鯉と梟

地面と空中が夜と融合し鉄紺色になった庭の中、池は無いのに巨大な鯉が足元でウロウロしている。皆、同じ大きさで同じ重さ、米なら一斗、人間なら三歳程の重みだろう、姿はずんぐりむっくりしている。古びた公園の隅にある動物の遊具に近い佇まいをしていて、動いているが生気を感じない。平たい腹を地面に向けて短い尾びれを左右に振りながらスルスルと泳いでいる。満月の光が、白と紅の柄を浮かび上がらせる。

その中にほぼ鯉と同じ図体の真っ白なフクロウが一匹混じって歩いている。とぼけた無表情でつぶらな黒い目を開き、一歩一歩の重心を確かめるように歩いている。突然くるりと向きを変えながらその辺りを周回しているが、鯉の真似事をしているのだろか。ただひたすら、不器用に歩きながら、真ん前を向いている。上の空で考え事をしているような、何かを探しているような、何かを思い出そうとしているような、何かを忘れようとしているような、そんな風に見える。そんな風に見えるだけで、たいして何も考えないでいるのかも知れない。目を開き、足を交互に動かし、取り留めもなく歩き回っている。

気づくと鉄紺の庭の向こう側で、黒い髪の女の子がへたり込んでいるのが見えた。彼女は周囲よりも少しだけ明るい紺色のワンピースを一枚だけ身にまとっていて、鯉と梟と同様、月の光を受けた身体は宙に浮かんでいるように目に迫って来た。ワンピースは本当に小さな赤い花束の柄が全面に溶けていて、からだの線に馴染んでいる。俯いた姿勢から少し顎が上向き、顔面に微かな明るさが刺せば、その子は大学時代からの友人だと分かった。しかし、出会った頃よりもいくらか若く幼く見える。両手を地面につけて座り込んでいるが、よく見れば右手にフルーツナイフを握りしめていた。一言も話していないのに、何を思っているのか、何が言いたいのか、が伝わってくる。要するに、あなたが私を選んでくれないならば、私は死ぬ、という事だった。

彼女の言うそれは、恋や嫉妬の部類の感情であって、まんま殺生とは関わりのないものであると知っている私は、どこか得意げで、彼女の存在を迷惑だと思わなかった。微笑んでみせることすら出来たと思う。しかし、彼女自身は、ナイフの本性に気づいてはいない。ちゃんと二番目に愛している、などとなだめている私は、シリアスさに欠ける自分を客観しながらも、お互いの実直さをすり合わせたいという気持ちを持っていた。

鯉と梟を挟み、彼女の話を聞いたり私の話をしたり、彼女と長いこと声のない対話していると、疲れが溜まってきた。遠くの空が段々と白んできた。有効打など気にせず根気よく自分の事を訴え続ける私達は似た者同士だとつくづく思い知らされ失笑した。首をうなだれて戻ってきた時、目の前に赤い色が見えた。花束の色では無い。血の色だった。握りしめていただけのはずのナイフが、ほんの少し彼女を削ってしまったのだった。耳たぶと小指の爪が、赤い色で溢れた。

彼女は血を静かに流してすすり泣いて俯いていたが、朝方のその光景は夢のように美しかった。全てを青白い色に染めていた太陽は次第に強さを増し、世界を眩しくやかましく照らし始めた。彼女を飾る血は、今日の始まりに、どこの何よりも早く照らされて、強く発色した。その代わりに彼女の姿は消え始めていた。足元の鯉は先に何処かへ消えてしまっていた。惚けた梟は私の頭を爪で掴んで離れなかったが、そのまま透明になってしまった。夜は明けた。私の首は巨大な梟の重さを支え続けていた。額から流れてきた透明な血が目に入り、私はそのまま両目を瞑った。

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七沢ナオ

無意識の夢の世界
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