小説 革命家はアディダスを着る

キューバの革命家、前議長カストロ氏が九十歳で逝ったのを知る直前、僕はミカとマックでだべっていた。
ジーンズのポケットの中で震える赤いスマートフォンに気をとられ、持っていたコーヒーの紙コップを落としそうになる。
ニュースの写真のカストロ氏の痩せた顔と鮮やかなスカイブルーのアディダス社の三本線ジャージが対照的だった。
僕が数あるスポーツメーカーの中でもアディダスだけを信じていることは友人の間では有名だ。今日も背中に金のアディダスのマークが入った紺色のウィンドウブレイカーを着込んでいる。最近8kgの減量に成功したせいで今年の冬は寒くて仕方ないのだ。
「何?LINE?」とミカが尋ねる。
「いや、別にニュースが届いただけ。」僕はそう答え、コーヒーを飲み干した。
僕は奇妙な男からストーカー行為を受け、警察に相談しに行った晩に決めた。
余計なオスから身を護る。
僕は努力した。なべシャツを着てFカップあった胸をダイエットでへこませて、髪もベリーショートにしたのだ。
一人称を僕に変えた時、まわりはやりすぎだと止めたが、僕は意に介さなかった。外面も内面もすっかり少年のようになった。
僕はダンサーをしている。
踊る、街でもフェスでもクラブでも。汗が飛び散ってシャツはびっしょり濡れていく。
ただし踊ったとて誰からも一銭も貰ってはいないので、生業としてカウントしていいのかは微妙である。
踊ることは僕にとって祈りの代りで世界平和を願っている。道端でもヘッドホンで音楽に導かれるままに踊る。
人は僕を奇異な目でみるが、嗤いたきゃ笑えよ。路上で何をしようが法をおかさなきゃ僕の勝手だろ。
この世の中を変えたい、もっと獣みたいに開放されたい。
僕が熱弁をふるえばふるうほど、仲間たちは笑うけれども。
でもカストロだってアディダスを着ていたじゃないか。
アディダス好きに悪い奴はいない。
これからも僕はスタンスミスをきゅっとこすらせながら滅茶苦茶に奔放な躍りを披露することだろう。
僕はフール、笑いで革命をおこしたい。今はまだ白い目で見続けられてもかまいやしない。
渋谷の駅前でへんてこな躍りを踊る僕を見かけたら、声をかけて欲しいのだ。そしてその人も身に付けてるはずのアディダスのロゴを見せて言って欲しい。
「僕も志士ですよ。」と。
そうしたら、僕はやっと動きをとめて笑顔をみせることだろう。
そんな出会いを真に求めているのだ、ロマンチックだろ?
ミカは目を丸くして最後まで聞いていたが、「いたらいいわね、そんな人。」と唇の端を震わせて相槌を打った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?