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フォローとスキの機能の価値観について

            (約1,100字)

まだ昨日からスキなどのギフトをいただいたにも関わらず、読みきれていなくて記事を配信すること、申し訳ないです。

「絶賛、フォロワーさんを募集しています」

と書いてある割に私が重要視しているのは
実を言うと、スキ機能の方です。

フォローをするために2つの記事を読むことが、私が勝手に決めているマイルールです。

それは、ひとによって得意としているジャンルの文章が違うからです。もし同じジャンルであっても言葉のチョイスや言い回しで、全く印象の違う言葉の集まりになります。

同じ内容でエッセイを書く場合にも、記事の出来不出来が違いませんか。

今回より、前回に書いた記事の方が気に入った文章が多いとか。
ちょっと冒険してみた、いつもとカラーが違う文章になった‥‥とか。

詩の創作なんて、ものすごく変わります。
毎回、同じテイストの詩が書ける人の方が
珍しいのではないかしら。
中にはいつも100点の出来で配信していますよ、という自信家の方もいるかもしれませんが。

クリエイターさんのクセ(個性)はあるけれども、アイコンでその人が書いたと分からなければ、誰の創作した詩であるかなんて、区別がつきません。

だから、私は記事につける1個のスキは、
とても大切だと思っています。

私は諸事情により、フォローを外したり、
以前にフォローしていて途中で外しても、再びフォロワーになる場合があります。

しかし、これはあくまで私の体感ですが、
一度、フォローを外すと、その後に読みに行ってスキをつけても、こちらの記事を読んでスキをくれる人は、非常に少ないです。

フォローを外した人の記事など、読みにいきませんよ、という態度の現れなのか、
フォローを外した人なんか興味がないです、ということなんでしょうか。

何度、記事にスキをつけても、頑なにこちらの記事を読んでくれない方が、結構いらっしゃいます。
スキとコメントを併せてもです。

皆さんは、フォローされているから、
スキをつけるのでしょうか。

私は逆です。
記事にスキをつけるから、フォローをします。

フォローを外されたからスキを付けない人を
責めているわけじゃありません。

ただ、不思議なだけです。

私の記事は内容が日によってジャンルも違い、
配信方法も違い、記事を読了、拝聴する時間も違い、好き嫌いが出やすく、スキの数が記事によって違います。

でも、それが普通だと思っています。

毎回、毎回、ほぼ同じスキの数の方が不自然です。
相互フォローのスキのつけあい、
内容はどんなものでもスキを付けるって
寂しくないですか。

ご挨拶なら、それがマナーなんでしょうか。

私のが堅苦しい考え方ですね。
ゆるい繋がりで、ライトなスキの贈り物が
大人のおしゃれなnoteの作法なのかな。


だからといってフォローを外されたら、
それはそれで寂しいんですけどね。

(最新版です)
他の人も出してくれたら、読まれているのを
読みに行きたいです📚

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