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〈第29章〉 「予想どおりに不合理」 ダン・アリエリー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

( Predictably Irrational  Dan Ariely )
☆犬耳スコア 7

Over the years I've tried to understand the silly dumb, odd, amusing and sometimes dangerous mistakes we all make, in the hope that by understanding our irrational quirks, we can refrain ourselves to make better decisions. 

英語版というか、原本と合わせて読みました。上の引用は序文に書かれている、彼が行動心理学を研究している動機です。「我々は皆、自分が思っているほど頭がよくないので、その馬鹿さ加減を知っていれば、もっとまともになれるかもしれない。」と言っています。

しかし、この本全体の印象(およびTEDなどの動画で見る彼の語り口)から見ると、「でも、無理なんです」と同義であるような気がしています。僕も同じ意見です。


人間は、そして世界は、もしかしたら宇宙は、Predictably Irrational であるどころか、初めから最後まで不合理、もっと言ってしまえば合理などという概念自体が、不合理なのです。

宇宙の始まりであったビッグバンに、合理的意味はあるのか。

歴史とは、単に人間の不合理な行動の記録なのではないか。

kingdom(界)、division(門)、class(網)、order(目)、family(科)、genus(属)、species(種)が同一である生き物を、正義や愛という理由で殺し合うのは理性に適っているのだろうか。

そもそも、自分という存在の始まりから終わりまで、合理的といえる時間など存在していたのだろうか。

こう考えると、結論は1つだ。

「合理は、幻想である。」

ではなぜ、人間は合理という幻想に固執するのか。

「合理」とは、人間というシステムの基本ソフト。真っ白なノートにうっすらと引かれたあやふやな罫線にすぎない。「合理」自体に意味はない。そのソフトの上に描くイメージ、罫線に沿って綴る言葉が必要なのである。

それは、人間同士が大海の孤島群にならないため。孤独で儚いデータの破片たちを、1つ1つ丁寧につなげていくため。だが、その本質を忘れ、僕たちはパソコンのシステムやスペック、罫線の幅や表紙の色に固執する。

結局、世界や人間が不合理であることを、予想しているのは一体誰なんだろう?


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今しかない時、いつでもいい時、勝負の時、何も考えない時. . . . .その時々、カフェで一杯の☕️を口にするような、文を綴れたらいいなぁ〜〜、って、 https://twitter.com/chevalviolet

コメント2件

ダン・アリエリー教授のこの本、好きです!行動経済学おもしろいな~と思うきっかけをくれました。
TEDも聞いたのですが、全く理解できず…いずれリベンジしたいです。笑
コメントありがと〜〜!
卒業式の日に🍷飲みながら、ゆっくりお話ししましょうね。
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