「あみもの」一首選(後編)

後半の感想を書いていきます。
前編はこちら → https://note.mu/champion8003/n/n3f3acbe0368c

帰りみち ふたりの影がそろうまで一緒に買い物いけたらいいね/宮下 倖

・お子さんと夕食の食材を買いにゆく育児詠。愛情にあふれた連作のなかで、掲出の一首は、てらいなく詠まれた言祝ぎとして慈しみに満ちている。ほほえましい作品。

何も予定ないけど化粧する 何も予定ないけど街へ出かける/九条しょーこ

・自分は化粧をする機会がないので、この連作の詳細な工程におののいた。これをいつもやるのは大変だなぁ…。主体の失恋を示唆する連作のなか、戦化粧のようにメイクを施した後の一首で、句割れのたどたどしいリズムとリフレインがおもしろい。

青春の走馬灯だねウォークマンで彼女のベストアルバムを聴く/西淳子

・軽妙でポップな文体の心地よい連作。J-POPを下敷きにした連作らしいのだけど、あまり音楽を嗜まないので本歌はわからない。けれど、この一首、ベストアルバムが青春の走馬灯だというのは共感できる話だ。聴くたびに蘇る青春の記憶。

冬休みオリオンを探しに行こう白に染まった街に足跡/龍也

・四季折々の空色を詠んだ青春の連作。あざやかな色のテーマとあいまってみずみずしい物語が見えかくれする。掲出の冬の一首、静謐な白色の景に、二句から三句のまさに踏み出していくような句またがりが絶妙。

この場所にいられるのもあともう少しチャイムは何回聴けるだろうか/典子

・卒業を控えた母校の景を詠んだ連作。そっと呟くような掲出の一首に、思わず自分の高校生時代を重ねてしまった。あえて「チャイム」というモチーフを選択することで、その背景にある主体の感情が滲み出ている。

全て終えただ手を握っていた(いつかわたしものたうちまわって死ぬから)/満島せしん

・医療に携わる主体の職業詠。臨場感にあふれた描写なのだけど、その一方でシーンを俯瞰するような冷徹な目を持っている。生と、死と、その狭間にあるものを誠実に詠みあげる連作。

あたしたち食べあうようなくちづけをして無花果の皮を剥ぎあう/雨虎俊寛

・エロい。でも淫卑ではなくて、どこか爽やかな性愛の連作。ジャミロクワイがわからなかったのでググったけど、かわいい…。イチジクは知恵の実を指す果実でもあり、行為の喩でもある。メタファーに品位がある。

釉薬を待つ器たち冷えびえとあなたはどこに行ったのだろう/ニキタ・フユ

・静謐な景のならぶ連作。作成途中の陶磁器の質感から、いなくなってしまった「あなた」へ思いを馳せる下の句の孤独への飛躍のような変遷がうつくしい。ほかの作品も、言葉になる前の感情を掬い取るような丁寧な歌がならぶ。

家(うち)にいてぐじゃぐじゃ考えているよりも行って働けそれが答えだ/諏訪灯

・就職に際した不安をてらいなく詠んだ連作の最後の一首で、おのれを叱咤するような作品。働くことに限らず、なにかをするに際し、思考よりも行動が大事になることは多々ある。生活に即した歌。

桃色のペインキラーよ子宮ごとわたしのくるしみみんなころして/海老茶ちよ子

・短歌には言霊としての一種の呪の側面がある。そして言語化できないものさえも、その韻律から肉体を通して表現を可能とする力強さがある。セクシャルなくるしみを寄せたこの連作を、尊い短歌の一形式だと感じる。

人ごみにまぎれた白い着ぐるみがずっと笑顔を崩せずにいる/白井肌

・「見つめる」という題の連作で、視覚的な情報に特化した形の作品がならぶ。視覚情報のなかで、その詠者が「なにを」「どのように」見ているかというのが浮き彫りになるのだけど、そこに見える感性の鋭さの光る作品群。

「気の毒な」はありがとうという意味があると知ってもなかなか慣れず/なな

・富山に嫁いだ主体の連作。義理の祖母の訛りが聞き取れないという作品もあって、言葉のギャップを感じさせる。たしかに「気の毒な」という言葉、意味を知っていたとしてもそこに違和感は覚えずにはいられない。

ドキドキを聞かせてみたいこの胸は君の鼓膜に感応してる/ことり

・どこか微笑ましい感じもする性愛の連作。月明かりの描写がいじましい。掲出の一首、鼓膜に感応しているというのが肝で、相手に聞かれることでドキドキが起きるという因果の倒錯のおもしろい一首。

しませんか涙生まれる営みを触れるだけでも破裂しそうな/彩瞳子

・「せんか集」のタイトルで「せんか」の縛りで詠まれた連作。掲出の一首には端書に「鳳仙花」とある。視覚効果のある歌なので、実際に作品を見てもらった方がいい。テーマに寄せつつ、倒置の連続がうつくしい一首。

虹ならば雨が降るのを待ちきれず空にかかった虹でありたい/月丘ナイル

・「サファリパーク」と題された連作。レトリックとメタファーが多用されるので、読みが問われそうな作品。個人的な解釈はあるけど、まずは各人で答えを見つけた方が楽しいと思うので、とりあえず沈黙しておくことにする。趣向がおもしろい。

酔っぱらいのカップルのセックスを視た 手をつないでるだけだったけど/御殿山みなみ

・先鋭的な韻律とレトリックで表現する世界を拡げようとしている野心的な連作。独特のリズムで作者の持つ独自の世界観を現出させようという気概がすごい。たしかにこれは定型を順守していてはできない短歌だ。


以上、43首。簡単なコメントを入れるだけでもなかなか骨の折れる作品量で、でも、どれも熱量を感じる連作ばかりだったのがすごく楽しい。乱文、失礼しました。

また知己凛さんが感想をわいわいと言いあう会を企画しているようですので、みなさまも、ぜひ、そちらに参加してみるのも楽しいと思います。

いやぁ、楽しかった!


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