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便利な世の中と、無駄。

世の中便利なことばかりが、増えていく。
例えば、自動販売機に小銭を入れなくなるだとか、レジでの買い物もスマホ一つで終わってしまうというような具合に。
このまま便利なことが増えれば増えるほど、生活のスピードが、VHSを早まきした時のようなスピードにまでなってしまうのではないかと不安になる。

「1円玉、ある?」とパートのおばちゃんに聞かれることもなくなれば、停留所の時刻表を覗き込んで、「今日土曜日だから、あと15分もバス来ないよ〜」などと落胆することすらなくなってしまうのかもしれないと、想像してしまう。世の中が便利になり、効率化されていくとともに、生活が味気なくなっていくのだろうか。

僕は、どうせこれからも生きていくなら、味のする生活がいいな。と思う。
効率的じゃなくて、むしろ無駄だったり、どこか不便さを感じたりすることの方が魅力的で、味がするのではないか。

僕が無駄なことと言われて真っ先に思いつくのは「スイカ割り」だ。あれは誰かが割ったあと、改めて包丁で食べやすいように切ってからでないとスイカを食べることができない。どうせ包丁で食べやすい大きさにするなら初めから切ればいいのにと思うのが、それは違う。割ることが楽しいのだ。
スイカ割りまで便利にしようとすると、電熱線が備えられた棒を使って、目隠しせずにスイカを焼き切るようなことになってしまったり、少しでも触れると、自動で綺麗に割れるように、あらかじめ切れ目の入ったスイカを使ったりするようになるのかもしれない。それでは全く楽しくないし、何より危ない。
僕はやはり無駄なことが好きだ。無駄なことと楽しいことはもしかしたら近いところにあるのかもしれない。だからこそ、スイカ割りみたいに、これといって役に立たないような無駄をもっと探していきたいと思う。

片付けのたびに、充電して電源が入るか確認してしまう、昔の携帯電話とか。
人を招いてゲームをするわけでもないのに、家に置き続けている4つのゲームキューブコントローラーとか。

アパレルショップでよく聞かれる「何かお探しのものはございますか」という問いもそうだ。大抵僕は「あ、いや…」とまごつきながら答えるだけ。
どうせならいっそ「探してもみつからない過去はありますか?」などと聞いてくれればいいのに。
僕はまごつきながら「あ、いや…」と答える。
だけどせめて、覚えている限りの記憶を辿って、失くした思い出がないか探すきっかけくらいにはなるだろうに。

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大吉
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雨野よわ

絵を描く駆け出しコピーライター。 ゆとりど真ん中世代。書きます。もがきます。
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