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何故チェコ・アニメーションはアニメと実写が融合するのか?

こんにちは、チェ・ブンブンです。今日は、大学時代に書いたなかなか面白いレポートが見つかりましたので転載しようと思います。ブログにも転載しているのですが、これはnote向きな内容なのでこちらにも載せようと思います。

ブンブン、大学時代映画の研究をしていて、様々なレポートを書いたのですが、実は卒業論文よりも何よりもこのレポートのレベルが高く、大切にしていきたい知識だと思っています。

そんなテーマなのですが、タイトルにもあります「何故チェコ・アニメーションはアニメと実写が融合するのか?」です。チェコアニメは、カレル・ゼマンの「悪魔の発明」に始まり、ヤン・シュヴァンクマイエルの一連の作品、イジー・バルタの「屋根裏のポムネンカ」といったようにアニメと実写を融合させる作品が非常に多いです。日本やアメリカ映画にもそういう作品はありますが、チェコと比べるとマイナーな技法な気がします。そこに目をつけて、ブンブン大学3年生の時に6千字近いレポートを書きました。

下記がその内容となっています。年末の暇つぶしにお楽しみください。

1.はじめに


チェコのアニメ映画を観るとアメリカのアニメ、日本のアニメとは決定的に違う特徴が見つかる。アメリカのアニメも日本のアニメも共通して「絵」だけを動かしている。

アニメとは「絵」を動かすものであるから当たり前だという意見を抱くかもしれないが、チェコのアニメ映画を観るとわかる。チェコのアニメ映画ではよく実写とアニメが融合するのである。

例えばイジー・バルタ監督の「屋根裏のポムネンカ(2009)」。おもちゃの冒険シーンはアニメで描いているのだが、人間の少女が現れるシーンは実写になっている。

またチェコ出身の映画監督ヤン・シュヴァンクマイエルの「アリス(1988)」。
この作品は「不思議の国のアリス」を実写化した作品だが、うさぎを動かす際にアニメの技法が使われている。つまり、チェコでは実写とアニメが融合した作品が作られている。

確かに、押井守監督の「アヴァロン(2000)」やアメリカ映画「LEGO(R)ムービー(2014)」とこの手の作品は日本やアメリカでも制作されているが、チェコほど多くの監督が数年に一本ペースで制作しているわけではない。そして、チェコアニメーションに触れていくうちに「人形劇」文化が影響を与えているのではと仮説を立てることができた。

今回、何故チェコで実写とアニメの融合した作品が多数制作されているのかを紐解いていくとする。

2.定義


まず、アニメーションとは何かを定義する必要がある。

キネマ旬報社出版「現代映画用語事典」によると、


「静止した画像を連続映写することで動いているように見せる技術、およびその技術によって作られた映像。※注1」


と記述されている。今回、この定義を採用する。また、本レポートで語るチェコ映画はチェコ、あるいは旧チェコスロヴァキア人が監督した作品を示す。

3.チェコ・アニメーションの歴史


エスクァイアマガジンジャパン出版「チェコアニメ新世代」によると、チェコアニメーションを発展させた第一人者としてヘルミーナ・ティールロヴァーが挙げられる。彼女は、チェコのグラフィックデザイナーであったカレル・ドダルの元でアニメーションの手法を学ぶ。

そしてドダルが、ナチスドイツを恐れ国外逃亡した後、チェコ東部ズリーンのスタジオで彼女はアニメを制作し始めた。彼女の初期の作品「おもちゃの反乱(1946)※注2」で既に、実写とアニメの融合が実現していた。これはナチスの進撃に立ち向かう作品で、ナチスは実写、おもちゃの動きはアニメーションで表現されている。彼女に触発されて、その後沢山のアニメーターが様々な技術を競うようにして生み出しチェコ映画のアイデンティティを築いた。

カレル・ゼマンはSF映画の父であるジョルジュ・メリエスのオマージュを
掲げた作品を制作する上で、フィクションと実写の合成技法を編み出した。
私が留学中訪れたFilm Special Effects MUSEUM※注3によると、「前世紀探検(1955)」では、カメラの目の前に巨大な恐竜像を配置し、奥で映像を投影することで遠近感を出すフロント・プロジェクションの応用技術を開発した。

また「悪魔の発明(1957)」では絵を多層に作り込み、各層を動かすことで奥行きを表現する技法が効果的に使われていた。人形劇団からはイジー・トルンカが、「チェコの古代伝説(1953)」で沢山の戦士の戦いの様子を風感じさせる動きで描いている。また「手(1965)」では、実写の手の動きとストップモーションアニメが融合した作りとなっており、人形劇を彷彿させる物体に人間がリアルタイムで命を吹き込む演出がされていた。

ここ数十年、今までチェコアニメーション監督が築き上げてきた技術を踏襲しつつ、シュルレアリスムの要素を取り入れるヤン・シュヴァンクマイエルが世に名を轟かす。日本のアニメは「AKIRA(1988)」を始め、暴力要素の強い大人向けの作品が作られるが、彼の作品も徹底して、性や暴力の問題と向き合っている。

人体損壊シーンの多い「男のゲーム(1988)」や人間を食べる「フード(1992)」、
人間の性癖をスキャンダラスに描いた「ルナシー(2005)」、そして日本では
R-18で公開された性的描写の激しい「サヴァイヴィング ライフ 夢は第二の人生(2010)」等多数制作された。

このような変遷を経たチェコ映画だが一貫して、「コララインとボタンの魔女(2009)」「パラノーマン ブライス・ホローの謎(2013)」等を制作するライカ社映画のような全部の人形を会社で制作し、質感を完全にコントロールしている訳でも無い。「トイ・ストーリー(1995)」のような大量生産されたおもちゃを動かすのではなく、チェコの土産屋で売っていそうなハンドメイドの人形を動かす。身近な雑誌の切り取りや瓶を取り入れる事で、アニメーションにも関わらず日常の生活感を滲み出しているのだ。「屋根裏のポムネンカ(2009)」は金属や材木のリアルな傷みをも映像に取り入れる為、まるでチェコのある家に訪れたような感覚を体験できる。

4.チェコアニメのアイデンティティ


チェコは17世紀以降オーストリア=ハンガリー帝国、ナチス、ソ連軍と支配の歴史が長らく占めていた。その憂さをブラックユーモアに包んだ娯楽
として人形劇や文学が発達する※注4。

エスクァイアマガジンジャパン出版「チェコアニメの巨匠たち(2003)」によると、18世紀~19世紀にかけて人形遣いマチェイ・コペツキーなどの手によってカシュパーレクというキャラクターを生み出した。このキャラクターはチェコ人の、ハプルブルク家による支配に対する面従腹背の心をユーモラスに
反映し人気を博したとのこと。

また、20世紀に入るとチェコではアヴァンギャルド芸術、シュルレアリスム芸術が流行。カレル・ダイゲのコラージュ、インジフ・シュティルスキーの
シュルレアリスムアートが話題となる。カレル・チャペックがロボットの語源を作ったと言われる小説「R.U.R.」や「山椒魚戦争」を発表。支配と反乱をテーマにした話が話題となる。

いずれの芸術も、不条理な社会に対する反抗、内面的不安をユーモアでオブラートに包んでいる。また、いずれの芸術もコントロールする者とされるものを強調している。そして、露骨に世の中を批判するのではなくカモフラージュさせている。

例えば、人形劇は操る人と操られる人形との関係を強調した芸術である。人形浄瑠璃では人形の操り手を意識させないように黒子を用い、人形の中に手を差し込み動かすが、チェコの人形劇では露骨に操る糸を見せる。そして、人形劇という滑稽な造形や動きで、物語のシリアスさを緩和させている。よってカシュパーレクの物語やヤン・シュヴァンクマイエルの「ファウスト(1994)」劇中で登場する人形劇のようにチェコの作品では特にこの関係が強調される。

チェコアヴァンギャルド、シュルレアリスムをテーマにした絵、コラージュ作品も、「切り抜き」を観る者に意識させることで、作品が作り手にコントロールされていることを強調させ、且つメッセージを暗号化させている。ヤン・シュヴァンクマイエルはインタビューで次のように語っている。

「チェコ人は正に、ヨーロッパの中心部に位置する
小さな民族です。古くから大きな民族の権力的な
関心が交錯してきた場所です。
チェコ人は自らの存在の大部分が
他の民族の支配下にありました。
こうした場合において、
国民は宗教的な気遣いになるか、
ブラックユーモアに陥るしかないのです。
チェコ人の場合は、幸いにその二つ目でした。
チェコ人にとって、これは防塞、
そしてアイデンティティを保つ為とも言える手段です。※注6」

そのような、チェコ芸術の一つとして「アニメ」があるのだ。チェコアニメ芸術は1947年にチェコ国立芸術大学(AMU)が映画学部FAMUを設立※注5 以降、伝統が継承され続けている。AMUグループは他にも演劇学部(DAMU)に人形劇学科が存在するなど伝統技術を国家ぐるみで若者に継承している。尚、FAMUは入学料、授業料が無料なため毎年競争倍率が高いとのこと。

5. 結論


チェコ映画は17世紀以降、様々な巨大国家に支配され続けていた。その支配に対する抵抗として芸術に力が注がれていた。人形劇や小説、絵画などを用いり、人間の活動と芸術を同時に観客に魅せる技術がチェコ芸術を発達させた。1985年リュミエール兄弟が「映画」という新しい芸術を創造して以降、
チェコは「アニメ」という新しい表現方法を編み出した。伝統の人形劇、コラージュを活用し、さらに人間の活動と芸術を同時に観客に魅せるべく、実写とアニメを同じ画面内で表現する手法が編み出された。その結果、「おもちゃの反乱(1946)」「アリス(1988)」といった作品が生まれた。

前者はナチスへ対する批判を、かわいらしいおもちゃを使うことで柔らかく表現している。後者は「不思議の国のアリス」を題材にしているが、閉塞感を使ったブラックユーモアを多用することで支配に対してシニカルに向き合う。

つまり、チェコアニメが他国に類をみない技術を生み出し発展した背景には皮肉にも、支配の歴史が存在していたことにあったのである。

※注


1.山下慧&井上健一&松﨑健夫著「現代映画用語事典(2012)」キネマ旬報社出版p7より引用
2.制作年は、くまがいマキ&小宮義宏企画・監修「チェコアニメの巨匠たち(2003)」
エスクァイアマガジンジャパン出版より引用
3.チェコ・プラハにあるカレル・ゼマンを中心とした博物館2014年11月9日来訪
4. くまがいマキ&小宮義宏企画・監修「チェコアニメ新世代(2002)」
エスクァイアマガジンジャパン出版参照
5.FAMU公式サイト「FAMU INTERNATIONAL」 内「ABOUT FAMU」参照(2015/05/20閲覧)
6.ミルキィ・イソベ著「悦楽!触覚のアニメーション シュヴァンクマイエル(2007)」
ステュディオ・パラボリカ出版p24より引用

参考資料


・MovieWalker (注なき作品制作年はこのサイトの年を採用している。)
(2015/07/10最終閲覧)
・山下慧&井上健一&松﨑健夫著「現代映画用語事典(2012)」キネマ旬報社出版
・くまがいマキ&小宮義宏企画・監修「チェコアニメ新世代(2002)」
エスクァイアマガジンジャパン出版
・くまがいマキ&小宮義宏企画・監修「チェコアニメの巨匠たち(2003)」
エスクァイアマガジンジャパン出版
・ミルキィ・イソベ著「悦楽!触覚のアニメーション シュヴァンクマイエル(2007)」
ステュディオ・パラボリカ出版
・「We Are Laika」、Laika Animation Studios制作、2014年
(2015/07/10閲覧)

・おまけ

チェコ・プラハには、カレル・ゼマンの特撮の世界を体感できる、カレルゼマン博物館(Muzeum Karla Zemana)があります。CG、VFXのない時代にいかにして非現実的な世界を銀幕に映していくのかを、体験型展示で解説してくれる博物館となっています。大学時代に訪れて、カレル・ゼマンの『悪魔の発明』にのめり込むきっかけとなりました。

もしプラハを訪れる際には是非行ってみてください。

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