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ひげそりのこと 2.

フィリシェーブで鍛えられた僕の髭は、毛根の量こそ多くはないものの人並みに太くなり、伸ばせばちゃんと生え揃って髭の体をなす程度にはなってきている。

それでも生えるエリアは鼻の下と顎だけで、ユダヤ人や山男のようにもみあげから顎、鼻にかけて全てつながるなどということはなく、今後死ぬまで鍛えても、そうなる体質ではなさそうだ。

髭の多い男には少なからずコンプレックスを感じながら生きてきたが、いざ髭の多い男と髭談義になると、彼らは「髭の苦労」を切々と語り、僕の髭の薄さのほうを羨まれる結果になる。

そんな僕も3日も髭を剃らないと小汚いことになる。(ここで髭の多い男に羨ましがられる。髭の多い男たちは1日に二度剃るというのだ)一週間我慢すればちょっと見られる髭になるのだけれど、そこまで我慢がなかなかできない。

今でこそ会社員になって規則正しい生活をしているが、去年までは糸の切れた凧のような生活をしていて、すぐにフラフラと何処かに行っては周りに迷惑をかけていた。全く無軌道無計画なものだから、持ち物も着替えが一着あればいいというような状態で、歯ブラシは出先で調達は当たり前だったが、髭剃りだけは使い慣れたフィリシェーブでなければいけないと思い込んでいた。

しかし、髭剃りだけいそいそと用意して出かけるはずもなく、出かける時は1日も髭を剃らずに帰ってくるということが続いていた。

ある時、出先に電話がかかってきて、帰宅予定日の昼から打ち合わせをしたいと告げられた。自宅に戻っている時間はなさそうなので、打ち合わせ現場に直行することになる。

その時は一週間ばかり旅に出ていて、髭が生え揃ってき始めていたが、初対面の人も打ち合わせに参加すると聞いたので、髭を剃っていきたいと思った。「髭の男」という印象を避けたいと思ったのだろう。

だが、無計画な旅に髭剃りは持参していない。思いついたのは百均だ。百均でT字型の髭剃りを買って、どこかのトイレの洗面所で生え揃いつつある髭を剃ればいい。

はじめての手動髭剃りが、ゾーリンゲンでもジレットでもない百均でいいのか?という迷いがガジェット好きの僕のアタマを一瞬よぎったが背に腹はかえられぬ。電話を切った僕は百均へと向かった。

売り場に立って驚いたのは、今までは全く興味がなかった(手動)髭剃りコーナーがなんとも充実していることだ。

十本入りで100円というものもあれば、一本100円で勝負しているツワモノもある。しかし、一見ではその一本に対する品質の差は見極められない。もちろん、一本100円のものは「柄」の部分は多少装飾的にはなってはいるが、柄のデザインはこの際まったく重要ではない。重要なのはあくまで刃の切れ味なのだ。

その点十本100円の髭剃りの刃の性能が劣っているようにも見えなかったが、十本あっても多分もう二度と使わないであろう物を買うのは資源の無駄遣いだと思い、間を取って三本100円のものを手に取りレジへ向かった。

レジまで歩く途中で女性のグルーミング用品のコーナーがあって、そこにも各種の毛剃りが並んでいた。そこで僕はオッと思う商品を見つけ、手にしていた三本100円を元のコーナーに返し、その女性用の毛剃りを迷わず買った。

それは「腋剃り用」と堂々と書いてあるもので、一本刃なのだが刃に細かに波模様が刻まれていて、毛を逃さずに剃れるような視覚的効果があるものだった。男性用髭剃りコーナーにはそういったものはなく、なぜか一見で僕はその刃に入った波模様にイカれてしまった。と言ってもたかだか四本100円のものなのだけれど。

結果は大成功で、水で濡らしただけの顔面の髭がゾリゾリと剃り残しも髭剃り負けもすることなくツルリと剃れた。

腋の下とは言え、女性の柔肌を傷つけないような工夫も、この波カットには施されているのだろうと僕は勝手に解釈した。

一回しかしないだろうと思った手動髭剃りだったが、その女性用の腋毛剃りに惚れ込んでしまい、旅先だけではなく、今では洗面台に常備するようになっている。

あのファンシーな色使いもそれほど嫌いではない。

続く。


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