歩幅 II


オーケストラがいる舞台は初めてだった。前方の席だったとはいえ音楽が耳の近くに聞こえてきて体全体で舞台を観ているようだった。効果音や照明も派手でミュージカルのような演出がメインだった。

これなら大丈夫。少し緊張がほぐれた。じっと観続ける舞台よりも観客も揺れるような状況であると確信したからだった。案の定啓介も片肘をついてリズムを取るような動きをする時もあった。


ふと気づく。舞台の中で1人、私の目が追っている男性がいた。汗をもみえるこの位置でその人だけをずっと観ていた。カーテンコールまでずっと彼だけをみていた。


終演後、啓介の知り合いだという方に挨拶に行った。レコード会社所属の若いアイドルの子だ。『啓介さぁん!ねぇ、最後手ふったんだよぉ!見えたぁ?』え?あれ俺に?いや見てたけどあそこらへんみんな関係者だろ?そんな会話をしていた。私はさっきの彼の名前とか経歴を調べたい気持ちを持ちつつ目の前の女の子の啓介への振る舞いと私が見えていない状況に居場所がわからなくなりつつあった。『ねぇ!写真とろーよぉ!ブログあげていいっ?』啓介はあぁと言いながら携帯を私に渡してくる。はい、撮りますっと画面をみると女の子は啓介の腕をがっしり掴んで肩に頭をのせていた。


みおちゃん!打ち上げ会場ね…

あの彼が2人の背後に現れた。


慌てて壁へと隠れ『えーー!ごめんなさい!写真撮ってる中でしたね!入っちゃいました?すみません』1人で喋ってそのまま戻っていってしまった。大丈夫です写真入ってないですよと聞こえてるかわからないけど返事をした。


啓介と会場を出る前に、パンフレットが欲しいとねだった。『珍しいじゃん、結構面白かったよな!』うん、結構面白かった。楽しかったね。パンフレット一冊抱えて劇場を後にした。

駅の近くは他の観客達と時間帯がかぶって混んでるだろうからと少し歩いて東京駅にある蕎麦屋に入った。

啓介はビールと枝豆と天ぷらの盛り合わせを頼んだ。私は鴨せいろと…たまご焼き食べるよね?そういって2切れくらいもらうのが丁度よかった。

料理を待つ間、パンフレットを開いた。

向かいでビールを一気に半分まであけた啓介が言う。知り合いが出てるとさ、やっぱりその子ばっか見ちゃうわけよ。すると全体の話がさっぱり分かんなくなるんだよな。

普段なら少しの嫉妬心が湧いてきていたかもしれない。『って事はさ、今日はずっとあの女の子の事しか見てなかったんだ?へぇ〜?』と意地悪を言っていたはずだ。けれど今回は私もそうだった。1人の人を追いすぎて途中からストーリーどころじゃなくなっていた。

パラパラとめくったが一度では彼を見つける事ができなかった。無言で見続けていたことに気付き慌てて啓介に話かける。さっきの女の子もそうだけどさ、舞台上とこういう写真じゃ全然顔が違うね!出てた人が一致しないよ〜!というと当たり前だろ!つけまつげを2枚重ねてつけてる奴だっているらしいぞ。と笑いながらビールを飲み干し、もう一杯注文する為の右手をあげていた。


福井 蒼太 1985年生まれ 東京都出身

今回で5回目の出演です。先輩達からたくさん吸収し、後輩達にたくさん吐き出していきたいと思います!!



こんな少ない情報だけでも彼のなにかを知れたという事が嬉しく思えた。さっき交わした会話のようなそうじゃなかったようなことも思い出しては胸がきゅっとした。





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