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震災支援の議論と、身を守ると言う支援方法

1、東日本大震災

 2011年3月11日、未曾有の大災害と言われる東日本大震災が発生しました。

 私も関東人なので、もちろん被災しています。

 当時私は仕事中でしたが、職場は特に目立った被害はなしでした。

 帰宅時にはコンビニやスーパー等、商店に商品はありませんでした。


 信号も消えており、震災直後なので警察官も立っておらず、幹線道路を横断するのが怖かったことを覚えています。

 発生直動警察は忙し過ぎて、細やかな稼働はできませんからね。

 その詳細はこちらをお読み下さい。

【大災害時の警察と、知っておくべき情報】


 私個人の実害は帰宅時に、ガス給湯器が落下していたくらいでした。

 実家は、隣の家が倒壊する際に、実家の方に倒れ込んできたため半壊し、原発事故の影響で農産物が今でも作れない状態ですが。


 私のことはともかく、東日本大震災があった日ということで、毎年3月11日は震災に関する様々な報道やイベントが行われます。


 この部分について、8年経ち一部ではちょっとした議論が起きているようです。



2、忘れる、忘れない論争

 東日本大震災についての報道やイベント等についての論争です。


 その内容としては

「東日本大震災の情報や映像等を放送しないで忘れるべき」

と言う意見と

「東日本大震災の情報や映像等は風化させてはいけない」

とする意見の対立です。


 ただし、前もって言っておきますが、この論争が活発な場面では主に、被災者当事者同士の論争ではありません。


 被災していない方々が被災者を思い、支援としての論争と言う感じになっていますので、

「こうして欲しい」

ではなく

「こうすべきだろう」

となっています。



<忘れる派の主張>

「東日本大震災の情報や映像等はもう報道しないで、被災者の心の負担を減らすために忘れさせるべき」

とのことが主な主張のようです。


 私は心的外傷等は一切発症していないので、

「別にそのような心遣いはいらないですよ」

とケロッとしていますが、目の前で大切な人が津波にさらわれて亡くされた方等には必要なことかもしれません。



<忘れない派の主張>

 こちらは今まで他の震災でも、実際に報道やイベントが活発なところからも、主流な考えだと言うことが分かります。


 その分だけ様々な意見がありますので、一概に紹介するのは難しいのですが、

「まだ頑張っている被災者が沢山いるんだから忘れちゃダメ」

「震災を教訓にして今後、未来に活かさないといけない」

「亡くなられた方々のためにも忘れてはいけない」

等々。



<私個人的な考え方>

 正直両方です。

 そもそもこれらって両極端ですよね。

 必ずしもどちらか一方に絞る必要はないと思います。


 前者の忘れるべきは、主に

◎、心理的支援

◎、個別支援の領域

だと思います。


 後者の風化させないは、主に

◎、支援集め

◎、社会的支援の領域

だと思います。


 そのため、

【主流支援は風化させない】

【辛いと感じる人には個別の忘れる方】

このようなキメ細やかな支援で良いと感じます。


 そうするためには、

「忘れたい」

と感じている被災者の逃げ道は作る必要がありますよね。


 あまりに

「風化させない」

の風潮が強すぎて、テレビはどこでも震災の情報や映像ばかりで、

「3月11日はテレビを見ない。外部情報を入れない」

と意識しなければならなくなります。


 これでは

「見たくない!」

と強く意識しなければならないわけですから、余計に忘れることはできませんからね。



3、社会的支援の優先順位

「忘れるための逃げの場の創設が必要」

とは言いましたが、あくまでも主流にすべきは

「風化させない」

だと思います。


 そのため、どちらか一方に絞れと言われれば風化させない方を推奨すると思います。


「忘れるべき」

の方の支援はあくまでも個別支援として必要と考えますので、

個別支援を社会的な主流支援にすべきではない」

と考えます。


 社会的な支援とは、公益が高い支援のことです。

 もっと分かりやすく言うと、

【より大勢が助かる支援】

です。


 8年経ってもまだ多くの人が元の生活に戻れていません。

 人材や金銭、物的な支援が必要な段階です。

 しかし、被災していない地域の人からすれば、8年も経てば震災は振り返る過去の出来事です。


「言われてみれば今日は大震災があった日だね。」

と言う程度の認識になっていると思います。


 これが全国的に少しでも当時を振り返ってもらい、少しでも支援をしていただければ、今でも苦しんでいる多くの被災者がとても救われると思います。


 そのためには忘れられてはいけないんですね。

 これが社会的な規模の支援だと思います。


 この主流部分で、精神的個別支援を主流にしてしまうと、救われるハズだった被災者が救われる機会を奪いかねませんからね。


 心理支援は生命や生活基盤が安定した後の段階で強く考えるべき支援です。

 それらがまだ安定していない段階で優先的に考えるべき支援ではありません。


 約15年前の通称:心理ブーム期には、ニュースキャスターも人命より心理的支援を優先するような発言をする人が多かったですが。


 命あっての心ですので冗談に聞こえるかもしれませんが、本当に生死を考える必要がある状況で

「第一に被害者・被災者の心が心配です。一刻も早く心の支援を」

と平気で言っちゃう人が本当に多かったんですよ。



4、最後に

 心理支援は心理カウンセラーと言うプロに任せ、社会全体での支援としては人材や金銭、物資等の物理的な支援が必要だと思います。


 大きな震災はまだ来ると言われています。

 過去の震災経験を活かすとは、震災を風化させないとか、被災者の支援をするとかだけではないと思います。

 自分自身も被災時に大きな被害を被らないように準備することも含まれると思います。


 それに支援目線でも自身が大きな被害を受けないことは重要です。

 もし、貴方が被災時に大きな被害を被らなければ、その場で大きな被害を受けた人を助ける側の人間になれます。

 被災直後時点でその場に他者を支援できる人材がいることは物凄く大きなことです。


 序盤で紹介した記事のように、被災直後は警察・消防・自衛隊等はまだ大規模には動けません。

 その段階で貴方が動けたら助かる命や今後の生活基盤を構築する上で助かる人も必ずいますからね。


 自分が助かると言う意味だけではなく、被災時の支援と言う観点でも、過去の震災経験を活かすために、準備が必要だと思います。


 震災がある度に

「義援金幾ら!誰が幾ら払った。募金募金!」

と騒ぐだけが支援じゃありません。


 貴方はキチンと、身を守ると言う支援の準備をしていますか?



【記事の紹介・拡散について】

 友人やネットの掲示板等に記事を紹介してくれる方がいらっしゃるようです。

 本記事は無断でも紹介可な記事です。


 スマホからだとURLをコピーするのが面倒だと思いますので、本記事のURLは

https://note.mu/chakufuta/n/ncd28a357b05b

ですので、このままコピーしてご使用下さい。

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