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小説

君は夜の街に住む。
会い行くともなくそこにいる。
これは皆が思い浮かべるようなありふれた深夜。
俺は自転車を転がし出して、スマホに紐を括り付けた。
別に用のあるわけじゃない。
俺はこの夏、この夜に寝られていないだけ。

ある夜、深夜だというのに妙な感覚が胸?もしくは腹の辺りから湧き昇ってくるのを感じる。それは胃を揉まれるかような感覚で頭と体が分離するような不快感を伴っていた。それと同時に、如何にも抑えようのない衝動が四つ。人の可動域の大部分がまるで別個の意識でも持ち合わせたかのように疼く。
まるで充電切れ直前の挙動だ、などとごちてコントローラーを本体横へと仕舞い込む。
折角念願叶って新作ゲームをプレイできるようになったというのに、この6年物の最新据置き/携帯ゲーム機ではなんと傾けてもいない方向に勝手にキャラが歩き出す有様である。しかもRボタンは確率制だ。5回に一度ほどしか反応を返さない。
しょうがない、とディスプレイからHDMIを引っこ抜き、
玄関へと向かい自転車のカギを探り出す。
そしてげーむやめたくないと駄々をこねる裏腹な脳を引き摺って俺は腕と足でサイクルを回す。
それと同時に考える。なぜこんなことになっているのかと。俺は今、あきらかに不随意な衝動に従わされている。
Why?何故?
その原因ははっきりしている。
なぜならcaffein、PurpleWingを飲んだから。さに他ならぬ。

それは夕方、いつものように戸棚の奥底を漁っていると、
3本のアルミ缶を発見した。
355ml、355ml、500ml。
缶を取り出し、眺める。ギラつく光沢、食品衛生表示。おお、なんとも在り難そうな文句が踊っているではないか。
決めた。俺はそれを飲み干すことにした。

階段を降り、マンションの裏に回り込み、自転車のダイナモライトをタイヤに接地。向かうは川へ。
すると、そいつは現れた。

深夜は車が少ない。道には義務で光っている街灯とコンビニがあるだけ。明るい街だと犯罪率が下がるらしい。音のない街。
首に掛けたスマホから最大音量が鳴っている。アスファルトから正位置のスピーカーから音が反射して聴こえる。久方振りの夜の街だ。

「ちょうどいい明るさだね」
街灯たちも退屈そうだ
「夜は暗いなんて迷信だよね」
暗くもなく、明るくもない
「夜ってその感想OKなんだ」
ただ、眩しいのは嫌いだ
「明るいのは好きなのに?」
明るいと眩しいは別の概念だ。昼の電灯は何とも思わんが夜は家電のひとつにさえ気が苛立つ
「神経質な奴だな」

「君が変わっても街は別に変わらないんだね」
そうだな、久しぶりのはずなんだがな
「自分と一緒に世界も変わっていると思ってたもんね」
変わってないことにむしろ違和感を覚えてる
「変わらないものもあるって何度目かの確認だよね」
心のノートに刻んだはず、つもりだったんだがな
「性懲りもなく同じことを確認して悦入ってるよねぇ」
夜は時間が止まっててもおかしくない
「僕は時間を止められるんだ」
藪から突飛なことをいう
「君が望むのならば、いつまででも夜を続けさせてあげるよ」
それはいいな、だがあいにく進歩主義者なんでね
「おお残念!でも少しはそんな摩訶不思議なことだって信じられてしまうだろう?」
夜の時間には値札が付いていないような気がするよ
「3000円払えばガチャ無料、そういうことさ」
錯覚なんだ
「時間なんて君には早過ぎる概念さ」
俺に早過ぎるなら人間には手に負えないな
「人類代表入場」
いつか取り戻せると思ってる
「いつかやろうは…」
はいはい

「ところで夏休みの宿題はやったかい、中学の」
やってるわけがないだろう
「出さなかった宿題のことはいつまでも覚えてるもんだね」
自慢じゃないが、中学以来一度も夏休みの宿題を出したことがない
「宿題が『提出』するものなら君は出さなかった課題で出来てるんだろうね」
古文のワークはまとめて捨てた。新古品として売れたかもな
「あれ、一年かけてやるワークじゃなかったっけ?」
3年分だ
「むしろ自慢しないと失礼だよね」

赤信号を無視する。

「危ないよ」
誰もいない信号で止まるのは円滑な交通を妨げてるから交通違反だ
「それもそうだね」
わかって言ってんだろ

誰かがニヤつく臭いがする。
川に着く。

「あんまり涼しくないね」
自転車だからな
「むしろ寒い」
それはこれからだぞ

高架下の接続道、唐突な坂道に立漕ぎになる。
もったいぶった橋脚を避けるとそこには大河川があった。

帰って来た。
疲労のままに風呂に入る。
明日着るシャツのまま
こっそり布団に潜りこむ。
他の人を起こさないように…。

次の日、目が覚めたと思ったら夜だった。

「時間が止まってるんだよ」
「何もかもが同じ。色も同じさ。だって夜なんだから」

確かに、同じなような気がする。
机上の小物、取り入れ放しの洗濯物、嬉しそうに回る秒針にさえ、昨日の夜の面影がある。

へぇ…
FLOWを飲んだ。

「500ml!気合入ってるねぇ」
caffeinは嫌いなんだ
「だからさっさと消費しちゃわないとね」
さっさと終わらせよう

昨夜と何一つ様子の変わらない街を駆ける。
川へ着いた。いい眺めだ。

「ようこそユウシャよ。世界の半分をあげるよ!」
魔王ごっこか
「イスファハーンか、それ以外か」
世界の半分だしな
「実はあれ、アラビア語のダジャレらしいよ」
Youtube知識でマウントとんなよ、恥ずかしいな
「エスフェハーン・ネスフェジャハーン。北海道はでっかいどうと同レベルさ」
解説までパクりやがって
「で、どっちが欲しい?」
そうだな、じゃあ上半分にしよう
「そういうと思ったよ」
夜空を俯瞰して、地上が見えなくなれば完璧だ。人間は空のない世界で生きればいい
「バカポエムだ」
バカリズムみたいに言うな

河川沿いを自転車でひた走る。

「どうして川ってこんなにいいんだろうねぇ…」
上に何もないからだ、という仮説を立てたことがある
「こんなときにさえ普段いろいろ考えてますアピールをしなきゃいけないなんて、かわいそうな奴だな」
人類が水上建築技術を発展させるまではこの景色も安泰だな
「メガソーラー」
おいやめろ

話すネタもなくなってくる。
脳の中で浮遊してた言葉以前の断片も尽き、
それと同時に無沙汰な喉は自然に歌を紡ぎ出す。

Every time with the season
I change and Iʼm turning
Every night has a reason
I promise you sunrise

ニヤつく臭いがした。

「君は明日を信じてるんだね」
信じるとは根拠のないものに使う動詞だ
「でも君は明日が来ない根拠なら言えるはずだ」
…お前がいるからか?

水面が嬉しそうに小波めいた。
川、橋、浅瀬、防岸コンクリート、
河原のコースもそろそろ仕舞だ。

「君は本当におしゃべりだなぁ」
なんでかな、止まらないんだ
「今だからじゃなくて?」
実はね。気持ち悪いか?
「正直ね。正直、得体のしれない奴だと思われてると思うよ」
正直だな。正直な奴は好きだぞ
「みんな嘘つきだよねぇ」
みんな何も言わないだけさ。皆も、自分も…
「だが、ときに沈黙は嘘より悪い」

…。

お前がいてくれたら、すこしは素直になれるのかな
「僕に頼りすぎちゃいけないよ」

わかってる。いまだから、いまだけだから。
橋と同時に遊歩コースが終わる。ハンドルはバイパスへ向かった。

次の日。最後の一本。

「BeastPower、何味が好き?」
コーラ
「みんなには不評らしいけどね」
俺は好きなんだ
「でもこれはパイプライン。残念だったね」
だから最後に残したんだ
「知ってるものを試すなんて愚の骨頂だよ」
わかってる。でも
「あるんだから、しょうがない」
わかってんじゃねぇか

河原の散歩道を降り、橋へ繋がるバイパスへと合流する。

「君の嫌いなゾーンだね」
夜でも車はうるさい
夜の車は騒音のみならず光さえも撒き散らしながら倫理から解放された獣の様に飛び回っている。
長距離トラックの前ではスピーカーの最大音量も役に立たない。

車は嫌いなんだ。揺れるし煩いし眩しいし
「ほら、対向車」

向かいの道から車がやってくる。
まだどんな車なのかもわからないが、ただ光る二つのハイビームに目が吸い寄せられていく。
それは詰めて2車線のセンターを悠々と、しかし呵責のない速度で走ってくる。
轟光、轟音。
通り過ぎた。

「ドップラー効果」
つまんねぇこと言いやがって
「どうしたの?ポルノに引き寄せられた蛾のような目をしてたけど」
そんなエロい目はしてなかっただろ
「夜の車は強そうに見える」
いいや、昼間の車は群れて弱そうに見えてるだけだ

夜闇に慣れた目はその一瞬で狂わされた。
俺は万一にも事故らないように、行先闇のセンターロードを進むことにした。

「夜空っていうほど暗くないよね」
ああ、暗いのは天辺だけだ
「あと、山の方もね」
夜が暗いなんて迷信だ
「失敗したラテアートみたいな空色をしている」
バックスのスターラテみたいだな
「あれはもとから何も書いてないんだよ」
あまり美味しくないしな
「じゃあなんであの時あんなに飲んだのさ」
だってグランドサイズがコスパいいんだ
「ほとんど場所代だって言ってたくせに。しかもお代わりまでしちゃってさ」
もう懲々だ
「エスプレッソ6杯分だもんねぇ。覚えてる?手が震えてたし信号待ちで電柱をぐるぐる犬みたいに回ってたんだよ」
そうなのか?記憶にないが
「…もう君は飲まないほうがよさそうだね」
でもコーヒーは好きなんだ
「コーヒー好きだなんて、ビールやペンギンと同じくらい在り溢れてるよ」
ブラックをさも成人証明かのように持て囃すのだって味蕾の老化しただけ。ゴッドファザーの策略さ
「BOSS!」
そうなんだよ
「だから、君みたいに勘違いしたやつが生まれてくるんだね」
ボスは最近はおしゃれなクラフトティにご執心みたいだがな
「かわいいパッケージ、いいよねぇ」
集めたくなって困るからやめて欲しいんだがな

田んぼに囲まれた道を走る。このあたりにこれ以上空が見える場所はない。
隣街の夜光がやけに明るいと思ったら太陽の青色らしかった。

「見て、日が昇ってる」
まだ昇ってはないだろ。白み始めただけだ
「同じだよ」

公園に辿り着く。しばらく歩き、適当なベンチに横になる。

こうしていると不審者みたいだ
「安心しろ、紛いもないさ」
目撃者がいないことが救いか
「人間を連れた犬がいっぱいいるぞ」
じゃあ犬だからセーフだな

夜が明ける。朝が浮上する。

深い夜から浅い朝へ…だな
「ダジャレかよ」
思いついたんだからしょうがないだろ
「深夜っていい表現だね、改めたら?」
俺は朝は浅だと確信したよ
「日本語ぉ…」

帰宅。次の日。朝。

「お早う。今度こそ、ね」
まだいたんだ
「もう残ってないけどね。これは残り香。二日酔い見たいなものさ」
最悪の例えをどうも
「君には最後にとっておきのプレゼントをしようじゃないか」
天球か?
「君が今一番欲しいもの、眠気だよ」
「じゃあね」

二日寝て、起きたら昼だった。体が怠い。遊びたいのに遊べない。
夢を見た。それは二度寝と三度寝の境界線。およそ意識と呼べない代物。

「こんなにcaffein摂って大丈夫なのか?」
全然。大丈夫。なわけない
「日本語~」
なんでか知らないが、caffeinを摂ると時間を止められる気がするんだ。今だけが引延ばされて、未来やら過去やらが覆い隠されてしまうような
「それ、僕の専売特許なんだけど」
お前に法人格があったとはな
「僕の正体、当ててみてよ」
さぁ、自意識の化物から自意識を抜いたようなやつだろ
「君の恥ずかしい方だよ」
おい、俺が恥ずかしくないみたいなこと言うな
「でも君はそれを忘れている。生きるためにね。違うかい?」
いつまでも叫んでいられないんだ。何が悪い
「そう、開き直るのが君の仕事だ。これからもいい仕事をしてくれること期待してるよ」

目が覚めたら車で運ばれていた。山へ行くらしい
「親とかが運転をしている」
車は嫌いなんだ、うるさいからね
「耳栓をして、目を閉じたり開けたりする」
ふと思いつく
「君は夜の街に住む」
「アイデアは忘としているときに降りてくるというのは本当なんだな」
「電源ボタンを3回押す」
「画面を見なくても開けるように」
「自転車に乗っているときでさえ」
「メモアプリが起動する」
最新のメモが目に入った。

『僕は夜の街に住む』