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〇ドボクスキーの旅 in 広島〇 ③宮島を訪れる

土木学会全国大会で、広島に滞在していました。広島と言っても、初日は平和記念公園に隣接した広島国際会議場、2日目は、東広島市にある、広島大学、そしてこの3日目(9月15日)は、広島市の西にある、広島工業大学に行きました。分散開催となった今回の大会。移動は大変ですが、その分ドボクスキーな人には、いろんな場所を見られるメリットがあるものです。前回は安佐南区の土石流災害の伝承館と、広島大学近くの西条を訪れました。(前回の記事はこちら)

今回は、広島工業大学に行く前に訪れた、宮島への訪問記録を紹介します。

■広島駅近くを少し散策

宮島に向かう前に、広島駅前を散策しました。

広島駅近くに架かる、栄橋。戦前から残る、被爆橋梁の一つです。
栄橋の隣の、栄橋水道橋。こちらは栄橋よりもさらに古い被爆橋梁の一つ。
広島市の下水マンホール。折り鶴をイメージしているでしょうか。
広島駅の西側には西側には、
ちょっとしたせんべろの飲み屋が並ぶ一角が。
ひっそりとJR線をくぐるアンダーパスが。
【二葉第一架道橋 国鉄中国支社、竣功 昭和42年】
富士フィルムの古びた看板、いい味出しています。

■広島駅前の工事

ただいま、広島駅は、大改造工事の真っ最中です。現在広島駅付近をぐるっと回っている広電の線路を移設し、駅の2階コンコースに直結する工事が進められています。

南側から広島駅のビル建設現場を見たところ。
まだ広電が走る軌道(2階)の高架橋基礎が見え始めた状況。
ビルに、軌道を受ける土台部分ができているのが
見え始めています。
駅前から南に伸びる道路上に、広電の新たな高架橋の
基礎ができ始めています。
地下道部分にある、工事の説明看板。
恐らくここまでの大改造が進んでいることを知らない方も多いのでは。
地下では、土木学会のパネル展示が実施中・・でしたが、
残念ながら観覧時間外だったので、遠巻きに見るだけでした。。
仮囲いの中の、案内サイン。
行先が見えないせいか、すごくわかりにくかったです。。
今の広電の電停。工事が終わると、
路線の形も様変わりしていきそうです。

■宮島に向かう

広島駅から、宮島方面に向かいます。
宮島口駅に到着。今も含めて
沢山の観光客で賑わう駅です。
ホームの端部の、一段低くなった部分にも入れる状態です。
かつては長大編成の客車列車が停車していました。
その部分で見つけた、「しおじ」「つばめ」の標示。
かつての在来線特急の乗車位置を示していたのでしょう。(鉄ネタ(笑))
現在は、「トワイライトエクスプレス瑞風」が停車します。
宮島口駅の駅舎。ちょっぴり昭和の匂いが(笑)。
こちらは、広電宮島口駅。
宮島口駅のフェリーターミナル。
JRと松大汽船が2社運航するターミナルです。
旧:大野町のマンホール。
この地域は今では「廿日市市」となっています。
フェリーに乗りこみます。
わずか10分程度の船旅ですが、とても趣があります。
厳島神社の鳥居と、フェリーの組み合わせ。

■厳島神社を行く

宮島に到着。JRのフェリーは、ここでは呼び名は
昔ながらの「連絡船」という表記が残ります。
宮島のフェリーターミナル。立派な施設です。
平清盛像。厳島神社を今の形にしたのは、
この方だと伝えられています。
同じく、「日本三景碑」。
厳島神社と言えば、鹿。
奈良公園と比較すると、とてもおとなしい良い子ちゃんです。
厳島神社に向かう参道。観光地ムード満点です。
厳島神社には、多数の灯篭が奉納されています。
こちらは、「阿州藍屋講中」。徳島で藍染めを扱う商人でしょうか。
こちらは、「広島米取引所仲買人衆」とあります。
西日本の舟を使う商人たちが信仰する神社だったのでしょうね。
厳島神社の鳥居。ここにあるということは、
表参道は、海から、ということになります。やっぱり舟が主役。
拝殿全体を見たところ。厳島神社は、社殿が整備されましたが、
元々は船乗りがこの島の山の形を神々しく眺めていた、
一種の山岳信仰が由来だったのだそうです。
寝殿造を取り入れたとされる、拝殿。
平清盛が整備したとされています。
何度も台風等の被害を受け、修復を続けています。
大変ですが、その分皆さんから信仰されています。
本殿の前から鳥居を眺めたところ。
こうやって見ると、水中に置かれた灯篭も、参道っぽく配置されています。

■もみじ谷公園の砂防施設

宮島ロープウェーに乗りに行きます。
その途中にあるのが、もみじ谷公園。
橋の上から川を眺めます。ただの渓流に見えなくないですが、
実は、戦後に整備された砂防施設なのです。

この地は、昭和20年の枕崎台風で壊滅的な被害を受けました。それから復旧させるのですが、砂防工事で島を守る=コンクリートでガチガチに固めた川になってしまう、というイメージがありますが、景勝地を守るため、景観に配慮された砂防施設が整備されました。それが評価され、戦後に作られた土木構造物で初めて重要文化財に指定されたものです。

公園の中にさりげなく建つ、
【紅葉谷川庭園砂防施設 重要文化財 指定記念
広島県 廿日市市 令和2年】
河原が白い砂なので、恐らく花崗岩が風化して、崩れやすい「真砂(マサ)土」
が多く堆積しているのでしょう。砂防施設があると思えない渓流。

■ロープウェイに乗る

宮島ロープウェイ乗り場に来ました。
写真から伝わりませんが、とても蒸し暑く、汗が噴き出ています。
先ほど見た紅葉谷の上流部分を登ります。
この急斜面が崩れて土石流が頻発するのですね。
中間駅で別のロープウェイに乗り換えます。
視界が開け、海と山が一望できる絶景のロープウェイ。
展望台から眺める、瀬戸内の島々。手前は江田島です。
宮島のシンボル、弥山(みせん)。
荒々しい花崗岩の崖の山。ご神体のシンボルです。

ロープウェイに乗ってやって来た展望台から、弥山に登ることが、本来の宮島を信仰する人たちの道だったということなのですね。

■宮島を歩く

さて、もう少し宮島を散策しました。

旅館の屋号の入った看板。すごいいい味出しています。
この観光案内図も、昭和な感じ満載です。
営業していないお土産物屋さんに飾ってありました。
御陵橋と言う名前の橋。
厳島神社の西側。観光客が散策するのに人気のエリアです。
この川、いわゆる「3面張り」の護岸です。
河川災害防止にも配慮されています。
寺社と集落が混在する場所。
だからこそ、観光客に人気なのですね。

宮島は、観光客としてにぎわっていますが、島の人は車の便が悪いので、さぞかし不便でしょう。しかも平地があまり無いのだから、と思って、ちょっと車道を探して歩いてみようと思ったら・・、

厳島神社の五重の塔の下をくぐるトンネルが!
【塔の岡隧道】
【昭和42年 宮島町】

厳島神社の参道だけでは、島民が生活できないため、車を通すトンネルが掘られたのではないでしょうか。

もう一つの驚き。宮島フェリー乗り場の奥に、何やら不思議な隧道が。
古い隧道のようです。今でも歩道としては現役です。

何でこんなところに隧道が?海側に平地があるのに、さては・・・。と思って、今昔マップで戦後の地図と見比べてみましょう。やはり、集落の北側は、埋め立てられて平地が増えていますね。

今昔マップでの比較。厳島港の位置が、右の地図では北に移動しています。
埋め立てて大型の桟橋を作ったのでしょうね。

この地図を見てもわかりますが、もみじ谷や白糸の滝など、土石流を頻発しそうな渓流がいくつもあり、神社周辺の浅瀬は、恐らく土石流堆積物で海が埋まった場所。(地図上の点線部分に土砂が流れつくとイメージするとわかりやすい)ということで、景勝地でもあるのですが、土砂災害から集落や景勝地を守るということが、どれだけ重要か再認識することができました。

宮島からの帰りのフェリーは、修学旅行や遠足の
児童・生徒で超満員。いい思い出つくってね(笑)。
広電宮島口から電車に乗り、広島工大(この日の学会)へ。

■終わりに

宮島は、学生時代に厳島神社を訪れて以来の訪問でした。宮島観光というと、厳島神社に行って、参道で鹿を見て帰る、というのが定番ですが、実はもみじ谷園地や、ロープウェイの上まで足を伸ばすと、違った見方ができたり、島の人の生活をイメージすると、その発展の歴史を知ることができます。そんな興味深い街歩きを楽しみました。

次回は、広島工業大学のある、広島市佐伯区などを訪れましたので、そのあたりをレポートします。

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