あみもの第三号 感想十首


ひとりのみアセチレン・ランプ夜店番こっちを見てる金魚のひとみ/笛地静恵

・どこか昭和情緒のかおりの漂う連作。この歌には「不忍の梅は蕾か漕げボート」という端書がある。上野の夜店か立ち暖簾の、戦後日本の原風景としての、しかしどこか闇を含んだ描写がうつくしい。

寿司屋でのインターフェースは人であれ ちちはははもうパネルを見ない/松岡拓司

・寿司屋でもタッチパネルでの注文方式の店がある。ひとによっては手軽だし、管理も楽なのだろう。けれど「ちちはは」は昔ながら対面の注文しかしない。あたらしいものへの否定でもあるだろうし、あるいは、もっと単純にそのあたらしさへの対応ができないのかもしれない。変わりゆく世界のなかに、ある意味で取り残されてしまった者の悲哀がある。

校則は傘にもあるよとりあえずその変なのは持ってきちゃダメ/あひるだんさー

・かつて、あるいは現在進行形で厨二病のわたしにとっては非常に胸が痛い連作。引いてはみたものの、自分の過去が突き刺さるのでコメントできない……。あう。

ふるさとを模した火星の移住区のジャスコで今日もそうざいを買う/ルナク

・火星居住のテラフォーミング後のSF連作。ジャスコのそうざいがほのぼのとしているのだけど、連作としての象徴のひとつで、これは未来世界を舞台にしながらも、本質として変わらないであろうヒトの姿を丁寧に描いたものだ。賢治も羽衣もジャスコのそうざいも、あるいは胸キュンも孤独も焦燥感も。どれだけの未来でも地続きにあるということが詠まれている。

はじめての手紙に書いた詩を想う 泣かないためのさよならがある/貝澤駿一

・青春をうつくしく切り取った連作。連作全体に仕掛けたアレがおもしろい。上の句の「はじめての手紙」から下の句の「さよなら」までの一字あけで示される時間と感慨がきれいで、警句的な下の句が実景の伴う上の句によって説得力を持つ。

カレーパンを紙のつつみに入れながら店員はメロンパンを見ている/岡桃代

・ただごと的な一首なんだけれど、日常のシーンの切り取りのようで、店員の意味深長な視線にどこか不思議なおかしさがある。本当はメロンパンを買ってほしいのか。考えても店員の意志がとれないモヤモヤに趣がある。

人類と土星のために燃え尽きたあなたにせめて黄色い花を/StarLighter

・土星探査機『カッシーニ』に向けられた連作。題名も秀逸。カッシーニという存在を女性に見立て、その挽歌として詠みこまれている。こんなの泣いてまうやろ!

「死んだあと僕はみんなに愛される」と言って死んで愛された歌手/多賀盛剛

・今回の誌面のなかで個人的に一番好きな連作。けして語りすぎない控えめな言葉で、とても詩であったり、感情であったりを強く訴える作品。いいなあ。

あの日もし雪が降ったら付いていた名前のほうでたまに呼んでよ/小泉夜雨

・「もし」のなかに、たとえば今の自分が自分ではなかったときの姿を想像するのかもしれない。存在し得たかもしれない自分を、今の自分よりも大切にしたくなるような、そしてそれを誰かに呼ばせることで充足させようとする危うさ。でも、それはあくまで「たまに」であって、だからこそ一瞬の幻影としてうつくしく雪のように融けてゆく。

詰んだって思ってしまう 立ちションを桂馬と王の位置でされてて/御殿山みなみ

・ ○●○○●○○●○ 図で書くとこんな感じ。●のところが使用中の小便器で、要するに「どこにいってもだれかの隣になってしまう」という状況。これね、わからないひとにはわからないのかもしれないのだけど、すごく嫌なんですよ。この狭いところをよく詠んだなー、と思わず感心してしまいました。

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