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怪我の功名と高すぎた授業料

趣味の自転車歴が24年ほどになりますが、私じつは結構な頻度で怪我をしているんです。
それも擦過傷、打撲だけでなく骨折レベルまで様々。

骨折事故のうち入院が3回、そのほかに肋骨や手指骨折を受診せず自然治癒させたことも併せると、前科はいかほど(;^ω^)

ところで経験者なら解るかもしれませんが、怪我をして初めて自分の潜在能力に気づくことってありませんか?

普通に考えたら怪我をすると出来ないことが増えるだけですが、実際には逆にありえない力を発揮して不可能を可能にしてしまうことがあったように思います。

たとえば左手首を骨折した時、術後2日くらいまでご飯茶碗が持てませんでした。痛みはないのですが、浮腫みが酷く手指を操れないからです。

そこで閃いたのが、手指に輪ゴムを巻くこと!
そうしたらゴムが手指の力を補ってくれるから、物をホールドできることが判ったのです。

この輪ゴム技は他にも、酔っ払って頬杖で転寝した結果右手が一時的に麻痺してしまった時にも役に立ちました(そこまで酔うなよって話w)。
右手にペンを握らせた上から輪ゴムを巻くことで、何とか書き物くらいは出来ていました。

身体が不自由になった事で、普段は考えもしないような発想が出てきたりするものです。というかそうならない方がいいんですけどね(笑)

また足首と脛の骨折では、幸い松葉杖が得意であまり行動に苦労した記憶は無いですが、ただ入院生活の制約に少々抵抗したことがありました。

夜中に喉が渇いて自販機を使ったら「皆さん寝てるので(音がする自販機は)ご遠慮ください」と言われ、ついカチンと来てしまい。

午前3時に得意の松葉杖を駆使、こっそり入院病棟を脱出してICU・透析棟の自販機へ。

こういうときの悪知恵って働くもので、松葉杖の音が響くのはネジのせいだと判ったので増し締めし、トイレに行くふりをして廊下の反対側に抜けそのまま階段へ。

まあ院外にお酒買いに行った訳でもないし、可愛いものじゃないですか。

このときは他にも色々頭を使っていたように思います。
ペットボトルダンベル、片足スクワットなどベッドサイドでの自主トレ法を考案するなど、今思い出すと結構不自由を楽しんでいましたね。


これに対して、意外と途方に暮れてしまったのが頭部強打で入院した時(まだあるんかいw)。

今から4年半前。自転車の長距離の大会中に、転倒したみたいです。みたいですと言うのは、記憶が無いからです。

「せーの!」ガシャン!!
と救急車のストレッチャーが上がった瞬間意識が戻り、「なんで私がここに?」と思っている間に救急車は動き出します。

救急隊員に何が起こったか訊こうとしたら「動かないで!」と制止される。それでキョトンとしたら「呼名反応なし!」って…

えーーー!!! 生きてるけど…

CTとMRIの結果、頭蓋骨骨折、脳挫傷と診断。
そう宣告されても自覚症状はなく、なんで自宅から530km離れた岩手で入院しなければならないのか?ピンと来ていませんでした。

頼れる人もおらず、そのまま独りで入院。その後5日ほど経過観察しましたが、幸い特変ありませんでした。
救急病棟だからか、男女同室だったのにはびっくりしましたが、もともと女を捨てていた(笑)のでそれほど気になりませんでした。

そして退院するときも手続きはぜんぶ独り。ペラペラの病衣1枚で点滴ぶら下げたまま院内を迷子になりながら窓口ぜんぶ廻るのは、さすがにしんどかった。

この時はとても楽しめる状況ではありませんでしたが、それでも自分の逞しさとサバイバル能力を再認識することにはなりました。痛みがあった訳でもないので、ナースコールも一度も使用していません。

また旅支度のおかげでアメニティーのレンタルが要らず、病院の会計は入院費だけで済んでいます。

ところが!事故の現場検証があるため退院即帰宅とはいかず、結局盛岡のホテルにもう一泊。
警察までの移動もあり、金額は忘れましたがトータルではかなりの出費になってしまいました。


つくづく、遠隔地での交通事故だけは遭いたくないものですね。
これ以降、自転車の乗り方が安全志向になったのは言うまでもありません。

いずれにせよ、怪我はしないに越したことはありませんが、万が一不自由な境遇になったら、知恵と工夫で楽しみに変えてしまうといいでしょう。
そうすれば自分の逞しさに気づくというもの。

但し現在はコロナ禍で医療のひっ迫状態が続いています。間違っても趣味が原因で病床を塞ぐことの無いようにと考えます。











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