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社長になって2年っていうはなし

タイトルの通りです。2021年3月8日に会社作って社長になったので、2023年3月8日をもって丸2年ということ、そして3年目に突入する、わけであります。

2年間この立場をやってきて、正直初めてのことすぎて難しいことばかり。人生で経営を学んだことはなく、ぶっつけ本番。林業の会社ですが、林業に出会って丸一年くらいのタイミングで会社を作ったので、林業の世界もわからないことだらけ。あまり知識がないほうが逆に怖いもの知らずでできちゃうのかもしれませんね。

毎月数件取材を受ける私、良くも悪くも大体過去に答えたことのある質問ばかりなんですね。その中で先日まともに答えられなかった質問がありました。
「会社を作って大変なことはいっぱいあると思いますが、よかったことは何がありますか?」
……いや、、そんなん考えたことなかったなと。。この立場になっていないと出会えていなかった人とたくさん会えた、という点は間違いなくあります。でもそれ以外って…。あまりないかもしれない。

会社ができてからの成功体験が少ないのかもしれませんね。今後は少しずつでも成功体験を積めるように、小さい成功を重ねていこう!という新たな目標が今はあるんですが。ひとまずこの記事ではこの2年間をざっくり振り返って、(ほとんど反省文になりそうだけれども)学びを書いておこうと思います。いや、ライフハックみたいな誰でも明日から活かせるような知識ではなく、あくまで数年後の私自身が振り返って読んだときに鼻で笑えるようにするのが目的です。ではどうぞ。



1.会社設立

2021年3月8日、会社ができました。作ったことない人向けに説明すると、人間が生まれるのとは違って、会社の誕生日はある程度自由に決められます。ですが法人番号の指定には若干のタイムラグがあるため、法人番号ができた日は3月10日になります。今回は司法書士さんに設立を丸投げしていたので、後日「そういえば設立できてます」みたいな連絡をもらったので、あまり設立したその日の実感はないですね。

実は会社を作る準備は2020年の6月頃からやっていて、毎週曜日を決めて夜にミーティングを開催して話し合っていました。どのような会社にするか、何を目指すか等の理念、会社名、お金の面、、まあ色々ですが。(正直あまり記憶にない)会社って作ったら怒涛のように前進し続けるしかなくて立ち止まれないので、ここに時間を割いたのは今思えば間違っていなかったなと思います。



2.仕事がない

設立の次が仕事がないかよ…笑 と思いますが、本当に仕事がありませんでした。設立までに精いっぱいすぎたのか、その先のことをあまり考えておらず…。周りの取引先になり得る会社からしたら突如この世に会社が生まれたわけで、その準備も何もしていないわけですね。仕事がないのは当然でした。

ちなみに4月から6月まで仕事がありませんでした笑 1ヶ月で仕事尽きていました。結局、主に行政にお世話になってなんとか当時の従業員の4人分の仕事が入りました。設立時に用意したお金は一瞬にして溶けましたね。ちなみにそれ以降はなんとか仕事が途切れることはなく、なんとかやっています。



3.会社のこと考える時間がない

設立一年目は結構私も現場の最前線で仕事をしていたため、事務作業は領収書を記録することくらいで精いっぱい。設立以降ほぼすべての事務作業を放置し続けたまま、週4日くらい現場で重機乗って山仕事していました。というのも当時他の会社さんと一緒に仕事していて、状況的に週2くらいしか休めず。それでもあの社長は全然仕事しに来ねぇって文句ばかり言われていました。

他の会社からの信用とか、次の仕事につながるチャンスとか思って頑張っていたけれども、その見えないもののために我が身と会社を粉にして戦い続ける必要はないですね。まあ、会社のこと考える時間を十分に持てていないのは、今も慢性的にそうなんですが。脱却したい。脱却するにはゆとりが欲しい。ゆとりのためには働かなければならない。あぁ。



4.新事業の立ち上げ

2021年3月から11月頃まで、林業一本で事業をしていたのですが、パン屋の経営にも手を出すことになったわけです。7月頃だったかな、パン屋の施設を借りる公募があって、手を挙げる前に会社の従業員に相談したとき、全員賛成だったけどな。いざ始まってみたら「本当は反対だった」とか言われるんすよ笑 別に全く怒っていないしいいんですけど、結局仲間や他人からの会社に対する発言って責任を伴わない。まあ当然のことですね。もちろん聞く耳は持ったほうがいいですが、最後の最後は自分なんだなと。

そしてパン屋を12月にオープン。金土日の週末限定で販売。これは営業開始前に想像ついていたことですが、林業は基本的に平日が作業日なので、パン屋が始まると毎日どこかで誰かしら働いている状況が生まれるんですね。いつどこでどのようなトラブルが生じるかわからないので、まあぶっちゃけ心はなかなか休まらない。どこかで何かが起きたら駆けつけなければならないかもしれない。それは今も変わらずですね。



5.自分の立ち位置がわからない

私は11月くらいで林業の仕事の第一線からは退き、12月からはパン屋の運営の第二線?林業は第三線??くらいにいて、第一線にいるものがなくなってきたんですね。これっていろんな意味で危うくて、まずは自分自身を見失いそうになる点、そして従業員からの視線が厳しくなるという点。

この頃から私のやっている仕事がお金に直結するものばかりではなくなってきました。事務作業だけでなく、メディア対応だったり、なんかの会議だったり、営業だったり、掃除だったり。本当にこの働き方でいいの?という葛藤は正直あります。でもこれってきっと簡単になくなる葛藤ではないです。そしてそれ以上に、実態のある労働をして対価をもらっている立場である従業員と、見えにくい労働をしてよくわからない役員報酬とやらを貰っている私との間に、知らずのうちに壁ができがちです。


6.議会で否決

なんと懲りないもんで(というか当時はパン屋オープン直前だった)、実は11月くらいにもうひとつエントリーした新事業の案件がありました。村が所有するキャンプ場の運営ですね、これにも手を挙げました。その結果、村役場内での話し合いで弊社が指定管理先にふさわしいということになった模様ですが、その承認を得る場である議会で否決。しかも4月からオープンさせるつもりだったものの、3月中旬に否決されたんですね。次の議会が5月下旬だったので、この瞬間ゴールデンウィークの収入が吹き飛びました。

まあ、別に全く落ち込んでも恨んでもいないんですけど、ちょっと心の準備が狂ったなという程度で。逆にパン屋のこととか、その先のキャンプ場のこととか考える時間ができたと思って前向きになれました。なんでもトントン拍子に物事うまくいったらつまらないし。いや、1~5までもうまくいった話なんて全くないんですけどね笑



7.さらなる新事業の立ち上げ

ということで前述の通り、無事5月の議会を通過しキャンプ場の運営を任されることになりました。まあ正直やることが多いんですね。掃除、準備、地図作成、マニュアル作成、役所への届け出、、当然のことです。ですが今振り返ってみたときこれは盲点だったと思うのは、3つの事業全てが手足を動かし続けなければならない労働だったことですね、つまり数ヶ所穴埋めの必要が出てきたとき手と足が足りないんですね笑

実際にパン屋とキャンプ場で欠員が出たときは、私がパンを焼いてからキャンプ場のチェックインに行ったり。林業の仕事では重機に乗れる従業員が少ないので、3時台に家出て現場に行って重機使う仕事をして、朝には戻ってきてパン屋やキャンプ場で仕事したり。みたいなことが起きるんですね。手足が足りないのも勿論ですが、資格や技術の持ちすぎもよくないなと。正確には自分と同等以上の資格や技術の持ち主は数名いるべきだ、ということですね。



8.二人の自分

二重人格みたいな書き方ですが、否定はしません。二人の自分です。古川という人間そのものと、経営者としての立場の古川、の二人です。私は高校生の頃くらいからかな、我ながら思う結構なお節介野郎でして。同じコミュニティ内に仲の悪い二人がいたら、なんとか仲直りさせようと働くタイプでした(と思う)。双方からじっくり話を聞いて、すぐ解決しなくても長い目で見てプラスになるようにと願って行動していました。

まあ数々の出来事をきっかけにだんだんとお節介度は下がってきたのですが、それでも根はお節介系な面があるんです。このことが経営者古川にとってひとつの障害になります。社内でもめ事が起こったとき、双方から話をじっくり聞いて解決を目指すという手もありますが、その解消するかもわからないもめ事の解消に時間を割くのは無駄だ、と割り切ることも大事です。私は愚かなので、それに気が付くのに時間がかかりましたね。想定以上に時間を割いてしまった案件もいくつか心当たりが…。



9.身体もメンタルも大事

これまで色々書いてきたので、なんとなくまとめになるんですが。身体もメンタルも限界がある貴重な資源なので、何事も無理しすぎないというのが大切ということです。こんなこと言われなくてもわかる、と思うでしょうが、いざこの立場になってみると無意識のうちに頑張りすぎちゃうんですよね。たいへん闇が深いです。

わかりやすい防御法としては、スケジュールを詰め込みすぎないとか、リフレッシュの時間を設けるとかが考えられます。ほかの防御法として、「選択を迫られた場面でメンタル的に楽な方を選ぶ」ということがあります(最近気付かせてもらった)。どうしても利益だったり、社員の雇用だったり、目先の満足度だったり、優先しなければならないものに囲まれているので、その中で自分自身のメンタル第一の行動をすることは多少勇気がいるものですけどね。

まあ、常にメンタルハッピーな選択をしていてもいけないんですが。頑張りどころ踏ん張りどころはしっかり立ち向かって、厳しいときには無理せず手を引いて、私にはまだまだ当分の間この訓練が必要そうです。



10.感謝

さて、この2年を振り返ってみると本当にいい出来事少なすぎるな…と思えてしまいますが。冒頭にも書いた通り、人にはたいへん恵まれた2年間でした。

メディアに多数取り上げていただき、20本くらいは私や弊社の事業のことで記事にしていただけたのかと。ド田舎の弱小企業とは思えない取り上げられ方で、ありがたい限りです。また数々のイベントでの登壇の機会をいただき、昨年末には群馬県知事と数回面会するなど、貴重な経験をありがとうございました。

またキャンプ場の運営は決して楽な道のりではありませんでしたが、「たいへん愉快なおじさま方」に恵まれ、多くの面でサポートしていただきました。キャンプ場の整備、HP作成、IT関係などという実務面もたいへん助かりましたが、存在自体がとても心強かったです。今後ともよろしくお願いします。

地域の方々、近隣の業者の方々にもお世話になりました。散歩中のおばあちゃんが朝礼後のラジオ体操一緒にしてくださったり、パン屋で仕事していたら通りすがりの同業者の方が「知事とのYoutube見たよ!」と声をかけてくださったり。ありがとうございました。

そして何よりも一緒に働いてくれた従業員の皆さんですね。これは既に退職された方も含めです。こんな生まれたてほやほやの会社にジョインしてくださって、ありがとうございました。ありがとうございます。かなりいろんな意味で厳しい局面が多かった2年ですが、なんとかここまで来られたのは奇跡のようで、誰か一人でも欠けていたらダメでした。これからもよろしくお願いします。



そんなところです。大学時代を思い出すと、身の回りのほぼすべての人が就職か進学という手段を選ぶなか、私はどこにも属さないという判断をして。どこにも属さないからには、属した人よりも大きな学びを得ようと努力して。その頃から学びや能力を測る物差しは独自に持つしかなかったんですが、いよいよその物差しがこれまで以上に迷子になりつつあります。

他人と比べること自体が本来ナンセンスなんですが、全く比べないのも人間社会を生き抜いていくには厳しい話。特に人口の極端に少ない地に住んでいると、比べないのが当たり前すぎて比べることを忘れてしまうというのが正直なところです。バランスが難しいですが、もう少し攻めても戦ってもいいのかなと振り返っています。



さてさて。もう一度言いますが、この記事は起業したい人向けのライフハックではなく未来の自分のために書いたものですからね。

5年後の私は、この記事を読んで鼻で笑っていますか?それともまだ今と同じように模索中ですか?


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