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バカは叱られたいだけなのかもしれない

小さい頃のことを思い出した。

プールに飛び込んではいけません。
授業中におしゃべりしてはいけません。

たくさんの制約の中で生きてきた。

その中で楽しいことをたくさん思いついた。
おしゃべりができないから手紙を友達同士で回したり、
それも先生に取り上げられるかもしれないから、自分たちで暗号を開発したり。
僕の生活にあるたくさんの制限。それをなんとかかいくぐる発明。

小さい頃の僕は、ひたすら工夫を凝らしていた。
今思うとそれが楽しくて仕方なかった。
当時は怒られないように必死だったけれど。

失敗して、怒られて、それでもめげずに親の目をかいくぐるための研究を続けて。

そんな毎日はどこにいってしまったのだろう。

高校、大学生になってアルバイトを始めると、お金がもらえるようになる。
社会人になればさらにお金は増える。

そのお金を使って誰かが作った遊びに乗っかるくらいのことしかできなくなってしまった。

だから僕たちはもっと遊びを作らなければならない。
なんて気持ちの悪い着地にはしたくないのでもう少し書きます。

人の考えた遊びに乗っかるだけの人が増えるとどうなるか。
きっと物足りなくなる。物足りなくなるとどうなるか。自分たちで遊びを考えるようになる。より刺激的でスリリングな遊びを。

そういう流れで、冷蔵庫に入る人や、線路に降りちゃう人が生まれるのかな。なんてことを考えていました。

子どもの頃なら叱られるだけで済んでいたこと。
今じゃ誰かに見られて、叱られる前に社会的に殺されてしまう。

そんなに取り糺さなくてもこっぴどく叱るくらいでもいいんじゃないのかな。って思ったりもします。

こんなことになるとは思わなかった。って言ってると思うよ。

何かいけないことがあった時、わざわざ後からSNSとかであげるんじゃなくて、その場でしっかり叱ってあげたら、ちゃんと反省するんじゃないのかな。って思ったりします。

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