第5話/グレート・ギャツビー・ショーンK

今夜もショーンKはフジテレビの「ユアタイム」を見ていた。本来はショーンKのアシスタントのはずだった市川紗椰がメインキャスターとなっていたこの番組で彼女は噛みまくり、その度にSNSでは「また噛んだ」とツッコミが入っていた。

テレビ局と視聴者がニュースキャスターに学歴を求めた結果、噛まないが高卒のショーンKは降ろされ、噛むが早稲田大卒の市川紗椰は残り、結果として視聴者は噛み噛みの番組を見る事となったのである。

ショーンKは、自分がいるはずだった画面の中に舞い戻って、キョドる彼女を守ってあげたいと心の底から思った。しかしこの状況を作り出したのが彼である以上、それは許されぬことだった。

「とうとう彼女を守れなかった…」深くうなだれるKの脳裏に、

「空手は勝つためのものではなく、誰かを守るためのものだ」

という高校時代の空手の先生から聞いた言葉が蘇ってきた。

現在はシークレットシューズによって背が高いKだが、高校時代の彼は小柄で、かつイケメンだったので不良によくからまれた。そこで地元の空手道場に通うことにしたのだった。

道場には50代の先生がいて、30名ほどの弟子達が通っていた。白帯をしめ、新入りのKは空手の練習に夢中になった。弟子の半分は黒帯で、当然ながら組手では歯が立たなかった。

一方でKは自宅で発声練習をしていた。常々声が良いと褒められることが多かった彼は、ラジオとテレビでその声を活かそうと、小さい頃から声と呼吸の訓練をしていたのだった。

ある日、テレビで記者会見の様子をみていたKは、一人のレポーターの動きに釘付けとなった。そのレポーターは誰よりも多く質問をしていたが、それは、他の誰かが質問しようとする矢先、息を吸うときを狙って声をあげることで、機先を制していたのであった。

人は発声や動きの前に無意識に息を吸い込み、その瞬間だけは無防備になる。発声を練習していたKは、その仕組みに気づいた。そして空手でも、黒帯が息を吸い込む瞬間を狙うことで、徐々に勝つようになっていった。

元来の努力家であるKは、この呼吸法をさらに進化させていった。自分の呼吸によって相手の呼吸をコントロールすることで無力化するのだ。

組手の時、まず間合いをギリギリまでつめて相手を緊張させ、息を詰めさせる。そうしておいて自分の息を吐いて脱力すると、必ず相手もつられて息を吐くので一瞬スキができる。その瞬間に突きを放てば避けられないのだ。

この呼吸のコントロールは相手にとっては無意識で起こるので、なにをやられているか気付かれにくいし防ぎにくい。この呼吸法によって彼は白帯のまま、黒帯を倒していったのである。

奇妙な興奮が彼を包んでいた。黒帯は一種の権威・肩書きであり、それを無級の自分が倒すという快感と不思議、いや、白帯で戦うことこそが真の実力の証明ではないかと、Kは感じるようになっていった。

黒帯以上という参加条件の講習会や大会には白帯のKは参加できなかった。自分より弱い黒帯が大会で活躍している様子を、Kは呆れて見つめていた。ただ強くなりたいKにとって、黒帯は無意味に思えた。

そして昇級審査を受けずに修行を重ねるKは、やがて「白帯の達人」として、道場で恐れられる存在となっていった。

そんなKに対し先生は「白帯に倒される黒帯の気持ちを考えたことがあるのか?空手は勝つためのものではなく、誰かを守るためのものだ」と警告したが、当時のKはその意味がよくわからなかった。

そんなKも一目置く空手家が同級生にいた。富成誠治、みんなにトミーと呼ばれていたその男は、各種の運動競技に長じた男で、高校の空手部の主将としてインターハイにも出場し、高校はじまって以来の最も強い男だった。

彼の家は莫大な金持ちで、慶応大学時代ですら、彼の無造作な金の使いぶりは非難の的になったくらいである。高卒で公務員の親をもつショーンKとは学歴も暮らしぶりも違っていた。

しかし空手着の時は関係なかった。高校時代の富成誠治とKは一緒によく練習をし、そのあとで話しこむことも多くなった。

「男同士でベタベタ気持ち悪いよ」放課後に百合が話しかけてきた。

ホラッチョ川上と呼ばれたのをかばって以来、Kと彼女は仲良くなっていた。そうして富成誠治も加わり、授業が終わったあとは、自然と三人で遊びにでかけることも多くなった。将来、憎しみ合うことを知らずに。(続く


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※参考:新潮社「グレート。ギャツビー」フィツジェラルド 野崎考訳
※この記事はパロディでフィクションです。

※おまけ。大幅にカットした空手の話です。

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