勧告を受けた国や政府がそれをどう受け止めて行動するかです。
 一般企業であれば、コンサルティング料を支払って会社の問題点をあぶり出し、改善につとめることは普通に行われています。それを無料でしてくれるのですから、ラッキーと思うくらいの懐の深さを見せるのが、民主主義国の成熟した対応といえるでしょう。それなのに、反論や抗議をして騒ぎ立てれば、国際社会から日本がどう見えるかは自明です。
 また、17年6月2日、高市早苗総務相(当時)が記者会見で「民主党政権時代の2011年に無期限招待状なるものを発出しており」と発言したことから、「民主党がケイ氏を召喚した」と受け止めている人もいるようですが、これも間違いです。確かに民主党政権下で「standing invitation」を宣言しました。これは「どんな特別報告者が来ても受け入れます」ということです。人権を尊重している国なら何も隠すことはないわけですから、人権を尊重している国であると宣言していることと同じことになります。
 2012年12月に政権が自由民主党に移行後もこの宣言は引き継がれました。現政府もこれを推奨している立場であり、それが嫌なら宣言を撤回すればいいだけの話です。しかし、そんなことをしたら「わが国にはやましいことがあります」と公言するようなものです。
誹謗中傷、印象操作は日本のためにならない

 ここ数年で来日した特別報告者には、「心身の健康を享受する権利」の報告者アナンド・グローバー弁護士(インド)もいます。彼は、2011年の東京電力福島第一原発事故後に、HRNが他のNGO団体と共に訪日を要請し、来日した12年にはHRNが被災者や市民団体へのインタビューをコーディネートしました。事故で苦しむ人々を私たちのような人権団体が支援しなければならない、取り組むべき問題であると判断したからで、報告書の和訳も出版しました。
 ケイ氏の場合、日本に来るきっかけになったのはHRNではありませんし、6月の講演会を招聘したのも上智大学です。
 それなのに、ツイッターやブログ等で様々な誹謗中傷や印象操作がありました。ケイ氏や、「共謀罪」法による権利制限を懸念する書簡を安倍首相に送ったジョゼフ・カナタチ氏(「プライバシーに関する権利」の特別報告者、マルタ大学教授)に、私たちが金銭を与えて、自分たちに都合のいい報告をさせているなどという内容です。
 15年にも、「子どもの売買、児童買春、児童ポルノ」の特別報告者であるマオド・ド・ブーア=ブキッキオ氏(オランダ出身の法律家)の「日本の女子高生の30%が援助交際をしている」との間違った発言に対し、「アゴラ言論プラットフォーム」代表の池田信夫氏が、私がその情報を提供したかのように非難しました。その後もツイッターやブログなどで繰り返し流布しました。あまりのひどさに私は名誉棄損の訴訟を提起したのですが、今年の6月、東京高等裁判所が、東京地方裁判所での1審の2倍の損害賠償の支払いを命じました。
 こうした誹謗中傷や印象操作は何の目的があってやっているのでしょうか? 特別報告者に対する中傷に関しては特に理解できません。ケイ氏は日本に対して、好印象の部分もあるという評価をしているのに、悪影響を与えるだけです。
「個人の資格でしかない」などと言ってまともに対応せず、自分たちに対する異論を封殺するという政府の姿勢も残念でしかありません。報告書では、政府だけでなく、同じぐらいのボリュームでメディアに対しても苦言を呈しています。メディアの独立性に関しては、民主主義国のどこでもある問題ですし、この程度の勧告に対してこれほど怒りをあらわにする国はほとんどなく、あまりに大人げないと思います。



寛容な対応こそが日本の評価を上げる



 ケイ氏の件で言えば、「なんでそんな奴の言うことを聞かなきゃいけないんだ!」というネットユーザーがいますが、報告書をすべて読んでいるのでしょうか? すでに外務省とメディア総合研究所から和訳が出ていますから、それを読み、具体的にどこに問題があるのか、きちんと語っていただきたいものです。そこから真の議論がはじまるでしょう。
 また、報道機関をはじめ「表現の自由」にかかわっている方々には、もっとこの報告にコミットメントして欲しいと思います。メディア全体でケイ氏の報告をどう受け止めるの、討議する議論の機会をオープンに持つことも大切だと思います。
 そして、日本だけが叩かれているという誤解を招くような報道は避けるべきです。対立軸を煽るだけの報道は、それを助長するばかりです。もっと対話を通して歩み寄り、良い方向に向かうことを期待したいです。
 最近、日本にいらっしゃる各国の外交官の方々とお話しする機会が増えました。その際、人権の話題になると、今回の一連の流れに対して非常に興味を持たれていると感じます。海外メディアでもいろいろ取り上げていましたが、それだけ日本の対応が特異だということでしょう。人権の問題はどの国でも起きていますから、こうした勧告を出す特別報告者に対して異議を唱える政府が他に存在しないとは言いませんが、日本政府の対応は民主主義国としてはあまりに子どもじみています。
 特別報告者は、国も人種も、宗教も習慣も違う何カ国もの国を訪れ、その先々で良い経験もすれば悪い経験もしています。そうした経験がベースにあってのアドバイスに耳を傾けてみることは、悪いことではないでしょう。
 寛容な対応こそが、国際社会における日本の評価につながりますし、国内の問題解決にもつながるはずです。そのためにも、特別報告者への正しい理解と、報告書の全文に目を通し、きちんと精査することが重要になります。

デイビッド・ケイ「表現の自由」国連報告者の
訪日報告書の和訳のサイト
(外部サイトに接続します)
〈外務省/未編集版・仮訳〉
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000262308.pdf

〈メディア総合研究所/暫定訳〉
http://www.mediasoken.org/upload/%E5%9B%BD%E9%80%A3%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%A0%B1%E5%91%8A%E4%BB%AE%E8%A8%B3.pdf

https://imidas.jp/jijikaitai/d-40-126-17-08-g537
国連人権理事会の特別報告者を正しく理解しよう

報告書の内容を精査して、寛容な対応を

伊藤和子

(弁護士/国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」事務局長)

(構成・文/村山加津枝)

http://www.mediasoken.org/upload/%E5%9B%BD%E9%80%A3%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%A0%B1%E5%91%8A%E4%BB%AE%E8%A8%B3.pdf


https://imidas.jp/jijikaitai/d-40-136-18-10-g752





2018年8月のある日。ネット上で、ジュネーブの会議場で厳しい質問に答える日本政府代表の姿が中継されていた。テーマは、ヘイトスピーチ、慰安婦問題、アイヌ民族の遺骨や外国人技能実習生、マイノリティー女性の問題……と多岐にわたっている。これはなんだろう? と釘づけになった。国連人種差別撤廃委員会の日本審査の中継が行われていたのだ。今夏行われたこの審査で、何が問われ、政府はどう答えたのか? NGOの取りまとめ役として準備段階からこれに関わり、詳細を現場で見てきた小森恵さんにお話をうかがった。

日本の「差別」は顕在化している

 2018年8月16日、17日に、スイス・ジュネーブで国連人種差別撤廃委員会(Committee on the Elimination of Racial Discrimination)の日本審査が行われました。この委員会は、国連における主要な人権条約の一つである人種差別撤廃条約に加入している締約国が、条約を履行しているかどうかを審査する機関です。
 日本が人種差別撤廃条約に加入したのは1995年。日本審査は2001年、10年、14年に続いて今回は4回目になります。
 日本の場合、人種差別は目に見えにくいかもしれませんが、被差別部落の問題、アイヌ民族、琉球・沖縄の人々、旧植民地出身者とその子孫、外国人、移住者、難民といったマイノリティーへの差別・人権侵害は連綿と続いています。しかも、近年は街頭やネット上でのヘイトスピーチという形で、差別的言動はより顕在化してきました。
 世界のどの国にもなんらかの差別が存在しています。人種差別撤廃委員会は、人種差別撤廃条約に加入している締約国に、定期的に報告することを義務付けています。条約に加入したら、その国で問題となっているさまざまな差別を解消するために、国としてどのような措置をとっているのか、数年ごとに委員会へ報告書を提出しなければなりません。そして、その報告書をもとにジュネーブで人種差別撤廃委員会の委員と政府の代表が質疑応答をし、審査が行われるわけです。
 日本政府は今回の審査に向けて、外務省が16年8月に「市民・NGOとの意見交換会」を開きました。というのは、委員会に提出する報告書を作成するのは政府ですが、国内の差別の詳細な実態は、永田町にいる政治家や霞ヶ関にいる官僚にはなかなかつかめません。そのため、政府は報告書を作成するに当たって、差別問題や人権問題に取り組んでいるNGOや市民の意見を聞く必要が生じます。そうして、内閣府、法務省、文部科学省、厚生労働省などがそれぞれ担当する差別問題について報告書を書き、外務省がそれを取りまとめて17年7月に人種差別撤廃委員会に提出しました。
 また、委員会は政府の報告書だけではなく、直接NGOや市民からも意見を募ります。政府の報告書は委員会のウェブサイトに公開されるので、それに対して、国内の実情はどうなのか、差別は改善されているのか、サイト上で「NGOや市民もレポートを提出してください」と呼びかけるのです。
 国連には人種差別撤廃委員会の他にも女性差別撤廃委員会などいろいろな委員会があり、いずれもオープンなシステムになっています。ウェブサイトにアクセスすれば、締約国の関連する報告書は誰でも見ることができます。また、委員会が募集するレポートも誰でも提出できます。
 今回、私たち国内のNGO19団体と3人の個人は「人種差別撤廃NGOネットワーク(ERDネット)」としてレポートを一つにまとめ、委員会に提出しました。他にも、日弁連(日本弁護士連合会)や複数の団体・個人がレポートを送っています。

委員たちから厳しく問われた政府の姿勢

 このようなプロセスを経て、日本政府代表団が8月にジュネーブにおもむき、16日と17日に日本審査が行われました。代表団には、外務省、内閣府、法務省、文科省、厚労省などから10数人の官僚が参加しています。また、私たちNGOのメンバー、弁護士、議員など約30人が、会場で審査を傍聴しました。
 審査をする人種差別撤廃委員会は、18人の委員によって構成されています。これらの委員は、提出された政府の報告書およびNGOや市民のレポートをすべて読み込んで精査しています。差別問題はさまざまな人権問題に関与しているので、委員たちは、女性差別撤廃委員会の審査や、国連加盟国が互いに人権状況を審査する普遍的定期審査(UPR)、市民的および政治的権利に関する国際規約(自由権規約)委員会の審査などの日本に関する資料にも目を通し、参考にしています。
 審査の1日目、委員たちからは鋭い質問が次々と日本政府代表団に投げかけられました。質疑では、前回14年の審査から、日本国内の人種差別がどれだけ改善されているのか、政府はどのような対策をとっているかの進捗も問われます。しかし、1日目の質問に対する2日目の政府回答に、大きな前進は見られませんでした。
 委員会が、今回提示した日本の課題は多岐にわたります。例えば、在日コリアンの人々に対するヘイトスピーチとヘイトクライム、朝鮮学校の生徒たちへの教育の保障、アイヌ民族への雇用・教育・公共サービスにおける差別、被差別部落出身者の戸籍への違法なアクセス、外国出身のムスリムに対する警察によるプロファイリングと監視、「慰安婦」だった女性への人権侵害、難民認定申請者の長期にわたる収容、外国人技能実習制度の不備、外国籍の人々に対する民間の施設・公共サービスにおける排除や差別、マイノリティー女性への暴力や人身取引・性的搾取などなど……。
 こうした課題のほとんどは、過去3回の審査でも委員から質問を受けています。4回目となる今回も、委員の問いに対して、政府は「検討中である」とか「引き続き取り組んでいく」などといった回答を繰り返しました。
 加えて、「被差別部落出身者の定義が明確でない」「琉球・沖縄の人々は先住民族である」という委員会の指摘を、政府は今回も認めようとしませんでした。これは誰が差別の対象になるのかといった定義を巡る問題であり、毎回の審査において委員会と政府の見解は平行線をたどっています。
 そして、委員会が1回目の審査から言い続けている「国内人権機関の設置」もいまだ実現していません。国内人権機関とは、あらゆる人権侵害からの救済を促進する独立した機関のことです。国内の人権侵害を防止するために政府に提言したり、人権侵害の申し立てを受けて調査をしたり、救済のための介入や救済の促進をしたりする専門委員会の設置の必要性は、この間ずっと、私たちNGOも訴えてきました。しかし、今回も政府は「(設置を)検討している」との回答でした。
 さらに、差別的言動の処罰を規定している人種差別撤廃条約の第4条(a)(b)も、日本政府は留保したままです。第4条(a)(b)は、人種差別の扇動、暴力、宣伝活動などの行為について「法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること」「法律で処罰すべき犯罪であることを認めること」とうたっています。締約国は条約に加入するにあたって、国内法との関係などの理由で受け入れることができない条文を留保することができます(ただし、細かい条件が付いている)。そのため、日本政府は第4条(a)(b)を受け入れず、憎悪や暴力を助長する言動を法律で禁止しようとしません。
委員会は、「ヘイトスピーチやヘイトクライムは法律で規制すべきである」とし、1回目の審査から留保の撤回を求め続けてきました。政府は「法規制をすると、憲法が保障する表現の自由を侵すおそれがある」との理由から、今回の審査でも留保を維持しました。


マーク・ボスー委員(ベルギーの法学者。今回の日本審査の報告者)。ヘイトスピーチ対策法の実効性について質問をしている。UN WebTVより

  *日本審査の様子は、UN WebTV で公開されている。

今回の審査で新たに示された勧告の数々

 こうして2日間の審査を終え、8月30日には、人種差別撤廃委員会が総括所見を発表しました。総括所見文書の冒頭部分では、前回の課題が十分に実施されていないことが懸念として示され、続いて約20項目にのぼる課題の是正を勧告しています。その中には、新たに踏み込んだ勧告もありました。  
 一つは、在日コリアンの人々が地方参政権を行使できるよう求めた勧告です。日本国内における在日コリアンの人々への差別は、国連の普遍的定期審査や自由権規約委員会などでも課題になっていますが、地方参政権について言及したのは今回の人種差別撤廃委員会が初めてです。
 それから、女性の複合差別も指摘しています。在日コリアン、アイヌ民族、被差別部落出身者、外国人といったマイノリティー女性は、家庭内や職場などで民族性および性別にもとづく暴言や暴力や虐待など、複合的な形態の差別を受ける場合があります。今回は、これを放置したままにせず「これらの女性たちが直面する個別の諸課題をよく理解して対処できるよう、関連する統計を収集すること」と明確に勧告しました。(以下、総括所見文書の内容は、人種差別撤廃NGOネットワークの翻訳による)
 また、被差別部落出身者について、「戸籍データを機密扱い」にすべきと述べています。委員会は、これまで被差別部落出身者の戸籍への不正アクセスに対し、罰則をともなう法律の制定を求めてきました。今回の勧告では、それに加えて「機密扱い」という措置をとることを要請しています。
 琉球・沖縄の問題はさらに踏み込んでいます。総括所見には次のように書かれています。「アメリカ合衆国の軍事基地の存在による、沖縄の女性に対する暴力の報告について、および報告されているところによれば、民間人の居住地域を巻き込んだ軍用機の事故に関連して琉球・沖縄の人々が直面している課題について懸念する」「締約国が、琉球・沖縄の女性を暴力から保護すること、ならびに彼女らに対する暴力の加害者の適切な訴追と有罪判決を確保することを含む、琉球・沖縄の人々の適切な安全と保護を確保するよう勧告する」。
 今まで「米軍基地の存在」を勧告において指摘されたことはありませんでした。沖縄では、米兵や軍属による性暴力、米軍機の事故が後を絶ちません。委員会は、政府が琉球・沖縄の人々を先住民族と認識せず、土地や資源に関する権利の保障もせず、人種差別撤廃条約の第5条が定める「暴力又は傷害に対する身体の安全及び国家による保護についての権利」をないがしろにしていると断じています。つまり、琉球・沖縄の人々を守るのは「あなたたち政府の責任ではないのですか?」と問うているのです。
 今回は、前回14年の審査の後、16年に「ヘイトスピーチ解消法」と「部落差別解消推進法」が制定されたことは評価されました。しかし、まだまだ多くの課題が国内に存在していることも改めて示された審査だったと言えるかもしれません。

*国連人種差別撤廃委員会日本審査の総括所見(英文)はこちらで。


反差別国際運動(IMADR)の小森恵さん

行政、NGO、市民の連携が求められている

 日本政府は、審査前に提出した報告書の序章に「我が国は、人種差別と戦うためあらゆる方策を講じている」と書いています。しかし、これまで3回の審査では、ほぼ同じか類似する多くの課題が繰り返し指摘されてきました。そして、今回4回目の審査でも、政府は人種差別に正面から向き合っているようには見えず、「あらゆる方策を講じている」とは言えないのではないかと思います。
 人種差別撤廃委員会だけでなく、政府は国連の条約委員会の勧告を重視しない傾向が見受けられます。
13年には、拷問禁止委員会が従軍慰安婦問題について「日本の公人が事実を否定し、被害者を傷つけている」との懸念を示し、法的責任を公に認めることを始めとしたいくつかの勧告を出しました。この時、政府は「勧告に法的拘束力はない」として、従わない旨の答弁書を閣議決定しています。

 ですが、法的拘束力はなくても、勧告に対する道義的な責任はあります。国連の人権に関するさまざまな条約委員会は、世界の国々がそれぞれの国において、すべての人の権利や尊厳を守るために作られた機関です。人権侵害や人種差別のない世界を実現することが委員会の目標であり、そのために各国から推薦され、国連で選出された委員が審査をしています。日本が人種差別撤廃条約に加入している以上、条約委員会の一つである人種差別撤廃委員会で示された勧告は尊重すべきものだと思います。

 一方、政府が法的拘束力はないと軽視したとしても、このような勧告は、国内の差別の克服に向けた取り組みにおいて大きな力になります。NGOや市民社会組織が、課題を解消するための条例制定を目指して行政や地方議員に交渉をする場合に、「国連の委員会の勧告」があれば耳を傾けてもらえるからです。

 人種差別撤廃委員会は、これまでと同様に今回の総括所見でも「次回の政府報告書の準備においてNGOや市民と対話し、協議するように」と勧告しました。政府だけで差別をなくすことはできません。行政、NGO、市民が広く連携し、さまざまな課題にいっそう取り組んでいかなければならないと実感しています。

https://imidas.jp/jijikaitai/d-40-136-18-10-g752
国連人種差別撤廃委員会で厳しく問われた日本の〈差別〉

日本の差別の実態を世界はここまで見ている!  日本審査で是正勧告されたこととは?

小森 恵

(反差別国際運動(IMADR)事務局長代行)

(構成・文/海部京子



差別的意識を助長・誘発する目的で、危害を加えたり著しく侮蔑するなどして、地域社会からの排除をあおる「差別的言動」の解消を推進する法律。2016年5月成立。表現の自由は民主政治における重要な人権であり、特に表現内容に着目した規制はとりわけ慎重さが求められる。本法が差別的言動への罰則や禁止規定をもたないのはそのためである。反面、差別解消のための教育や相談体制の整備などを国の責務とし、自治体にもその努力義務を課すなど、取り締りではなく対策を主目的とする。法務省によれば、「○○人は殺せ」などの脅迫的言動や、ゴキブリにたとえるなど著しく侮蔑する言動、「○○人は強制送還すべきだ」などが「差別的言動」とされる。その判断にあたっては、言動の背景や前後の文脈などの諸事情に照らし、そこにどのような意味が含まれるか考慮すべきとしている。

https://imidas.jp/genre/detail/F-105-0125.html
時事用語事典

ヘイトスピーチ対策法

2017/03

伊藤真


国際連合(国連 UN)が中心になって採択した国際人権諸条約の主なものは、条約の履行を確保するための専門家委員会を設け、当事国による規定の実施状況の監視を行っている。具体的には、自由権規約委員会(市民的及び政治的権利に関する国際規約)、社会権規約委員会(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)、人種差別撤廃委員会(人種差別撤廃条約)、女子差別撤廃委員会(女子差別撤廃条約)、拷問禁止委員会(拷問等禁止条約)、児童の権利委員会(児童の権利条約)などがある。これらの委員会は、経済社会理事会(経社理 ECOSOC)の補助機関である社会権規約委員会を除き、厳密には国連とは別組織である。しかし、これらの委員会の活動は、国連総会または経済社会理事会に毎年報告され、報告書の内容や条約の批准状況は、国連の関心事として討議されている。条約の履行確保のため、各委員会は以下のような活動を行っている。(1)国家報告の審査 条約の締約国政府が定期的に提出する条約の履行状況に関する報告書を、審議・勧告する。(2)国家通報制度 この制度を受諾した締結国の条約義務違反について、他の締結国からの通報に基づいて審査する。(3)個人通報制度 個人からの人権侵害の通報を委員会において受理することを受諾した締約国について、個々の通報を審査・勧告する。現在、個人通報制度をもつのは、自由権規約、社会権規約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約、女子差別撤廃条約など。2014年2月現在、日本は個人通報制度を受諾していないが、受諾に向けて政府部内で検討が行われている。

https://imidas.jp/genre/detail/D-103-0038.html
時事用語事典

人権条約機関

 

[human rights treaty bodies]

2014/03

横田洋三