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カナダ横断鉄道日記2022 #2日目【オンタリオを抜けマニトバへ】

2日目【オンタリオを抜けマニトバへ】


 1日かけてオンタリオ州の中を少し移動した初日から一夜明け、起きると時計は6:30を指していた。腕時計は1時。どうやらこのタイミングで電池が切れたらしい。外は大雨、音は聞こえなかったが時折雷も光っていた。完全に事件の雰囲気。大平原もカナディアンロッキーも目にすることなく、5時間半前に力尽きた腕時計。この世に未練を残した最期だったことだろう。密室の寝室で誰がこの時計を殺したのか。現実の「オリエント急行殺人事件」はせいぜいこんな規模である。同情しつつ丁寧に鞄にしまい、部屋を出た。

2日目のスタートはあいにくの雨

5月に氷張る湖

昼食・夕食は予約が必要だが朝食は好きな時間に食べられる。Transcontinentalという名の、卵とベーコン・ポテトで構成された至ってシンプルな朝食を選択した。卵の焼き方を聞かれたので迷ったふりをしつつsunny-side-upと答えたが、正直これ以外の焼き方の単語を覚えていなかった。Sunny-side-upは片面焼の半熟であり、これが一番好きなので結果オーライ。

これがsunny side up。要するに目玉焼き。
さすがに"Baked eye"とかにはならない。

 汗ばむ街を通った昨日とは打って変わり、沿線には雪が残り池にはまだ氷が張っている。この果てしなく続く森のなかに線路を引くのはどれほど大変な作業だったか、想像もつかない。冬には極寒、夏には山火事にクマの危険もある。一度内陸まで来たらそう簡単に街に戻ることはできない。ぬかるんだ大地。現在地のわからぬ不安。いまほど技術も発展していない中で、大陸をぶった切る線路を引けたのはかなりの力技だ。きっとピラミッドも特別な技術など使っておらず、力技で創り上げたのだろう。人間の無謀さと怖さを垣間見た気がした。あくまで気がしただけである。

5月でも薄氷の張る湖。と何らかの工場。
廃墟っぽいけどしっかり現役でした。


カタコトの「アリガトウ」

  昼食は1日目の昼に同席した中国人学生と、それぞれ一人旅中のお年寄り二人と相席。カナディアンビーフをふんだんに使ったハンバーガーが出た。このお洒落な空間ではバーガーもナイフで食べるのかと周りを見渡したが、貴婦人も紳士も手でかぶりついていたので安心して鷲掴んだ。食事中に逆方向へ向かう横断鉄道とすれ違い、「向こうの客に手を振れるかな」なんて考えていたが顔など全く見えない速度で走り去った。ここから先、オンタリオ州の景色が面白みに欠けることなど微塵も知らずに。

カナディアンビーフバーガー
ナイフフォークなど微塵も使いませんでした。

 15:30、SIOUX LOOKOUTなる無人駅に到着。プラットホームも存在せず、砂利道に下ろした簡易階段で降りた。どこへ行くでもなく徘徊していると、60代ほどの夫婦に写真を頼まれた。旅行に出てからよく写真を頼まれた。旅行に出てからよく写真を頼まれる。人畜無害な見た目にカメラを首から下げているため、安全かつ写真がうまいとでも判断されているのだろう。とんだ見当違いである。頼まれるのは案外好きなので良いのだが。数枚撮ってスマホを返すと、「アリガトウ」と言われた。聞き間違えかと思って素早く相手の顔を見ると、照れくさそうに微笑んでいた。どうやらホノルル出身で、簡単な日本語なら操れるらしい。知らない人との偶然の出会い。あまりにも「旅」を象徴する出来事だった。

乗車後初めて列車の全体像を目の当たりにした。
な、なげえ。

ひたすら「水」

それにしても湖の多いエリアだ。「世界的な水不足が起こっている」「水のあるところに文明が発展する」といった言説が全部嘘であるかのように感じる。水は嫌というほど目に入るし、湖の周りに街がある形跡はない。カナダがこれだけの水資源を抱えておきながら、トイレにウォシュレットを導入しないのか見当もつかない。

 夕食は豚肉のソテーを食べたが、ここにきてブロッコリーが初登場。「やあ」と言わんばかりに堂々とソテーの横でしゃんと胸を張っていた。カナダ人は隙あらばブロッコリーを食事に入れたがる。今回は一般的な付け合わせしての登場だったが、ラーメンに溢れんばかりのブロッコリーが入っていることもざらにあった。ただブロッコリーだけは本当に好きになれない。こっそり残した。

 車窓からはひたすら水が見えた。トロントのホテルで、ニュースキャスターがオンタリオからマニトバの州境で洪水が発生している旨を伝えていたが、対岸の火事だと思っていた。しかし窓から見える水位は明らかに上昇しており、線路から1-2m先が水面のこともあった。対岸の火事どころではなく彼岸の洪水。よくこの状態で列車の発車を決めたな、とふと思った。天気予報や出発時の水位を確認し、慎重に計算したうえでの自信を持った出発だったのだろうか。きっといけるだろうと楽観視した出発だったのか。真相はわからないがカナダのことだからきっと後者だと思う。運転席から神に感謝の意でも伝えていたに違いない。

一寸先は水

 夕食後、別のハワイアンのご夫婦と1時間ほど席で話し込んでいると、夕焼けをバックにオンタリオ州を越えたとのアナウンスが。ついに。限りなく広がる湿地帯に反射する夕焼けは目を見張るものがあった。夕焼けの中を駆け抜ける列車の写真を撮りたいところだが、いかんせん乗車してしまっているので俯瞰では撮影できない。乗車した列車を外から見られない、これを列車のジレンマという。「世界の車窓から」で走行中の列車を映すのは良くないのではないか。あれはもう車窓「から」ではない。

ぼけにぼけまくってるがすばらしい薄暮時

初めての「まともな駅」

 日が暮れてあたりが完全な暗闇になったあたりで、マニトバ州はウィニペグ駅に到着した。思ったより都会だったが、街を歩く人の数はまばらであった。基本的にカナダの夜は早い。乗務員入れ替えのために1時間ほど自由時間が与えられたが、既に眠っているウィニペグという街においてやることなどない。中国人学生と、韓国から一人暮らしをしているおばあさんと駅舎で談笑して過ごした。

 1時間後、突然豪雨に見舞われたホームを走り抜けて電車に戻ると、「無料のシャワーは楽しんだかい」なんて別の乗客に話しかけられた。教科書の例文に出てきそうなアメリカンジョーク。昨年一躍時の人となったラーメンズ小林賢太郎のコントで予習済みだったので、自信を持って「今日の夜はシャワーを浴びなくてよさそうだよ」と返せた。ウケた。ありがとうコバケン。

東京駅の丸の内口に近いデザインのウィニペグ駅
幽霊が出るらしいホテル。いかにも。

 日付を回っても一向に発車する気配がないので、あきらめて就寝した。

 1,500km以上進んで2つ目の州「マニトバ州」に突入した2日目が終了した。日本だと、東京駅から青森駅まで往復しても100km余る距離。何度でも言う。カナダは広い。

本日の進捗。かなり東から西へ。経度で言うと15度くらいは進んだのか?わからない。

続く。

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