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雨の日はしょうがない

一昨年デンマークのフォルケホイスコーレに留学した際、殆どの授業が全く経験のないデンマーク語であったのだが、一部国際留学生のために英語の授業があり、必須の科目であった。その中の一つに国際政治というのがあり、これは世界で起きている様々な問題や、政治の歴史的な流れをレビューして考察を加えるという内容だった。一貫した教科書があるわけではないので、話は結構広がることが多く、民主主義とは何か、紛争に巻き込まれたらどうするのか、アメリカはどうなるのか、ヨーロッパの国々の関係はこれからどうなるのか、大変自由に意見を出してそれについて隣の人と話し合ったりして、刺激的な授業だった。時にはアラブの春で影響を受けた国々を並べて、それらの国々はその後どうなったか発表する宿題が出たりした。

ここで受けた授業について印象深かったことはやはり、個人に、自分に焦点を当てているということだ。一つの現象を前にして、その意味を考え、自分で決めて行動することを絶えず繰り返していたような気がする。目の前で暴力事件が起きたらどうする? 警察に電話する?OK、ではクーデターが起きて、国が割れて戦い始めたらどうする?最愛の伴侶が敵側に属するとなったらどうする? など、ルワンダのドキュメンタリー映画を見せたりして考えさせる。こういったものはあくまで自分が主人公であった。いつでも自分が何かを決めていかなければならないという社会なんだなと感じたものだ。あまり日本では考えなかったことなので、新鮮でもあり、楽しい経験だった。

NHKの長寿番組の一つに「みんなの歌」がある。私も小学校の時からたのしみにTVで見ていて、覚えている曲も何曲かある。楽譜を買ったりテープレコーダーで録音したりしたものだ。その中のひとつに「雨が空から降れば」というのがある。記憶がちょっと怪しいが、たしか、雨が空から降れば、思い出はにじみ、どうしようもない。みな雨に濡れてしまう。しょうがない、雨の日はしょうがない。というような、なんともしょうがない歌だったように覚えている。しかしこの歌は何か独特の懐の深さを持っていた。だから今も印象に残っているのだろう。この「しょうがない」というのは、諦めということだが、日本の歴史の中で抗うことのできない災害などに対してそれを受け入れてなお屈せずに進むためのしたたかな知恵だったのではないかと思う。ここでは主人公を一旦自然に明け渡して、しかし屈することはなく助け合って生き延びる強さまで感じる。まあ私だけかも知れないが。

デンマークではストラテジ(戦略)という言葉をよく聞いた。AがダメならB、それもダメならCという具合になって、とにかく考えて行動して生き延びるという力強さである。ここにもまた、文化の違いとともに、精神性というか、気持ちの色というか、そんなものを感じたことだった。

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