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【『ビール・ストリートの恋人たち』公開記念】J.ボールドウィン"Sonny's Blues"翻訳1

おはようございます、チェ・ブンブンです。


2月の注目作品にバリー・ジェンキンス監督の『ビール・ストリートの恋人たち( If Beale Street Could Talk)』があります。本作は、アメリカ黒人文学最重要人物ジェイムズ・ボールドウィン(James Arthur Baldwin 1924-1987)の小説の映画化です。原題を直訳すると《もしも、ビール・ストリートが話せたら》というロマンチックなタイトルとなっています。

実は、ブンブンこの作品についてはがっつり書きたいと思っています。というのも、前作『ムーンライト』ではバリー・ジェンキンスがボールドウィンの世界を描こうとしていたのだから。今回は、ジェンキンス監督がリスペクトしている小説家の作品と対峙した作品となっています。それだけに期待が持てるのです。

ブンブンは大学時代に、小説家・リービ英雄教授のゼミに所属していました。そこで、ボールドウィンについて学びました。実際に"Sonny's Blues"を原語で読み、抑圧された社会の中で喉の奥から絞り出すように吐露される感情に胸を打たれました。

日本では、『ムーンライト』公開時、全然ボールドウィンについて言及されていませんでした。黒人で同性愛者でNYハーレムで育った彼の魂の叫びを知ってから『ムーンライト』や『ビール・ストリートの恋人たち』を観ると、映画に対する見方が間違いなく変わります。そこで、今日は、ボールドウィンの魅力を少しでも知ってもらうべく、傑作短編"Sonny's Blues"を頑張って翻訳してみようと思います。正直、ブンブンは翻訳素人だし、著作権的にも怒られてしまいそうなのですが、少しでも日本人にボールドウィンが描く等身大の黒人社会に興味を持ってもらおう思い、ここに書くことにしました。気に入ったら、是非とも原作を買ってほしいし、なんなら『ビール・ストリートの恋人たち』の原作は早川書房で発売されます。来月には白水社から 『ジョヴァンニの部屋 』が発売されます。

それではいってみましょう!

Sonny's Blues(ソニーのブルース)

発表年:1957 著者:ジェイムズ・ボールドウィン

仕事に行く途中の地下鉄の中で、新聞のとある記事を読んだ。俺は読んだんだ。んで、信じられなかったんだ。だから読んだよ、もう一度。ジッと目を凝らしてそれを見たんだ。紙面に書かれた彼の名を。その内容を。車内に揺らめく光の中で俺は凝視した。身体と顔がみっちりくっつき合う中、轟音の闇に閉じ込められた世界で。

それは信じることができなくて、駅から学校まで歩くまでの間ずっと、自分に言い聞かせてみた。と同時に疑いはなかった。俺は恐怖に慄いた。ソニーに慄いたんだ。彼は俺の中でリアルなものになってきたんだ。荘厳なレンガのオフィスで俺の腹は落ち着いてきた。俺は代数を教えている刻は、日が溶けるように永く過ぎ去っていった。それはとりわけ氷のようだった。それは溶け出し、滴るように雫が俺の静脈にツーっと流れる。だけれども、決して氷が溶けきることはない。時折、それは固まり、内臓から感情が爆発しそうな、あるいは窒息しそうで、はたまた悲鳴を挙げそうな感じが広がっていく気がした。これは、俺がソニーがたった一度だけ言ったこと、やったことを思い出す時、毎度、咄嵯に起きることなんだろうか。

彼が俺の生徒と同い年だった時、彼の表情は明るく輝いていた。たくさんの小銭のように、彼は素晴らしく真っ直ぐな茶色い目をしていたし、紳士的で干渉なんかされなかった。今の彼はどうだろう。彼は捕まった、全てを前に、ダウンタウンのアパートでひざまづいた。ヘロインを使ったが為に。

俺は信じられなかったんだ。でも、それは自分の身を沈める部屋がなかったことを意味する。俺は永い間、外にいた。俺は疑わしく感じたものの、それに名前をつけることはしなかった。俺はそれらを押し出した。ソニーは野蛮だったのではと自問したが、彼はイカれてなんかいなかった。彼はいつだっていい奴だったし、彼が逞しく、いや、悪魔的に、はたまた失礼な奴に成り下がるなんてなかった。子供のように、早く、早く、ハーレムから出たがっていた。俺の弟の成長した姿がああなんて信じたかなかった。彼の顔の光は去り、多くのものを見てきた状態で虚無がやってくるんだ。けれども、それは起き、俺はそこにいた。俺の知っていることについて、こうだろうと考えるたくさんの生徒を前に代数について語る、彼らが脳裏を過ぎる度、針を炸裂させるように。多分、代数を前に多くのことに割かれた。

彼は確か最初に馬を飼っていたのだが、ここにいる少年の今よりも年を重ねることはなかった。少年らが今のように生きていたように、俺らは生きていたんだ。彼らは、真の可能性を秘めた低い天井を頭で押し上げるように成長していったんだ。彼らは憤怒に満ち溢れていた。彼らが知る全ては2つの漆黒だ。生活に潜む漆黒は彼らにしのび寄る。映画に潜む漆黒は、他の漆黒を見えなくする。それが今だ。執念深く、夢見がちで、別の時間で密に過ごした時よりも孤独で。

最後のチャイムが鳴った時、授業は終わった。俺は息を垂れ流す。全ての刻を抱え込んでいたかのように。服はしっとりと濡れた、スチームバスに座っている時、服を着込んだ時、午後の間中みたいに眺めていたのかもしれない。俺は長い間教室にただ独り座りこんだ。俺は外で少年の気配を感じた、階段を降りる、叫び、罵り、笑う少年を。彼らの笑いは、俺に最初の頃を蘇らせた。それは良い笑いなんかじゃなかった。神は知ってる。なぜかってことをな。ある幼少期の連想をな。  それは侮辱を目的とする島国の嘲笑のようだ。彼らが呪いの権化を築きあげることに幻滅させられる。俺は弟について考えていることや、弟や自分についてが聞こえてしまったからかもしれない。

ある少年は口ずさんでいた、すぐにわかるとっても簡単な曲を。それは彼が鳥になったように見えた。その音色はイカしていて、過酷さを明るい空の中駆け巡っていた。ただ、それは全ての音を通して自分を保っているに過ぎない。

俺は窓の上を歩き、中庭の風景を見下ろす。春の訪れのようで、血気が少年の中で駆け上がっていくようでもあった。教師は少年たちのそばを横切る毎度毎度、足早に、中庭から出ていくのを待ちきれないかのように、少年たちのことを思い浮かべないように。俺は自分のモノを集め始めた。俺は思う。家に帰った方が良いと。イザベルと話すべきだと。

俺が降りていく中庭はすっかり時に棄て去られてしまった。俺はドアの陰で立ち上がるソニーのような少年を見た。俺は思わず彼の名を呼びそうになる。だが、彼はソニーなんかじゃない。だが、俺らが知っている誰かだ。この地区の少年なのだ。彼はソニーの友人だった。彼は、決して私にはなり得なかった。私と比べはるかに若いのだから。俺も決して彼になることはなかった。例え、今彼が漢になったとしても、彼はまだこの地区で屯うであろう、街角プラプラ時間を持て余しているであろう。ラリっていて、ぼんやりとしていてな。俺は時々、彼に遭遇した。んで、彼は俺に40~50セントの頼み事をするために働きかける。彼はいつも、真実味のある言い訳をする。んで俺は彼を受け入れる。俺だってなんでかわからないんだ。

だがな、たった今突然な、俺は奴を嫌いになった。私を見る彼の眼差しにいたたまれなくなったんだ。ある意味犬のように見え、悪ガキのように見えたんだ。俺は奴に訊きたくてたまらなくなった。奴が学校の中庭でやっていた地獄について。

奴はしどろもどろしながらこう語った。

「あんたのこと観たぜ新聞でな、あんたはこれについて知っているはずだ」「ソニーのことかい?そうだ、俺は知っている。なぜ奴らが彼の迎えに来なかったことをな。」

奴はニカッと笑った。反射的に奴は笑ったのだ。それは奴が子どもであることを思い出させてくれました。

「俺はそこにはいなかったんだ。俺は奴らとは距離を置いていたんだ。」
「あんたにとってはいいよ」

俺は奴にタバコを差し出した。そして、煙を通して彼を見た。
「あんたははるばるとここにやってきて、俺に語りかけてきた。ソニーについて訊くために。」
「そうだ」
奴は頭をグリグリと回した。彼の目は変だった。物事が通り過ぎていくように。輝く陽光は死んだ、奴の湿った暗褐色の肌、それにより黄色く見える彼の瞳、汚れている彼の捩れた髪により。

奴からファンキーな香りが立ち込める。俺は少し奴に寄り添い、こう言う。「ありがとよ。もう分かった。俺は家に帰るさ。」

「ちょっとそこまで一緒にいくよ。」奴は言った。俺らは歩み始める。何人かの少年たちはまだ中庭でたむろっている。そして何人かは、俺にじゃあねと言って、俺の横にいる少年を怪訝な顔で見ていた。

「あんたは何をしていたんだ?」彼は言う。
「ソニーについてかい?」
「見ろ。俺は、ソニーのことを長年見てきた。俺はよく分かっていない。何をするつもりだったのか。とにかく、この地獄で俺は何ができるのか?」

「その通りだ」と彼は間髪入れずに言い、「できることがないなんて、そんなのはないよ。これ以上、昔のソニーを助けることなどできないとは思うがな。」
それは俺が考えていることだった。俺には彼にそれを言う権利は無いように思えた。

「ソニーを驚かせたんだ、だけど、、、」彼は続けて、ユーモラスな語り口で、彼は真っ直ぐと見つめ、まるで自分自身に語りかけるように「ソニーは賢い少年だったと思う 、だが賢すぎる漢だった。」
「俺は彼の考えていることについて思うんだ。」俺は鋭く言った。
「んで、どのようにして漢になったんだ。あんたはどうだ?あんたは可愛いくらい賢いと思うよ、多分ね。」

そして、彼は真っ直ぐと俺のことを見た。「俺は賢くなんかねぇ」彼は言った。「もし、俺が賢かったら、長い時間かけてピストルを手にしていただろう。」
「見るんだ、俺に悲しい話を聞かせるな、俺次第で、あんたの首根っこ掴むぞ。」俺は、間違っていると感じた、多分、貧しい野蛮人が自分の物語を持っていたことを決して支持しなかったから、俺の悲劇より悲しいわけがないと思ったから。そして俺は訊く。すかさず。「彼は今何をしているんだ?」

 奴はこれには答えなかった。奴の心は別のところにいっていた。
「愉快だな」彼は言う。そして、彼のトーンは、俺達がブルックリンに着くための最も速い方法を論じていたかもしれない。「俺が今朝、紙面を読んだ時、俺が自分に問いた最初のことは、もしこのことに対して何もできないのならば、俺にはある種責任があるということだ。

俺は注意深く聞き始めた。駅の丁度角まで俺らは来ていた。そして、俺は立ち止まる。彼もまた立ち止まった。俺らはバーの前に立ち、彼は少しかがんだ。そしてバーを覗き込み、そこに誰もいないことを確認した。ジュークボックスから弾むようなブラックミュージックが大きな音を出して流れている。俺はチラッと、バーメイドのことを見た、彼女はジュークボックスの前で踊っていた。彼女の顔を見ると、笑っていて誰かと音楽が終わるまで話しているようだった。彼女の笑みは少女のようであった。半売春婦のボロボロな顔の下にまだ苦しんでいる彼女にある種の運命を感じた。

「俺はソニーの無に何も与えることができん。」少年は言った「昔、高校に行っていた頃、ソニーは俺にどう感じるかと訊いてきたんだ。」彼は少し間を置く。俺は彼のことを直視できなかった。俺はバーメイドの方を見て、舗装を揺さぶるような音楽を聴いていた。
「俺は彼に、いい感じだよと言ったんだ。」音楽が止まる。バーメイドは立ち止まり、次の音楽が始まるまで、ジュークボックスを見ていた。「そう言ったんだ。」

全てが俺を別の場所へ連れて行った。俺はどこにも行きたくないのに。俺は、知りたかなかったどう感じたなんて。家、音楽、暗闇に、機敏に動くバーメイドに埋め尽くされ、この脅威は現実味を帯びて来た。

「彼は今何をしているんだ?」と再び尋ねた。
「奴らは別のところに彼を連れて行き、彼のことを治そうとしているんだ。」
彼は頭を揺さぶり、「多分ね、依存から抜け出そうとしている。奴らは彼を依存から解放させようとしているんだ。」彼は身振り手振りで語り、タバコを灰皿に投げ込んだ。「そんなもんだ。」

※続きはまた今度アップします。

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