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君が一番丁度いい

#君のことばに救われた

約8年くらい前の話。
長女が保育園に入園し、そろそろ働きだしたいと思い始めた矢先。
私の住む町で一番大きな書店が改装することを知った。

市内のパチンコチェーン店が営むその書店はカフェを併設する予定で、開店まで二か月あるようだった。独身時代、平日はカメラマンアシスタントや編集作業をし、週末はスターバックスで働いていたのでカフェ併設と知ると益々興味がわき、早速面接を受けた。

小さな町なので「スターバックスで働いてました」なんて人はあまり多くなく、採用後はアルバイトながらメニュー改善やオペレーション開発なども手伝うことができ、社会人久しぶりな私には十分な刺激があったのを覚えている。
一緒に働く同僚は同じくらいの年代からほとんどが年下だったので、大きなストレスもなく、今まで身に着けた少ない社会の話をどうみんなに伝えると店が良くなるか…そんなことを考える毎日だった。

店はバタバタと準備を終え、なんとか開店にたどり着き、みんなの頑張りで顧客様もついてくださるようになった。静かな書店の脇に心地よい活気のカフェ。ドリンクだけでなく、店内奥の狭い厨房ではオリジナルパスタも提供する。町では本屋としてみている人が多いけれど、私はここのパスタがなかなかおいしいことを知っている。だって、食いしん坊のバイトちゃんが社員にダメ出しを繰り返し、何度も試行錯誤してソース開発したんだから。

その頃の私といえば、子育てに必死ながら、昔からずっと胸の内にあった「起業したい」という気持ちをどう抑えようかと頭がいっぱいだった。21くらいから「30すぎたら起業」となぜか脳みそに張り付いているのだ。諦めようともした。何で起業なのかも定かではない。ただ、自分のミッションのように貼りついて剥がれない。もう呪縛だよね。

そんな中、いつも金曜日の昼過ぎにいらっしゃる60代前半の男性から声をかけられた。身なりをいつもきちんとされ、どこかの先生か物書きのような雰囲気を持つ白髪まじりの小柄な方。飲食店スタッフというとたまにとても横柄な態度を取る客もいる中で、その方は普段からにこやかな笑顔と一緒に会計を済ませ、静かにコーヒーを楽しむ様子が窺えた。そんなことから、彼の事を敬愛をこめ私たちは「教授」とひそかにお呼びしていた。

その「教授」がいつものように会計を済ませた直後、


ここはたくさんの人が働いているけれど、
君が一番丁度いいね。


と控えめな笑顔と一緒に私に伝えた。
一瞬何のことだかわからなかった。

そのあとすぐに「誰か失礼をしてしまったのだろうか」と焦った。
きっと顔にその焦りが出たのだろう、教授は声を小さくして続けた。

「いろんな人がいるけれど、声の調子や客との距離、店を気にする様子などやりすぎてもやらなすぎてもなんとなく違う。それは君が一番丁度いい」

褒めていただいたのだとわかると一気に安心した。
店へのクレームは何度かあったけれど常連様のクレームは特に気にしているから。そしてクレームではないとわかると徐々に興奮した。

なんて光栄な話なんだろう、と


私は三人姉妹の長女で、褒められるために勉強して、頑張り続けることが存在意義のような感覚さえある。でもこの言葉はすごい。

君が一番いい
でも
君が優秀
でもない

ただ丁度いい…ということなんだ

それは人それぞれの感覚だし、成績とは異なる。
でも私みたいながむしゃらな人間には

このままでいいんだ

と思わせてくれる一言だった。

その後私は国の補助金を申請し、お金を工面して自分だけの店を持つことになった。
「丁度いい」でまとめた場所を作ってみるのが起業のスタートのように思えたからだ。
私だけの10坪ほどの小さなカフェは今は無いけれど、何度も何度も教授からの言葉に救われた。仕事だけじゃない、生きるということに眩暈がするようなときにも何度唱えたか分からない。

きっとこれからも大事にする、一生の言葉をいただけたことが私の宝。

#君のことばに救われた #仕事#顧客#飲食業


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