「あみもの」一首選(前編)

短歌クラスタ内に暗躍する御殿山みなみ氏の謀略により、氏を発起人として、このたび、ネット連作サークル「あみもの」が産声をあげる運びとなりました。めでたい。
わたし自身も参加させて頂き、その創刊号に目を通しましたが、実に熱を持った連作ばかり揃っていて、一読者としてもうれしくなりました。
以下、各詠者の一首選とちょっとしたコメントを書いていきます。
改めて御殿山氏に感謝を。ありがとうございます。

端役でも名乗るシーンが与えられ友人の猫の名前で名乗る/屋上エデン

・SFやファンタジー色のまじった連作。自身を端役として捉える感覚を持ちながら、友人の猫の名前で名乗るところに奇妙なおかしさを感じる。ぬいぐるみの歌も好き。

お知らせがあります君と逢える日はいつでも勝負下着なんです/ミオナマジコ

・赤裸々なまでに情熱的な恋の歌の中に、どこか可愛らしい狂気を混ぜてくる。恋の物語の中に、ねじれを光らせてくる作品で、そこに惹かれる。

初ガラス夜のつばさをひらききるゴミの捨て場のつかのまの王/笛地静恵

・百年ごとに遡るという不思議な構成の連作。その時間的な流れが連作に重みを与える。掲出の一首の、初ガラスのそのあえかな権勢に美学を感じさせる。迫力のある歌。

少しでも心に残っていればいい 白く老いたる犬がいたこと/小澤ほのか

・老犬と甥2人を詠んだ連作。この歌に詠まれる白い老犬は、すべての若い命を見守る概念としても捉えることができると思う。命のリレーを詠んだ根源的な作品。

量産機モルガのような私だが空を見上げることはできるよ/あひるだんさー

・実は連作の元ネタがわからない。わからないのだけど、この『量産機モルガ』という語と、それに喩される私におかしさを感じ、また、空を見あげることに矜持が感じられる。

きんぎょばち朝の空気をふるわせて大丈夫だよ悲しくなっても/白川黴太

・今回の誌面のなかでも、かなり独特な表現技法を試している連作。個性的なオノマトペも目立つ。言語運びのなかに飛躍を持ち込み、そこから詩性を導いている。

まっ青に髪を染めたる少年の肩甲骨は眠りのさなか/伏屋なお

・髪色にフォーカスした連作。そのカラフルな色合いの中に、いろとりどりの物語を差し込む。実に色彩あざやかな作品と思う。

雪まみれ四十を前にはしゃいでる恋におちたいもう一度きみと/知己 凛

・年がいのなさを意識しながらも、そこにこそ惹かれる無邪気なようすがかわいらしい一首。下の句の、唄うような素直な感情の発露が心地よい。

真っさらなシャツの並んだベランダに血の色の雨が降りませんように/池田明日香

・実に不気味な景を幻視させる一首。その「おそらく起こりえないはずの未来が起こらないことを祈る」のは狂気を孕んだ行為で、だからこそ美しい。

聴かず嫌いばっかりしてる この曲もどうせ希望にまみれてるから/渡良瀬モモ

・憶測と偏見で勝手に絶望しているようで、でも、たぶん実際にその曲は希望にまみれているんだろうな、と思う。そうした善性への反発というのは大切な気持ちで、とても短歌的でおもむき深い。

この街のビルは墓石のようだけど五センチヒールのかかとを鳴らせ/夏山栞

・陰鬱たるビル街の景色の中で、高らかと己の生を見せつけるような力強さを感じさせる歌。五センチヒールという女性性への矜持が良い。あるいは敬礼と読んでもおもしろいかもしれない。

煙とバカは高いところが好きらしい神は煙じゃない方らしい/ただよう

・きれいな皮肉で、思わず楽しくなってしまった一首。神のような存在に、うらみごとを言いたくなるような一瞬というのはある。遠回りに皮肉ることで、短歌的なおかしさとして昇華している。

淑女のブーツのつま先の雪の結晶間もなくとけていつか還る空/小川窓子

・かなり破調なんだけど、口に出してみると心地よいリズム(個人的には二句と四句の後に休符がある)。ブーツのつま先の雪から、結句で空へと向けられる視線の移動がうつくしい。

初めての恋をしました(仮)まだ本当にするのは怖い/ガイトさん

・連作の八首すべてに仮の字が使われているのが特徴。掲出の一首、(仮)という軽妙な表記とは裏腹に、初恋という感情を持て余しているようなみずみずしさが伝わる。

すきとほる真冬の空に避雷針いつぽん刺さつてゐる朝のこと/小泉夜雨

・連作の起こりとなる叙景歌。心的なものを排除したすがすがしい景の歌だけれど、このあと教職を退く連作において「避雷針」というのはメタファーとしても読める。

でもこれはわたしのオーガズムなので君の手柄にしないで欲しい/ハナゾウ

・連作のタイトルが短歌になっていて、そのタイトルから。赤裸々な性の歌も交えながら、とてつもないパワーを放つ連作。おかしさのなかに、うつくしい怒りと叫びがある。

日記から微笑みかけてくる君が将来の夢かたり続ける/大西ひとみ

・清冽な挽歌として読んだ。幼馴染だろうか。友人の思い出を楽しく歌う中に、隠しきれない切なさを感じる。

ガラスごし名札たよりに吾子探すみどりごのみの異世界の中/有希子

・出産後、我が子を探す母の歌。下の句が実にうつくしく、新生児室に並ぶ赤子の景を異化された世界として生み出している。主体の感情と物語がマッチした秀逸な描写と思う。

コルシオの港に船を下りるときわたしはわたしというエトランゼ/天田銀河

・海外への船旅を詠む羈旅化連作。外国の地で自覚されてゆく身体感覚の妙がある。異国情緒あふれる連作のなかで「わたし」というものを見つめかえす視線がすがすがしい。

駅らしきものをくぐればふるさとで何もないけどここがふるさと/岡村和奈

・こちらは帰省というタイトルの羈旅化連作。異国へ飛びだった前者の作と違い、こちらは牧歌的なふるさと、そして過去へと向き合うことで自分自身の原点的な感覚を浮き彫りにしていくような作品。

オクラホマミキサーみたいに今日もまた違う彼女のブラを見つける/薊

・ルームシェアしている同居人との関係を詠んだ連作。「親友じゃない恋人じゃない」と敢えて詠むところにBLっぽさも感じる。同居人の彼女のブラというのがおもしろいアイテムチョイス。

90分で900キロ弱移動した神よ私をお許しください/くろだたけし

・最先端の科学を宗教的な冒涜として(あるいは逆に権威として)みなすというのは古くからあって、ただ、それを現在においてあたりまえの存在となった飛行機でやるというのが戯画的でおもしろい。

廃墟とう文字のごとくに浮き上がる名を失いしホテル深夜に/松岡拓司

・はつ夏のドライブを詠んだ連作。たしかに夜の道を走っていると、「廃墟」そのものであるかのようなホテルというのが出てくる。「名を失いし」という描写に切迫を感じる。

いつの間にミネラルウォーター買うことが普通になったのだろう僕らは/岡桃代

・たしかに子どものころは水を買うということの意味がわからなかった。でも、今はふつうに買う。そういう発見と共感の歌。あるいはミネラルウォーターをなにかの比喩として読んでもいいかもしれない。

定型にきっと収まる人生の田中と過ごしたとこだけ破調/木蓮

・ひたすら田中を詠み込んだ連作。読み進めるごとに徐々に田中という人物の像が浮き彫りになって、また、その田中を見つめる主体が影絵のようにうっすらと見えてくるのが楽しい。

投げるまで確かにあつた貝殻はいまはもうあの海中にある/萩野聡

・友人が海へ貝殻を投げる、というだけの三首の連作なのに、これがおそろしいほど詩になっている。ちなみに貝というのは万葉の頃から歌のモチーフにされるもので、生と恋の象徴でもある。


予想外にたくさんの参加者がいらっしゃいましたので、続きは後日、後編としてアップします。たのしい。

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