見出し画像

“清廉潔白”非モテのボクが、『ワルおじさん』のせいで大変迷惑な状況となっているので、勘弁してほしい。

「不倫とかないよね」
と妻が聞いてきた。

テレビをつければ、
不倫、不倫、不倫、不倫、不倫。
タレント、コメンテーター、街頭の一般人、と皆が一様に深刻な顔して

「不倫中に家族のことを考えなかったのか」
「不倫はダメ、ぜったい。」
「不倫はイメージダウン。全てを失う」
というキレイな言葉ばかりが述べられている。

結果、その不倫の話題のせいで
“清廉潔白なボク”までもが、大変迷惑な状況となっている。

妻が言うには不倫は許せないそうである。万死に値するそうである。まさに穏やかな話ではない。ピースフルな我が家に「不倫」の二文字を持ち込み、そういう重いムードをつくった彼らの罪は重い。

不倫がこれほどまでに話題になるのは…

石田純一の「不倫は文化」発言を例外とすれば、「ゲス不倫」ブーム以来であろう。

思えば、あのときのショックは相当大きかった。

元気印で清純派を売りにしていた女性タレントが、オトコの離婚をちらつかせるゲス手口に見事にハマり、最後は自らが“卒論”を促すだなんて、ボクらメンズは女性の裏の顔、真の怖さを知った。

人は裏切られたとき、
イメージとのギャップがあればあるほど、憎しみは倍増する。このときの“ゲス不倫”がまさにそれで、世の中の反感ボルテージは、年間の流行語大賞にノミネートされるほどに、どんどんと増幅されていった。

しかし、あのときにボクは悟った。

そもそも表向きに清純派を売りにしていようとも、芸能界のような目立ってなんぼで熾烈しれつな争いを勝ち上がり、見事にチヤホヤされるポジションを掴みとった“清純派”と、一般人がイメージしている“清純派”を同じ枠組みとみるほうが間違っているのだ。

そもそも強烈な野心をもってぶっとんでないと、生き残れるはずのない世界。

音楽番組「MUSIC FAIR」の人だって、
SPEEDスピード”出世された国会議員さんだって、
その国会議員さんのかつてのグループの人だって、

不倫の事実を耳にしたときは
たしかにショックを受けたが、
そう思うと妙に納得できる自分がいた。

だからもうやめよう。
兎にも角にも所詮は他人の不倫。

他人様の恋愛事情にはイロイロな形があるし、ボクが上から目線で言うのもおかしい。

そんな他人様のプライベートを知って非難すること自体も立派な感情に走った行動であり、その意味においては同様にタチが悪いのだから(キリッ)。

と。他人の不倫については、意に介さずのていを保とうとするボクではあるが…

しかし、あえて今回の料理人は非難する。
ボクが非難するのは、彼の不貞行為に対してではなくおおやけに不倫発覚後の彼の発言に対してである。

ド派手な不倫を通じて
オトコの可能性をひろげてみせてくれた彼には感心し、ボクも改めて希望をもって、ダウンタイムを計算にいれて今年の年末にでも顔のシミをレーザーで焼きにいこうとそそくさと予約をとろうとしている今日このごろではあるが、

相手の旦那さんのことを
“抹殺されたらいい”
なんて言っちゃう暴言は、あまりにもヤバい。それがヤバいとわかっていないこと自体がもっとヤバい。

不倫だろうと純愛を貫くのは、そりゃいい。
所詮は他人の恋愛だから。
家族を捨てて憧れのアイドルとの再婚にひた走る。それもいい。
所詮は他人の恋愛だから。

しかし子を持つアラフォーおっさんが、
自身の新たな恋愛を成熟させるために現旦那に向けて暴言を吐くその姿は、
“恋は盲目だから〜”の高校生と同じノリで許されることがあろうものか。

子どもが不憫ふびん極まりないから
不幸だから。

ここでいう“子ども”というのは、
相手の子ども。

仮にこのおっさんの言う“純愛”が実ったとして、晴れて女優さんと再婚することができれば、この人がきっと相手の子どもの父親になるのであろう。
(長男を除いて)実の父親のことを“抹殺された方がいい”なんて言ったこのおっさんを、子どもたちは次の父親として迎え入れなきゃならないという地獄絵図じごくえず

たとえて考えてみよう。

仮にたて食う虫も好きずきで、現ボクとどうしても結婚したいというワンダフルでビューティフルな女性がいたとしよう。というか、いてほしい(願望)。
その女性が、現妻を“殺された方が良い”なんてマスメディアを通して発信し、そしてイヤンバカンとエキサイティングなボクの争奪戦を繰り広げたうえで勝利を手にし、次のママとしてやってくるとしたら、ボクはホクホクとスケベ心になるのはほぼ確定しているが、

いったい子どもたちは、
どんな気持ちになるであろう。
そう思うと、想像を絶する。

ボクらの世代に社会現象化したアイドルの心を掴んだくらいだから、きっとあのおっさんには素敵なところが多分にあるのだろうが、

そんな配慮もできないなんて、いったい子育てからナニを学んできたのだろうか。
いや、子育てなんてしてないでしょ。

それほどに冷静さを欠いた
とてつもなく身勝手な“暴言”であるとボクは感じた。

こんな暴言を吐くようなミステリアスな“ワル”が女性からモテちゃう不思議。

オッサンになってもやっぱり
“ちょいワルオヤジ” がモテるのだろうか。

冷静に振り返ってみれば、
中高の頃だって“ワル”は“ワルじゃない奴”より圧倒的にモテていたし、ワルは異性のみならず同性からも一目置かれていた。

正直、法に触れない範囲での“ワル”はもう、“ワルじゃない人間”の純粋な上位互換なんじゃないか、とさえ思えてくる。

じゃあ、なぜボクは「ワル」にならなかったのだろうか。

それは、なれなかったからだ。

振り返ってみれば、
子どもだからとおとがめ無くワルになれるチャンスは中学二年生時の多感な時期、あそこしかなかったが、あそこでちゃんとボクは茶髪にしてケンカに明け暮れて眉毛を細くしてチェーンをぶら下げておくべきだった。

単純に取り残されてしまったのだ。
常にワルに対する憧れがあったものの、どうしても不良になりきれず、ここまでズルズルと来てしまった。それだけの話だ。

そうか。
わかった。
ここだ。ここが大事だ。

「不倫とかないよね」
と妻の質問に対して

ボクは
「不倫してたらどうする?」
と、ワルを装ってニヤリと回答してみた。

しかし彼女は取り合おうともしなかった。
「は?あんたみたいな平凡な非モテが、不倫など出来るわけがない」
と思って高をくくっている。

見抜かれている。
悲しかった。
悲しみのあまり、湯船につかり涙を流した。

ワルは、ボクが
追いかけるほどに逃げていき、
近づくほどに遠ざかる。

そんな悲しい事実を突きつけた2人の不倫をボクは、やっぱりボクは絶対に許さない。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?