嗚呼、黒歴史。

幼稚園のころ、毎日はしゃぎ過ぎて前歯を2本折った。

小学生のころ、自分で書いた全裸の人間のイラストが祖母に見つかってしまい、無言で捨てられた。

中学生のころ、買い食い禁止なのに精算の様子を先生に発見され、商品を没収される前に急いで食べようとしたら吐いた。

高校生のころ、文化祭で女芸人やって、この上ないぐらい滑った。

自分に黒歴史はありますか、と聞かれるとたくさんの思い出が出てくる。

だけれど、人生における自分のファインプレーは?と聞かれると、なにもない。

あと少しで成人式、3か月すれば20歳になることにも違和感しかない。

こんな私が成人になっていいのかと悩むのも仕方がない。

そんな私だが自分に少しの成長を感じる。
それは自分の黒歴史をこうして文章に表すことができていることである。

私自身、今まで黒歴史を、「ああ、恥ずかしい。人間のクズだ。友だちがまた一人減った。これを隠して生きていなければ坂本一家の恥だ。」と過度な主観で見つめていた。しかし、現在は「これをどう笑い話に変えようか」と黒歴史を客観的に考えるようになっている。

きっと、大人になるということは黒歴史を話すことを恥ずかしくならないことなのかもしれない。そして、更には貪欲に黒歴史から何かを学ぼうとする。

そのおかげで私は、前歯を折らない程度ではしゃげるようになったし、どんなに急いでいてもゆっくり食べるよう心掛ける、中途半端なボケは死んでも言わなくなった。

読み手の「こいつ、低能だな」という心の声はスルーしたい。


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年が明けたり、成人を迎えたりすると、SNSにはどうもキラキラした文章が並ぶ。

「素敵な女性になる」「周りを幸せにする」「メンタルをコントロールする」、、、。

キラキラから程遠い私には、こういったことが書けなくて少しへこむ。
毎日お風呂に入ることさえ億劫な私が素敵な女性を目指すことはしんどいし、
誰かに幸せを作ってもらうのなんて激しく遠慮という考えを私はもっている、それに前歯を2本折った奴はメンタルをコントロールするのではなく行動をコントロールするべきなのだ。

毎年、スマホの画面を通じてキラキラした文章と触れ合いながら、「ああ、今年はどれだけ黒歴史を生むのだろうか」と深刻に考えるのが私の年始のお決まり事。

それは少し気が重くなるけれど、どれほど笑いのネタを生むことができるかなと考え直すとなんだかわくわくする。

キラキラや幸せを取り繕った人間よりも、カッコ悪いことを笑って話す人間のことをかっこいいと思う人でありたい。
自分が経験してきたことを、自分なりに表現する人でありたい。

私の馬鹿さが丸出しになった文章だけれど、これを新年のあいさつに代えたいと思う。



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キャベツよりもレタスが好き
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ayk

コメント1件

前歯を折るほど、はしゃげるあなたは、基本お調子者の根明な人なんだと思います。
この文章からは、あなたの人間性の魅力が感じられます。
立派に成人されたと思います。
おめでとうございます。
これからも心の襞を豊かにふやしていってください。
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