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〈数学〉双子素数とは

若き天才の登場


Creepy Nutsに「かつて天才だった俺たちへ」という曲があります。人は誰もが生まれたときはピュアな意味で"天才"であったわけですが、数学の世界においては、実際に若い数学者ほど実績を残すことが多いようです。(このことを認めるかのように、数学版ノーべル賞と呼ばれるフィールズ賞には年齢制限があります。)

何を天才と呼ぶかは別にしても、先日の日経新聞に次のような記事があり、とても目を惹きました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOKC09C830Z00C21A9000000/

13歳の彼が「僕は天才じゃない。親が好きなことをさせてくれただけ」と言い、小学4年のときから彼と共同研究をしているという数学者も、「大人は何もしない方がいい」「私が『教える』なんておこがましい」といいます。

もちろん蓄えている知識は経験によって違いますが、とりわけ数学においては、むしろピュアな状態の方が柔軟な発想を生みやすい、ということでしょうか。

素数に2をたしたときにそれが素数になるか


端的にこの見出しが、(ある2つの数が)双子素数かどうか、ということなのですが、このトピックがいかに多くの数学者の関心を集める一方で悩ませているのかということを、ある数学者の講演動画の紹介も交えながら、これから話していきたいと思います。

次の引用は、上記記事の中で紹介された、小学4年生の彼が行った研究発表の抜粋内容のうちの一部です。

χまでの素数の個数を求める素数計数関数をπ(χ)とすると,
χが素数かつχ+2も素数であるかどうかを求める関数は
(π(χ)-π(χ-1)) (π(χ+2)-π(χ+1)) ・・・(*)
である.

素数とは何だったかを思い出すと、「1と自分自身でしか割り切れない自然数」のことでした。(ただし1も素数と定義する)

[χという文字について個人的に補足]
ここで、χという文字は(カイ)と読みます。今、いろいろなところで出てくるδ(デルタ)と同じギリシャ文字です。しばしば円周率を表す文字として使われるπ(パイ)も同様。アルファベットに加えてギリシャ文字を使うことは数学における慣習です。ここではアルファベットは出てこないので、これらをアルファベットのxやyに置き換えても何も問題ありません。※1

要は、χは文字で表された変数であり、π(χ)は変数χを用いた式によって表される「関数」です。どんな関数かというと、上の引用に書いてある定義より、χ以下の自然数に含まれる素数の個数を表します。

例えば、χ=1のとき、1以下の素数は「1」そのものだから、その個数は1。

π(1)=1.

χ=2のときは、「2」が素数なので、2以下の素数の個数は2、つまり、

π(2)=2.

χ=3のときも、素数「3」の分だけカウントアップされて、

π(3)=3.

χ=4のときは、4が素数ではない(2で割り切れる)ので、π(3)から変わらず(1つも増えず)、

π(4)=3.

このように、π(χ)は、χが素数であるかどうかでカウントが1増えたり、変わらなかったり、といった振る舞いをする関数です。※2
つまり、次のようになります。

χが素数のとき,π(χ)=π(χ-1)+1.・・・①
χが素数でないとき,π(χ)=π(χ-1).・・・②

π(χ)の変化の様子は、まさに自然数全体における素数の分布を表していて、それ自体未だに謎に包まれている数学上の大問題です。

上の引用が述べていた次の式(*)は、ある素数が、「双子素数」と呼ばれるものかどうかの判定に使える、大変シンプルで有用な式です。

(π(χ)-π(χ-1)) (π(χ+2)-π(χ+1)) ・・・(*)

実際少し手を動かして確かめていただけると簡単なのですが、①と②を変形すると次のようになり、(*)の式の表していることがわかると思います。

χが素数のとき,π(χ)ーπ(χ-1)=1.・・・①'
χが素数でないとき,π(χ)ーπ(χ-1)=0.・・・②'

つまり、(*)は 「χ も素数かつ χ+2 も素数である」ときに限り、1×1=1という結果を返す(それ以外は0×1 or 1×0 or 0×0となり結果は0になる)式であるということです。

双子素数の神秘

ここで、そもそもなんで素数に注目するねん、という話をしたいと思います。それが双子素数の神秘に繋がるからです。

ある数が素数であるかどうかは、その定義からわかるように、その数がかけ算の式に表せるかどうか、ということです。つまり、かけ算という演算方法により規定される数です。

一方、私たちはふつう、数(自然数)というものをたし算に基づいて捉えているといえるのではないでしょうか。例えば、小さい子に数を教えるとき、2は1に1をたした数,3は2に1をたした数,…というように1(あるいは0)から出発して順に1をたしていくように示していくことが多いはずです。

ここで、素数の難しさと神秘に結びつくのですが、素数というかけ算の世界で規定される数は、たし算の世界と重なると一気にその複雑性が増すのです。

私自身、双子素数については、次の動画で関心が深まりました。
(双子素数については17:00ごろ~)

この動画は、加藤文元教授(東工大)による一般の方向けの大変貴重な講演の動画で、メインテーマはABC予想と呼ばれる数学上の難問を証明した望月新一教授(京大)の提唱した「IUT理論」についてです。

ここでは、ある素数に2をたしたときにそれが素数になるか、ということが、(それがたった2であるにも関わらず)いかに数学者にとっても悩ましい問題であるかを、大変わかりやすく述べています。

そして、たし算とかけ算の2つの世界を、特殊な方法によって繋ぐ理論がIUT理論である、というのです。IUT理論では、これまでは1つの世界(講演では、分かりやすく「舞台」と比喩で表現されています)でしか行われなかった数の世界を超えて、いくつかの世界間で通信を行ってみよう、というようなことを考えてみるようです。私自身アイディアだけ聞いていて全くわかりませんが、発想自体がまずすごいことだと思います。

まとめ

話がそれてしまいそうですが、とにかく言いたいのは素数に関わる問題がいかに難問になるか、ということです。

双子素数がどれくらい存在するかも未解決問題です。
ただ、少なくとも(*)の式のたし合わせが発散するかということが、双子素数が無限に存在するかどうかということになります。

冒頭の記事によると、天才と称された彼の研究発表の本題は、「スーパー双子素数」と呼ばれる数に関わるものです。

個人的には、まだまだそれが何であるかすら追えていないので、その様相も今後チェックしていきたいとと思います。

※1
考えてみたら実際ここでギリシャ文字を使う必要はなく、上記記事は、xを筆記体で表記していたために、χに見えるのだろうとわかりました。数学ではふつうχとの混同を避けるため筆記体xは使用しないですが、記事は筆記体になるフォントを採用して書かれたのだと思います。
※2
より細かく言うと、非連続関数です。
グラフにすると階段のようになるので、階段関数と言われることもあります。

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