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5月7日 脳の排水

ぼくは丁寧語でひとと話すのが好きだ
静かでも 会話は重ねていける
じぶんのなかの言葉に潜る感じ
相手の言葉に その選択に 静かな視線をむける
それでいいじゃないか と おもう・・・?
いや ちょっと違うな

ひとことでいうのなら それは
元気ではないことを諦めた
いまは 元気 の理想像とは 随分違う
とても ゆっくりだ ゆっくり
それでも 動きがない わけ じゃ ない

4月のはじめからなんとなく 元気がでない
気が抜けている 肌から世界の温度を感じない
MPがない と友人はいった 
感覚的には これは HPでも MPでもない
なにが 抜けてしまったのか わからない

そのことで自分を悔やむ 責めていた
好きな自分から 程遠い 早く回復したいと 願った
元気を演じることも つらい というかできない
自分が主催したいくつかのことがあり
そこで主催の私がこのテンションでいいのかと
ずっとそんなことを考えていた

昨日(5/6)から それを随分受け入れられた
淡々と日々をすごす いや 少し違うか
ただ こういう時も あるよね というのではない
どちらがいい とかでもない
今の自分がすき というのでもない
いや 好きなのだが 好き という言葉 では言い表せない

心とか 体とか 精神とか 気とか
他にも色々あるんだろうけど
そういったもののチューニングが うまくいった?
というよりかは 腑に落ちた
腑に 落ちた 
はまった

今朝は ごはんをすごくゆっくり食べられた
いつもは「たくさん噛まないと」と思いながらも
ゆっくり噛めない すぐに飲みこんでしまう
それが 今日は すんなり ゆっくり食べられた
いただきます を あれほどスムーズに言えた
それは うれしいことだ
誇らしいことだ

朝起きてから すぐさま外に散歩に出かけた
そして光の入らない 真っ暗な部屋に入り 呼吸を繰り返した
光のない そして音の少ない 朝の時間
そして外の 美しい緑と 風の冷たさ
どこで眠りにつき 朝一番の風景になにを選ぶか
音がすくなく 光が外から染み出して来る
そんな部屋がよい

元気がない というのは いまのとは違う
気が ハツラツ としていない という感じか
浮遊感がある どことなく ものかなしい
涙がでてくれれば 楽なのに そう思いながら緑に目をやる
感情はあるんだ 石のように静かに
激しいものばかりが 思考や感情ではない

この静かな石に どのような目線を送るか

真っ暗な部屋で呼吸をすること
体がしている息に 耳を向けること
ゆっくりと 指を 手を 足を動かすこと
いただきます を 声にだしてみること
手書きと pcとを 何度も 行き来すること
小さな積み重ねに 気づくこと

日々の雑記
これは、脳の排水である
心の負荷を吐き出すこと
何度だって同じことを書いていい


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